29

「露草、一緒に飯食おうぜ」
「ウン、ソウダネー。ワタシモキミノコト、サソワナキャトオモッテタヨ」

高校生は絶対無理だろ、鏡見たのか鏡。

露草はそう声を大にして伝えたいのを我慢し、ひきつった笑顔を浮かべた。
修兵と露草はおそらくほぼ同年代だ。
しかし高校生を名乗ったって何ら違和感はない露草とは違って、彼にそんな幼さは欠片もない。どう見てもヤバいやつのコスプレだ。

何が腹立つって、記憶をいろいろといじられているクラスメイトに、そんな感想が一切ないことだ。
本来なら抱くべき違和感が彼らの中に存在していない。
どこまで彼らの脳を操作した修兵。大丈夫なんだろうなこれ、人としての何かに影響を及ぼしたりしないだろうな。

「ねー苺、苺も一緒に屋上いこー。ルキアちゃんも」
「おう」

購買のパン片手に教室を出ると、一護たちとともに雨竜や茶渡、織姫がついてきた。
なるほど彼らは記憶をいじられていないらしい。
違和感を感じながらも素知らぬふりをしてくれていたのだ。

「…ねぇ織姫ちゃん」
「なーに、露草ちゃん」
「あのさ、あのさ、修…檜佐木くんって、制服似合ってないよね」
「…え、いや、うん…そう、かな…あはは」

井上織姫の聖女のようなやさしさが滲み出る返答だった。
そして屋上にて露草は自分と修兵の正体と昨日の出来事を彼らに話し終え、やっとのことでクリームパンにかぶりついた。
一方的に露草がしゃべってばかりでそれまで食べる暇がなかった。

「蒼井さんが、護廷十三隊の隊長…?!」
「うん、そだよ雨竜くん。…え、何チャドくん、その顔は」
「あ、いや…なんというか…俺たちが見てきた隊長っていうのは、もっと、こう…」
「威厳とか威圧感とかに満ち溢れてた?ごめんねそんなの欠片もない人で。でも正真正銘九番隊隊長なんだなこれが。」
「いや別に疑ったわけでは」
「いいんだよ別に。隊長っぽくないっての、十分自覚してるから。」

さて、修兵と話がしたかっただけだというのに随分と遠回りをしてしまった。
戻ろう。何故彼がこんな馬鹿げたマネをしているのか聞きださねば。

「で、私にとっての本題に入るけど…あのさ修兵。何してんの?」
「は?ああ、コーヒー牛乳、お前も飲むか?」
「あ、飲む…ってそうじゃない。なんで生徒なんかになってるんだって聞いてるの。それに、昨日はちゃんとホテル泊まれた?ご飯食べた?高校生は無理があるって自覚してる?」
「………」

自覚してなかったんだね!

「後半の質問の連打失礼だろお前…」
「だって苺も思うでしょ?こんなイカつい高校生さすがにいないよ!苺でもギリなのにこりゃないよ!現世の人間としてまぎれたいなら、修兵はそこらへんのチンピラの格好してるのが一番ぴったりだと思うんだ私」
「露草ちゃん、それはちょっと…」
「…露草、お前何か機嫌悪ぃ?」
「別に?」

一護は見慣れぬ露草の態度に首をかしげるが、一方修兵はというと既に頭の中が真っ白だった。
いや、まぁ確かにちょっと無理あるかなーぐらいは自分でも思ってたけど…そこまで言われるほどなのか。
初めてだ、彼女にここまで自分を否定されることなんか。…それってよっぽど?

「…ハァ…昨日さっさといなくなって何してんのかと思えばこれだもん。私はまだ今日一日は休暇中だよ。でも修兵は仕事、だよね?何遊んでるの?」
「!」
「蒼井殿!きっと檜佐木殿は、隊長であるあなたを傍で護らねばと…」
「…修兵、そうなの?」
「あ、ああ…」

一護の勘付いた通り、露草は苛立っていた。
修兵のこの行動は露草にとって、受け止めたくない現実を突き付けられるだけだった。

前日、一言もなく勝手にいなくなっておいて、次会ったらクラスメイト。その理由が彼女を護るため。
ふざけるな、と言いたい。

たった数日の休暇とはいえ、積もる話がたくさんあった。
昨日のことについての報告だってしなければいけないはずだった。
一護たちの前では憚られるような、二人での話だってしたかった。
久しぶり、会いたかったよって。そんな話が。

それでも、修兵は自分の仕事で来ているんだから仕方ないと。
何か準備や用があるんだろうし、隊のことを思えば時間は惜しまれるだろうと、そう思って…急にいなくなってしまった寂しさも悲しみも、我慢しようと思った。
それなのに…
本当に、今このための準備は必要だった?

何をするわけでもない、ただ普通に授業を受けて昼食をとるこの時間の準備は、本当に必要だった?
私の休暇と自分の仕事を混合するのは間違ってる。
それでも、それをわかっていても私の傍にいることを選んでくれるっていうのなら…

私はこんなとこでじゃなくて、昨日、傍にいてほしかった。

会いたいなぁって思ってた、それが叶った日だったのに。
きっと修兵にとっては、何でもないいつもの一日にすぎなかったんだ。
さっさと次の日をどう過ごすか考えていなくなって。
私の護衛なんてそんなもの、必要ないのはわかりきっているはずなのに。
これは副隊長としての義務?こんなところでも私たちは隊長と副隊長でしかないんだね。

いつもそう。いつもいつも、私の一方通行。
何年も、何十年も、ずっと。

私の世界は君一色だよ。今更何色にも塗り替えられないぐらい。
でも君は、そうじゃない。
…それは仕方ないことだって、わかってるけど。
でも、でも…悲しい。

「…私の傍にいる必要なんてないから」

彼女は言った。

「修兵はちゃんと調査にあたって。私も学生ごっこは、今日で終了する。二人して隊舎を長く空けるのは心配だ。なるべく早く終わらせて戻ろう。」
「…承知しました。」

それは隊長としての指示で。
それは部下としての返事。
それがどうしようもなく苦しくて、露草は二つ目のクリームパンにかぶりついたまま俯いた。屋上を出ていく修兵を一度も見ようとすらせず。
ポツンと残されたコーヒー牛乳が、彼が今までそこにいたことを主張するようで。思わず蹴り飛ばしてやりたくなったが、寸前で留まった。
わかってる、わかってるんだ、この感情はほぼ、八つ当たり。

「おい露草…」
「行っちゃったよ、檜佐木くん」
「…知らないよ、あんなやつ。職務怠慢でコスプレごっこなんかしてるのが悪いんだ」



| top |


- ナノ -