33

一護が虚の気配の元へ到着すると、そこには刀を手にしたまま佇む修兵がいた。
今回もやはりすべて終わった後らしい。

「檜佐木さん」
「あ?黒崎…」
「もう全部終わったんすか?」
「ああ。そっちは?」
「え?」
「露草との話はどうなった?まぁお前がその格好でここにいるってことは、交渉決裂ってことなんだろうが…」

何も言えずに苦笑した。
それを一瞬見留めただけで、修兵は再び視線を逸らす。何か言うつもりはないらしい。
どういうわけか自分はこの人から嫌われているようだと、鈍くはない一護は気付いている。

「露草は…」
「え?」
「お前達のことを思って言ってるんだ。俺はお前がやりてーようにすればいいと思うが…あいつの言葉を、無視するような真似だけはやめてやってくれ」

それは一護がこれまで見ていた副隊長≠フ顔ではない。
そして言葉だけを捉えれば頼み事だろうに、雰囲気は完全に脅しだった。
調子乗ってるとぶっ殺すぞ、とか今にも言われそう。

「わ、わかってますって…」
「…そうだな、お前は露草のことよくわかってるよ」
「え…?」

――――ズバーン!

「おおお!?露草!?」

よくわからない空気になったその時、空から降ってきたのは一護にむかって刀を振り下ろす露草。
一護は間一髪、刀を構えて頭上でそれを受け止めた。

「おま、何のつもり…!」
「聞き分けのない子には、体に教えるほかあるまいと思いまして」
「!?」

―――キンッガキン!
二人の刃がぶつかり合う。少しでも気を抜けば、かすり傷程度では絶対に済まない怒涛の剣技だった。
一護はそれに戸惑うばかりで、受け流すのが精いっぱいだった。
そして少し離れたところでは、修兵が頭を抱えていた。

ああこういう、突拍子もないでたらめな奴だとは知ってた、知っていたが…!
本気で斬魄刀解放することもねぇだろ…!

「おい露草…!」
「本気でかかってきなよ苺。力づくで私、代行証奪いにかかるよ?」

言葉の通り、露草の目はマジだった。
空の色を映した透明な水が露草の斬魄刀の刀身を覆い、そこで渦を巻く。
修兵は頭を抱えながらも傍観を決めた。あれを止めるのは、無理だ。

「代行証を奪えたら、私はそのままそれを持ち帰る。私が諦めるまで苺がそれを守り続けられれば、苺はこれからも代行人をすればいい。それだけのこと。簡単だよね?」
「は?てめ何勝手に…!」
「だって私も苺も、守る≠スめなんだったら…どっちも引くわけにはいかないじゃん」
「!」
「私は…死神に巻き込まれた人間を、もう死なせたくないんだ」

それが一護じゃなかったとしても、露草はその人間を救う°Cでいた。
けれど黒崎一護という人間を知るほどに…死なせたくない、救わなければという思いが強まった。

私のエゴでいい。押し付けで構わない。これから先、一生恨まれたっていい。
ただ…
私たちによって、君を殺させたくない。

「来いよ、一護」

苺ではなく、一護。
初めて彼女がまともに正面から、自分に向き合う気になったのだと一護は感じた。
彼はしばし瞼を閉じ思考に耽った後、目を開き小さく頷いた。
露草にも一護にも、譲れないのだ。
ならばそれは、勝ち取るしかない。

それからの経過で言えば、まぁ当然と言うべきか、露草が圧倒的優位だった。
実際、露草が代行証を奪うチャンスは何度もあった。
だが彼女は、それをしない。

一護にはその意味は測りかねた。
ただわかるのは…露草は本気で代行証を奪いにきているわけではないということ。

「一護、卍解したっていいよ?何か問題起こったら私が責任もつし」
「…んなもんする必要ねぇよ」
「嘘。わかってるでしょ、このままじゃ私には勝てない」
「けどお前だって本気じゃねぇ」
「そりゃ私には一応立場ってもんがある」
「なら俺にも男の意地ってもんがある」

ああ言えばこう言う、と露草は眉間に皺を寄せて溜息をついた。

「なんでそう…死に急ぐかな」

―――スパンッ!
一護の体を袈裟斬りに、水の刃が一瞬にして通り抜けた。

斬られた。
その事実が頭をよぎるが、それに続く痛みがやってこない。
一護は思わず自分の胸に手をやった。

…斬れて、ない。

「…ただ水が通過しただけだよ」

意地悪く露草は笑った。

「けど私が力の配分を変えれば、確実に一護は今の瞬間に真っ二つだった」
「…それが、実力の差だって?」
「それはそうだけど…まぁこれは当然のことだから仕方ない。だって私は死神で、君は人間なんだから」

水が露草の周りを渦巻いた。
その水に彼女はおもむろに手を突っ込み、何かを取り出す。
そうそれは―――

「―――!」
「もうゲームはおしまい。私の勝ち」

―――― 一護の代行証。

「悪く思わないでね。私は、利己的な平和主義者なんだ」



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