30

学校の人間たちの記憶の操作。
それは決して楽なことではなかったし正直面倒だった。
それでも、露草の傍にいるためだと思って。

お前に俺が必要ないことはわかっていても、やっぱり俺にはお前が必要だったから。
だから、んなセコいことをした。
けどそれは、

「必要なんてないから」

穏やかなお前に、苛立ちを覚えさせるほどのことだったのだろうか。







「ハァー…」

フラフラとさまよい歩き見つけたベンチに腰を下ろした修兵は、重く長い溜息を吐き出す。
ブレザーは適当にどこかで脱ぎ捨てた。さすがにあそこまで言われて着ちゃいられない。

「…怒ってたなぁ」

意外にも露草が人にキレるということはあまりない。
修兵がストーカーまがいを働いた時だって、自分を殺そうとした四席にだって、彼女は怒りという感情を見せたりはしなかった。

そんな彼女を今日、修兵は意図せず怒らせてしまった。
彼女は仕事というものに対して不真面目な姿勢を取りがちだが、本当は隊をまとめる者として、誰よりもそれと真面目に向き合っていることを彼は知っている。

けれど彼は、そんな仕事と己の私情を混合した。
故に彼女は怒ったのだろうと、彼は思っている。
本当の理由がそれとは少しズレたところに存在しているということなど知るわけもなく。

でも同時に彼は思っていた。
彼女は自分を突き放したりはしないと。
己のように欲せはせずとも、不要だとは言いやしないと。
愚かな部下に苛立ちつつも、仕方ないなと最後には笑ってくれるのだと。
だがそれは自惚れだった。

―――だから俺は現実、今露草のもとを離れて、ここにいる。
命令されれば、俺はそうするしかない。
だってお前は隊長で、俺はその部下だ。
俺たちの関係なんてそんなもんだ。

「…んなことぐらい、知ってただろ」

今更ショックなんて受けるな。

―――ピピッ

「!」

伝令神機が無機質な機械音を発する。
尸魂界からの虚襲来の指令だ。
修兵は義魂丸によって死神化して走り出した。敵はそう遠くはない。
だがそうして修兵が目的地にたどり着いたとき、そこには既に露草がいた。

それを見て、先ほどの気まずさを思い出してか思わず物陰に隠れてしまう修兵。
何やってんだ俺、と自分を叱咤するも時すでに遅し。続いて一護・ルキアがやってきてしまい、これに遅れて出て行くのは難しくなった。
だってなんか、勤務中の死神が休暇中の死神と人間より遅れるって…
と、それ自体はもっともだが、時間が経てば経つほどさらに出づらくなるということには彼はまだ気付かない。

「ルキアちゃん、苺と一緒に到着すよるようじゃ駄目だよ。君は死神で、苺は人間。その自覚をもっと強く持つように気をつけて」
「も、申し訳ありません!」

露草は未だ苛立ちを引きずっている様子だった。
普通に見れば、顔にはしょうがないなぁという笑みを浮かべていて、そんな様子は一切感じられないのだが。
しかし声のトーンだとか微妙な表情の変化だとか、ほんのわずかな違いで、修兵にはそれがわかる。
いくら読みづらい#゙女でも、ずっと傍で見ていれば少しは気付けるようになるのだ。
きっと普通に見れば、何も変化など感じないそれが…

「露草、お前ルキアにあたるなよ。まだなんか怒ってんのか?」
「何言ってんの、私別に怒ってなんかないよ?私は先輩としての助言をしたまでで」
「どう見たってイラついてんじゃねぇか」
「どこが」

…やっぱりあいつ敵だ。
修兵はそう思わずにはいられなかった。

たった数日の付き合いで、露草のそんな機微を読み取れるだと?
ふざけんな俺があいつを理解するのにどれだけかかったと思ってる。

この彼にとって黒崎一護という存在は、今最も危険視すべき存在であった。
露草の護衛―――その意味はつまり、『露草に男を近づけない』と、そういうことである。
もっと具体的に言うと、『黒崎と露草の仲を妨害』だ。
もっともその計画は、始まる前に強制終了となったが。

修兵は結局、そのまま彼らの前に姿を現すことなくその場を去った。
今回の任務は、たぶんこの場でどうこうできるようなものではない。
いくつか報告を持ちかえり、後はそれ相応のどこかに任せる形で終わるだろう。
ならば、そう長くこの地に留まるようなことはない。

我慢だ、俺。



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