03

「おっ来たか露草ちゃん。も〜みんな揃ってんのに主役が来ないから始められなかったんだよ〜ほら、早くこっちおいで。」

そうやって露草を自分の傍に呼ぶ京楽だが、なんだか少しできあがっているように見える。心なしか、周りの人物たちも。主役も何もあったもんじゃない。要は酒が飲めればいいのだ皆。

京楽に酒を注いでもらって乾杯の音頭をせがまれている露草の姿を見届けてから、修兵は阿散井たちの傍へと向かった。

「あ、遅かったっすね先輩。」
「おう。…阿散井…てめーの後ろにもう空の酒瓶二本ぐらい転がってるように見えるのは気のせいか。」
「え、いやーそのー…」

苦笑いで頭をかく阿散井の隣に腰かけた修兵。
そしてそれを救いだすように吉良が話を振った。

「あ、あー…檜佐木さん。どうなんですか、新隊長。」
「あ?どうって…まぁ、まだよくわからねぇな。悪い人ではなさそうだけど。」
「はは、そうですよね。今初めて新隊長見ましたけど、結構若いんですね。何でも総隊長ごり押しの人らしいですけど。この歓迎会も、本当の主催は総隊長らしいですよ。だからお金は全部総隊長持ちです。」
「へぇ、総隊長が。孫娘だったりでもするのか?」
「そうだったら面白いですねー。」

まぁそりゃないなと思いながら話をしていると、杯を持った露草が立ち上がったのが修兵の視界の隅に入った。
どうやらついに乾杯の音頭をとるらしい。

「えー皆さん、私のためにわざわざお集まりいただきありがとうございます。酒が飲みたかっただけなんだとしても、まぁ…嬉しいです。」

すでに少し酒が入っている連中は、それで一気に湧いた。どれだけ飲んでいたのかがうかがえる。

「なんか知らないけど、費用はじじい――じゃないや、総隊長持ちらしいんで、じゃんじゃん飲んじゃってください。では、これからよろしくお願いしまーす。」

かんぱーいと一気に上がった声と共に、まばらにコチコチッと杯がぶつかる音が部屋に響いた。さらに立ったまま杯の酒を一気に飲み干した露草に歓声が上がる。
もうそこからは何も歯止めなどなく、各々好き勝手に飲み始めた。

「それにしても結構集まってんだなぁ。」
「そりゃあタダ酒っすから。まぁウチの隊長は来てませんけどね。」
「日番谷隊長もいませんね。」
「あの人は飲めないだろ。」

それを除けば、上層部のほとんどが集まってきているようだった。隊長副隊長はもちろんのこと、名前も知らないような席官たちまで。特に十一番隊の人間が溢れかえっている。どうやら平隊士まで連れてきているようだ。
ひっきりなしに酒とつまみが運ばれてきているが、それでも間に合っていないようで、あちらこちらで酒だのつまみだの声が飛び交っていた。

「あれ?先輩あんまり飲んでないじゃないっすか。どうかしたんスか?」
「ああ…いや、隊長が…」
「「?」」

阿散井と吉良は揃って修兵の視線の先を追う。
そこでは京楽と浮竹と露草がお互い酒を注ぎながら談笑していた。
いや、正確には笑っているのは男二人の方だけで、露草の方はすでに座った目でぼーっとしている。

「あの様子じゃ酒は得意じゃなさそうっすね。あのままじゃもうすぐ潰されちまいますよ。」
「だなぁ。その場合はやっぱ俺が介抱しなきゃなんねぇだろうな。」
「そうでしょうね。家にも送らなきゃならないんじゃないですか?」
「家なんて知らねぇぞ…」
「馬鹿言うなよ吉良。先輩に女送らせるなんて、送り狼決定じゃねぇか。」
「殴られたいのか阿散井。」

隊長相手にそんなマネできるか、という言葉は呑み込んだ。
それだと、まるで隊長以外なら送り狼決定ですと言ってるようなもんじゃないか。冗談じゃない俺はそこまで軽い男じゃないぞ。
修兵はぐいと酒を飲みほし、そのまま息を吐く。
顔を上げると、すぐ目の前に露草の顔のドアップがあった。

「うおぉ!隊長!?」
「おう、楽しんでるか薄情者ぉ」
「は、薄情?」
「私のこと連中の中にほったらかしにしやがって…」
「す、すんません…ってか隊長いつのまに…」
「あー?移動なんて瞬歩ですぐできるじゃん。」

