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「私のせいで、ごめん」

涙を流しながら謝った私を、彼は血の海に寝そべりながら笑った。

「俺ら全員、お前のせいだなんて思ってねぇよ」

巻き込んだ私が、確実に悪いのに。

「流魂街で絶対見つけるから。絶対会いに行くから」
「おう…待ってる」







露草たちはあれから予定を変更してもうしばらく現世に滞在し、一護の体調が回復するのを待った。
あの時すぐに湯につけたおかげで、幸い凍傷は免れていた。問題は大量に血を失った方についてだが…

「血を補給するには肉だ肉。レバーとかは尚良し。てことで買ってきてあげたから、食え。」

そうして一護が吐きそうになるまで口にレバーを突っ込み続けた甲斐あってかなくてか、とにかく一護は急速に回復し、極度の貧血状態をすぐに脱した。

それを見届けた後露草は帰る支度を整え、ついに今日穿界門を開いた。
周りには、見送りにやってきた一護や織姫たち。
人間に見送られながら尸魂界へ戻るなんて、なんだか感慨深いなぁと露草は思った。

「じゃあね、みんな。短い間だったけど今までありがとう。」
「露草ちゃん、あのね、これあたしからの餞別!受け取って!」
「餞別?…あ!やったお菓子!ありがとうー!」
「えへへへ、あたしのおすすめはねーこの『トロピカル風あずきチョコチップス〜ベジタブルソースを添えて〜』だよ」
「…よくわかんないけどおいしいの?」
「もっちろん!」

そういやこの子の味覚って不思議な感じだったっけ。
おぼろげに露草は数日前までの学校生活を思い出した。

「蒼井、お前本当に隊長だったんだな…」
「今?チャドくん、それ今更?てかもしやずっと疑ってた?」
「………」
「…い、意外と疑り深いんだな君…」
「蒼井さん、次に現世に来る予定はあるのかい?」
「今のところはないよ」
「そう…」
「でもまぁ暇ができたらまた遊びに来るつもりではいるよ。ちゃんと雨竜くんのとこにも顔出すね。」

虚の力を持つ彼にも、クインシーの彼にも笑いかけて。
次に露草は自分や修兵とは違って、まだ任務のため現世に残るルキアの方に向き直った。

「ルキアちゃん、この前はごめんね」
「え…」
「なんか私、勝手なことばっかべらべら話しちゃってさ。反省してる。」
「そのような…」
「はは、まぁ今でも私、自分の考えが間違いだとは思ってないけどね。ただ…もしこれから先、何があったとしてもそれはルキアちゃん一人の責任じゃない。私たち死神全員の責任だってことは知っていて。」
「!」
「何も気負わなくていいから、今まで通りがんばってね。私もこの町のことはこれから気に掛けるようにする。」
「は、はい!」

威勢よく返事をしたルキアに微笑み、露草は静かに頷いた。

「…と、そういうことだから一護、君はその命の重さをよーく噛み締めて身の振り方を考えてくれたまえ。」
「なんだよそれ」
「あとは好きにしろってこと。じゃあね、ばいばい苺」
「苺じゃねぇ一護だ」

露草は笑いながら全員に向かって手を振り、修兵と共に背を向けた。
そして穿界門を抜けようとした、その時。

「露草!」

一護が彼女を呼び止めた。

「なに?」

不思議そうに彼女は振り返る。
一護のその声が真剣味を帯びていたから、少しだけ緊張した。

「俺たちは死なない!」
  
露草は驚きに目を見張った。

「…ばかじゃん、生きてるもんは必ずいつか死ぬよ」
「んあ?え、いや、そーゆーことじゃなくって…」
「っはは、ううん、わかってる。ごめん」

誤魔化さないと、茶化していないと涙が零れそうだった。

「…若さだなぁ。いいよ、信じてあげよう」

というか、信じたい。
ただのやさしい子では無理だったであろう誓いを聞き入れよう。君が君だからこそできる約束をしよう。
君は私のためという大義を抱えて、生きてくれるよね。

「でももしヘマするようなことがあったとしたら…流魂街で見かけたとしても、声かけてあげないから」
「そりゃキツいな」

一護は苦笑した。
だがその直後、自分に向かって大股で歩いてきた露草に抱きつかれ、思わず目を丸くする。周りの一行も皆驚きの声を上げた。

「…一護、ありがとう」
「お、おう…」
「私、一護を信じる。だから…絶対裏切らないでね」
「…ああ」

露草は一護から離れ、一護の手に懐から取り出したキャンディーを握らせた。

「それ、ご褒美」
「褒美…?」
「私…一護のおかげで今、もう一度人間を信じられる気がしてる」

人間は脆い。人間は弱い。
そんな固定概念を少し、覆されそうだ。
それが嬉しい。

「じゃあね」

露草は次は振り返ることなく穿界門を通り抜けた。
そしてその先で修兵に言う。

「私ね、昔死んだ友人たちに、絶対流魂街に探しに行く、会いに行く、って言ったんだ」
「へぇ」
「でも結局私、会いに行かなかった」
「…なんで」
「実際そうなると、会いに行くのが怖かったから。でも一護たちなら、そんなことにはならないよね」

信じてる。
彼らなら生きてくれると。
もう二度と、私たち死神の過ちなど起きないと。

「じいさんになってから死んだら、会いに行ってやらないこともないけど」

露草の笑顔は晴れやかだった。

これが彼女の、過去との訣別。



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