39

遡ること約百数十年前、真央霊術院をトップの成績で卒業した少女は隊長として小隊を率いながら現世へ赴任した。
まだまだ幼いながらに出す指示は的確で、彼女には立派に任を果たす力がある…はずだった。

赴任から数年後。
彼女の小隊は彼女一人を残して全滅した。

なぜ自分だけが生き残ってしまったのか。なぜ部下の一人も守れなかったのか。
妻と子供を残してここへやってきていた者だっていたのに、どうして彼の代わりに死ねなかったのか。
少女はそれまでの全てを悔やみ、己の無力さに絶望した。

尸魂界がいくら帰還を呼びかけようと彼女はそれに応じようとはしなかった。
時に強制送還の措置がとられかけたこともあったが、本気で抵抗する彼女を連れ帰れる者などそうそういなかった。

少女は一人、魂葬を行い虚を斬るという作業を淡々とこなし続ける。
戻って誰かに合わせる顔など到底持ち合わせていなかった。

そうして何年、何十年と月日が経とうとも、彼女は延々と同じことばかりを繰り返した。
帰りを促す者はもう誰も居なかった。

少女は思っていた。
自分はここで、まるで屍のように生き続け、そして誰にも知られずに死んで逝くのだろう。
悲しくはない。怖くもない。
それが自分のあるべき姿だ。

そんな心に嘘をついたことはなかった。
彼女はしたいと思ったことをしていただけだったのだ。

でもこの思いだけにはどうしても蓋をしなければならなかった。

「さびしい」

仲間を求め故郷を懐かしみ、孤独を嘆く日々は決して少なくはなかった。
だけど彼女は帰還を望まなかった。
この地で仲間への罪滅ぼしをして生きることが、一番正しい選択だと思っていたのだ。


そんな少女はある時、人間にしては桁外れな霊力を持つ四人の男女に出会った。
近づいてくる彼らを、彼女は最初邪険にした。
けれど孤独の辛さに身を焼かれていた彼女は、次第に彼らに心を開くこととなる。
そうして少女は新たな仲間を得た。

けれどそのわずか3年後、彼らは死んだ。

決して少女に非があるわけではなかった。
だがまたしても護れなかったというのは事実である。

少女の慟哭が木霊しても、人間たちには聞こえない。
雑踏を歩く人間たちは、世の中から四人の人間が消えたところで何も変わらなかった。

私たちはお前たちのために戦ってやってたのに!
そう叫んでやりたかった。

次第に少女からは涙も声も枯れ果てた。

尸魂界からも連絡は何もない。今私一人がいなくなったところで、誰もなんとも思わない。
義骸にも入らず、幽霊同然にふらふらと世界を彷徨う。
少女は死ぬ方法を探すようになっていた。


そんな時、少女の前に数体の虚が現れる。
弱りきった彼女が、それらを相手にできるわけがなかった。
嗚呼…やっと死ねる。

この時少女を満たしていたのは苦しみから解放されることへの喜びだった。
無抵抗で虚に嬲られても、辛くもなんともなかった。
さぁ殺せ、殺してくれ、かつての仲間達と同じように!

だが結局彼女は死ねなかった。

「大丈夫か!?」

彼女を助けたのはその時たまたまその地に赴任していた死神だった。
すぐに四番隊に治療をしてもらわなければ、とそう言って伝令神機を取り出した彼を、少女は思い切り突き飛ばす。
そして彼が取り落とした伝令神機を踏みつけ破壊し、息を乱しながら彼に音のない罵倒の言葉を浴びせた。

誰が助けろと言った
余計なお世話だ
勝手なことをしやがって
また死に損ねた
どうしてくれる

責任とってお前が私を殺せ!

パシンッ―――
静かに男が少女の頬を打った。

「お前の事情は知らねぇがな、俺はてめぇの命を大事にしねぇ奴ぁ大嫌いだ」
「………!」

じんじんと、打たれた頬が熱を持つ。
とっくに枯れたと思っていた涙がまた溢れ出し、少女は音のない声を上げながら泣いた。

私もだ。
私も、自分の命を大事にしない奴が嫌いだ。

どいつもこいつも、私のこと護って死んだりなんかしやがって。
私の代わりにくたばったりしやがって。

悔しい。心底悔しい。
彼らに命を捨てさせてしまったことも。
その分私が生きてやる、とさえ思えなかった自分も。

「っ…っ〜〜!」

声が枯れきった彼女の喉はただ空気がそこを出入りするだけだ。
だけどその聞こえない叫びも涙も、止まることはなかった。

「あーもう、なんなんだよお前…」

男は困り果てた末ぽんぽんと少女の頭を撫でる。
顔の傷と刺青が印象的な男だった。

この男のことは、一生忘れないでいよう。
少女はそう心に誓った。





護ろう。

彼らが護ってくれたこの命で、今度こそ私が誰かを護ろう。

全人類、だなんて大きなことは言わない。言えない。
この手の届く範囲。それだけでいい。
それだけでいいから、護りたい。

大嫌いで大好きな、彼らと同じように。



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