こんな宴の席でなぜ瞬歩なんて使うんだ。
露草のいきなりの登場に固まっていた阿散井も吉良も、同じことを頭に思い浮かべたが口には出さなかった。
軽く呂律が回ってきていない上、見事なまでの酔っ払いの絡みをしているが、なんといっても隊長≠セ。副隊長である自分たちが下手なことは言えない。

「あ…こちらさんは修兵の友達ー?」
「ええ、一応後輩です。」
「ほぉー。はじめましてー蒼井露草でーす。露草って呼んでくれればいいよー。」

軽い。ノリが軽い。
もう相当酔ってるなこれは。修兵は今のうちに家の場所を聞いておこうかと思った。
一方、隊長に先に自己紹介をさせてしまった阿散井たちは慌てて姿勢を正し、頭を下げた。

「六番隊副隊長の阿散井恋次っす。以後よろしくお願いします」
「同じく副隊長の、三番隊吉良イヅルです。」
「よろしくー。レンジって変わった名前だねー。チンできちゃうのー?あはははははー」

酔ってる。かなり酔ってる。
チンできるわけねぇだろと初対面の隊長相手にツッコむわけにもいかず、阿散井はとりあえず苦笑いするしかなかった。

「ほら、そんな改まらなくていいから杯持って。」
「え?あ、どうも。」

露草は酒瓶を片手にそう促し、阿散井と吉良の杯に並々酒を注いだ。
手元が覚束ないため、結構な量が畳に染みを作ったが露草は気づいていない。

「私にも注いでくれる?」
「あ、はい。どうぞ。」
「どもどもー。ではではかんぱーい。」

またもや露草は一気に酒を飲み下した。
もう相当酔いが回っているというのにこの飲みっぷり。
案の定、再び向けられた顔は真っ赤に染まっていた。

「堅苦しいのとかは好かないから気軽に接してね。どうぞよろしくー」

そう言って赤く火照った顔でゆるりと笑った露草を見て、男三人は一瞬惚けた。
これが合コンならかなり当たりだと考えただろう。毒気のない無邪気な笑顔は普通に男心をくすぐるものだった。

「じゃあ私他んとこにも挨拶行ってくるから」

返事をする間もなく、またもや瞬歩で露草は消えた。
あんな酔っ払い状態で瞬歩を扱うなんて、そこはやっぱりさすが隊長と言ったところだ。
消えた姿をきょろきょろと探すと、もう狛村たちと談笑をしていた。頭がグラグラと動いているのが心配だ。

「…吉良、うちの隊長に邪なこと考えんじゃねーぞ?」
「は…はあ!?なんですかそれ!なんでそうなるんですか!」
「阿散井、お前もな。二人してぽけーっとしやがって」
「いや、なんつーかびっくりしたっていうか。なんか今までいなかったタイプじゃないスか。」
「そう、それ!隊長と聞いて思い浮かべる人とはイメージが違いすぎるというか…」
「…普通の女の子みたいだよな」
「「そうそう」」

まぁ、それはわかる。
けどたぶん、ありのままの自然体で過ごしてるわけでもなく、彼女なりに結構考えたり気をつかったりはしてると思うんだよな。

こんなしょっぱなから酔っ払っているぐらいだし、そんなに酒が得意な方ではないのだろう。
人と飲むのは初めてだと言っていたが、あの様子じゃ一人で飲んだことだってほとんどないのではないだろうか。
けれど自ら酒瓶片手に、杯を交わしながら挨拶回り。
隊舎にいた時はあんなに憂鬱そうでここに来るのも渋ってばかりだったのに、それが嘘だったかのように今では楽しそうににこにこと笑って。
本当に楽しんでいるならいいのだけど、おそらく無理をしていない訳ではないだろう。
…何か助けになれることがあればいいんだけどな。

「そういえば檜佐木さん、蒼井隊長にお酒注いでもらえませんでしたね。」
「あ、吉良お前それは…!」
「……そういや…そうだな…」

まったく気づいていなかったが修兵だけ、今なお手の中にあるのは自分の手酌で注いだ酒だ。
気づかなければ気にせずにいられたものを、なんて余計なことをしてくれたんだ。

「え、すみません!たぶん普通に忘れてただけだと思うし、そんな気にすることじゃないかと思って…!」
「せ、先輩…飲みましょう!もうじゃんじゃん飲みましょう!ほら、杯持って!」

その時修兵は自分がどんな顔をしていたのかなんて自覚していなかったが、後輩二人が妙に慌て出すので少し焦った。
少しだけショックを受けたのは確かだが、そんなヤバい顔でもしてたんだろうか。



