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コンコン
執務室に響いたノックに対して「はーいどうぞ」と露草は軽やかな声で返事をする。
そして頭に包帯を巻いた修兵が入ってきた。

「あ、修兵…えーっと…烈姉さんなんて言ってた…?」

あの後修兵はぶっ倒れて、昨日一日四番隊に入院していた。
玄関扉直撃の上すぐさま露草の拳一発をもらっていた頭が原因だ。軽い脳震盪ということではあったが、大事をとって休んでいた。

「しばらく安静ってのと、露草に伝言。『部下は大事にするものですよ』だとよ」
「はい、ごめんなさい…」
「しょげんな、俺が悪かったんだって」

これぐらい、どうというほどのことではない。
修兵にとってこれから問題になるのは、露草が事のあらましについてを浮竹と京楽に全て話してしまっているということだ。修兵の入院中に露草が白状した。
後になってよく考えてみればとんでもない話をしてしまったということに気づいたらしい。

彼女をそこまで追い詰めたのは俺の責任だ。俺はちゃんとあの兄代わり二人とだって向き合うつもりだ。
けどなぁ…俺あの二人相手に生きて帰れる気がマジでしないんだけど…

「てか俺思い出したわ。三十年前、俺が露草のこと助けたってやつ」
「え!」
「あの時お前、声出てなかったよな」

修兵は言いながら応接用ソファに腰掛けた。
すぐに仕事に戻る、という気はないらしい。

「うわ…ほんとに覚えてるんだ…」
「そりゃあ。体中ボロボロで声も出ねぇ女に『責任とってお前が私を殺せ!』とか言われたもんだからそりゃビビったのなんのって。忘れられねぇよ」
「う…」
「まぁまさかあの時の女がお前だなんて考えたことなかったけど」

下級虚にボロボロにされ、今にも死にそうな状態の女だった。っていうか自殺志願者だった。
どうしてあれが今目の前に居る隊長だと思うだろうか。

忘れられない出来事であると同時、今となっては完全に黒歴史となったエピソードを目の前で語られ、露草は恥ずかしさに身悶えた。
そうか、覚えてたか、くっそー…

「おっほん。ところで修兵くん、はいこれ」
「なんだ?」
「五日間の無断欠勤についての反省文百枚です」

話を逸らそうとしたことはバレバレだった。
っていうか百枚とか多い。情けなしか。

「あ、もちろん給料も天引きするからね」

鬼だ。

「あの、お前そんな怒って………」
「ん?何が?やだなぁ、今になって考えてみれば私なんにも悪くないのにあんだけ真剣に悩んでバカみたい超腹立つ!とか、別に思ってないよ?」
「…………………」
「副隊長の分の仕事を誰が代わりにしてやったと思ってるんだコノヤロウとかも、ぜーんぜん思ってないよ」

思ってるんだ。腹立ってるんだ。
修兵は慌ててソファの隣に立つと申し訳ありませんでしたと頭を下げた。
しばらく下げてみたが露草からの返答はない。顔を上げて様子を伺うと彼女は熱心に書類整理をしていた。無視だ。完全に俺のこと無視だ。

「はぁ…俺仕事戻るわ」
「ん」

修兵はそれなりにこれからの二人の生活に夢を見、たった一日の入院中でさえずっと恋人に思いを馳せていたのだが、当のその恋人はというと公私混同をする気はさらさらないらしい。
いや、三十年前の話を蒸し返したのもよくなかったのか…今の彼女は一人の恋人としてではなく副隊長に対して「さっさと仕事しろこのサボタージュ野郎」と言わんばかりだ。

ちょっとがっかりな檜佐木修兵。
足取り重く、扉の前へ向かった。
その時、その扉がノックされ三席からの声がかかる。露草は彼を通した。

「総隊長から蒼井隊長にお手紙が」
「また…?」

自分の計らいに感謝しろとかそういう催促だろうか。
露草はげんなりしながら手紙を開いた。その様子を、修兵と三席は見つめる。
そして露草はその手紙を読むと眉を寄せ、手紙をぐちゃぐちゃに丸めると屑篭へ躊躇なく放り投げた。
「なんだったんだ?」修兵が尋ねる。「なんでもない」ふいと修兵から視線を逸らして露草は返した。

「なんでもないことないだろ」

修兵は瞬歩で移動すると屑篭から手紙を広い、広げて読んだ。

「あ!こら馬鹿ゴミあさんな!」

露草は慌てて修兵の手からそれをひったくったが、既に手紙は修兵が読んだ後だ。
修兵の様子でそれを察した露草は途端顔を赤くする。
元柳斎からの手紙には『結婚はまだ認めん』と書かれていた。

一体あの老人は何をどこまで知っているのやら。
修兵は浮竹と京楽以上のラスボスがいることを知った。

「わ、私じじいには何も言ってないからね!本当だからね!てかじじいは気が早すぎっていうか何言ってんだかっていうか私今でいっぱいいっぱいなのにそれどころじゃないっていうか…!」

パニクった露草はあわあわと挙動不審になりながらもう一度手紙を屑篭に捨てた。

「今でいっぱいいっぱい…?」
「あ……」

彼女は照れるといろいろ口走るクセがあるようだ。
せっかく懸命にいつも通りを装っていたのに、と熱くなっている顔を手で覆った。

その頃三席は、そうかこいつらやっとくっついたのかと二人の様子を微笑ましく眺めながら退出する。
今日の昼には隊内全ての死神に話が広まっていることだろう。

「露草…」
「な、何」
「いや…俺の恋人はかわいいなぁと思って」
「!!」

露草の赤らんでいた顔がさらに真っ赤に変わる。
そして何やら声にならない叫びをあげる彼女に修兵はキスをした。

「甘い。みるく味か」
「〜〜〜!!」
「はいはいわかってるって、これから仕事はするから。ただちょっとご褒美の前渡ししてもらっただけだろ」

悪びれもせず、彼はそう言ってにたりと笑った。

「ま、前渡し制度なんてありません!」
「…っく、ははははは!」
「な、何がそんなおかしいの…」
「ん?なんか変だなぁと思って」
「なにが?」
「今までお前に翻弄されてたのは俺だったのに、いつの間にか逆なんだなってさ」
「んな…もう!調子に乗らない!今は仕事中!ほらもう出てって!」

必死かよ、と修兵は笑った。
そりゃ必死にもなる、これは隊長としての尊厳の危機である!

「いい?忘れないでよね、ここ九番隊にいる限り、ルールは私なんだから!」

未だ赤い顔でそう叫ぶ、かわいらしい隊長の姿に思わず破顔する。
好きにしてくれ、どこだろうとどんなルールだろうと、俺はお前についていくから。








彼と彼女の事情。<fin>


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