騒がしかった宴の席は、二時間もすれば落ち着いた雰囲気へと変わっていた。
特に騒がしかった連中は完全に酔い潰れ、そこいらに酒瓶を抱えて寝っ転がっている。
さらにその酔っ払い共に露草が毛布を掛けて回ったりしてるもんだから、もはや歓迎会もへったくれもあったもんじゃない。

「…これって、もう私帰っていいよね…?」

もう完全にフラッフラな露草が、未だ飲み続けている修兵たちのもとへ歩み寄ってそう尋ねる。真っ赤だった顔は、すでに赤を通り越して青い。

「ええ、もういる意味もないと思いますし。」
「だよね〜。じゃあ帰るわ…また明日」
「あ、待ってください。俺も一緒に行きますから。」

一人で立ち去ろうとする露草を引き止め、修兵は杯を置いて腰を上げた。
阿散井たちは座り込んだまま「さようなら〜」などと手を振っている。早くも随分と距離が縮まったものだった。

「え?別に飲んでてくれていいよ。私に合わせてくれなくても…」
「そんな今にもぶっ倒れそうな顔してる人一人になんてさせられません。家まで送ります。そのために俺は今日ある程度セーブしてたんで」
「そう…わるいね。」

まぁセーブしたと言ってもしっかり飲んではいる。
しかしそうとはわからない露草は困ったように笑っていた。
店を出ると冷たい夜風が通り過ぎ、火照った体が徐々に冷めていくのを感じた。酒で濁った頭の中も、少しずつクリアになっていく…ような気がする。
歩きながら露草はうーんと伸びをした。

「はー…疲れたな」
「お疲れ様。隊舎で愚痴ってた時とは別人みたいだったぜ」
「そりゃあ挨拶回りに暗い顔では行けないもんね。じじいのことだから、やっぱ私に挨拶回りさせんのがこの歓迎会の目的だったんだと思うし。」
「…お前本当に総隊長の孫だったりしねぇよな?」
「え?何ソレ、そんなんじゃないよ。」

まぁちびの頃から世話にはなったけど、と言いながらフラつく足でよたよたと歩く露草。
終いにはそのまま電柱にぶつかりそうにまでなったので、修兵は黙ってその肩をつかんで引き寄せた。そして露草の腕を自分の肩に回す。肩を貸す、という状況だ。

「ごめん…ありがたいんだけど…その、高さが…」

180p以上ある修兵と160p以下の露草では差が大きい。今の露草はほぼ引きずられ状態だ。

「…そうだなぁ…よし」

肩に回させていた腕を離すと、露草の前に回って腰を下ろす。
そして親指で自分の背中を指差して、一言。

「乗れよ。」
「へ…?」
「早くしろ。」

ぐいと腕を引っ張ると、露草の体はいとも簡単に修兵の背中へ倒れ込んだ。

「え、あの、さすがにコレは恥ずかしいから…」
「気にすんな」

修兵が立ち上がると、不安なのか露草はしっかりと修兵の死覇装を掴んだ。
この年になって人に負ぶわれるとは…と呟きながら俯く。
青かった顔は、にわかに赤みを取り戻していた。

「この年ってお前いくつだよ。…京楽隊長たちと仲良かったし、意外とお前もあれぐらいなのか…?」
「んなわけないでしょ。私がちびだった頃から、あの人らはあんな感じだったよ。」
「だよなぁ。」

よかった。なんとなく、あの人たちと同年代だったらどうしようかと思った。
ゆっくりと歩きながら、露草に気付かれないように笑みをこぼす。

「そうだ、修兵。また今度二人で飲みいこうね。」
「え?」
「結局修兵とは飲み交わしそこねちゃったからさ。」
「あ、あぁ…」

わかっていたのか。普通に忘れられているのだと思っていた。

「レンジくんたちと飲んだ時に一緒にしてもよかったけど…やっぱり修兵とレンジくんたちは違うからさ」
「…どういう意味だ?」
「だって修兵は特別だからね。レンジくんたちとは別の意味での飲み交わしがしたかったの。ただの友達じゃなくて…それ以上の関係として。」
「……………」
「だからまた今度付き合ってね。」
「…ああ。」

負ぶっているおかげでこの不抜けた顔を見られなくて済んだ、と修兵は内心安心した。
露草はというと、俯いて黙り込んだ修兵を不思議に思ってその顔を覗き込もうとしている。
だが絶対見られたくはない修兵は顔をそむけた。

「え、ねぇもしかして引いてる?これパワハラだった?それかセクハラ?やだ、やらしい意味じゃないよ?!隊長副隊長としてっていうか仲間としてっていうか…!」
「わかってるわかってる」


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