28

雨竜と話を終えた露草の「じゃあ帰ろうか」という言葉に一同がついてきてみれば。
表札には堂々と『黒崎』の文字。修兵は呆気に取られた。

…黒崎がここに帰るのはわかる。
だがお前の帰る家はここじゃないだろう!

「はぁ!?おま、ずっとこの黒崎の家に泊まってただと!?」
「うん。あ、修兵現世のお金持ってる?ちょ、貸してくれない?私苺にいっぱい借金してるんだよね。」
「…ハァ…」

なんとなくこんなことだろうは思っていたが、やはり実際耳にすると頭が痛い。
驚きで彼は敬語を使うことももうすっかり忘れていた。

なんというか露草には、戦闘時以外における危機感とか警戒心とかがなさすぎる。
四席によって大怪我を負わされたあの時のことだって、言ってしまえば彼女のその能天気さと油断がなければ今とは違う結果があっただろう。
彼女自身それはわかっているのだろうから、いい加減学習してほしいというか…あまり人を信じすぎるのを、やめてほしい。
誰もかれもが善人だと思ってるんだろうか。こっちが不安になるから勘弁して欲しい。

というかあっさり異性のクラスメイトを家に泊める黒崎も黒崎だ。
なんだ、どいつもこいつも。俺がおかしいのか?俺の常識が間違ってるのか?

そんなことを考えつつも、言われた通り露草にお金を握らせてしまう修兵。
甘い。
そしてそのお金は露草からそのまま一護へ渡る。
それを「いいって別に」と受け取らない一護も、甘い。

結局お金は露草のものになった。

「っていうか修兵は住むとこどうする?あ、お金持ってるなら普通にどっか部屋借りられるよね。」
「は…?お前は?まさか…」
「私?私はまだここに居候させてもらうけど。」

勝手な居候に選択権など普通存在しないことはわかっているが、露草は言い切った。
一護は呆れてはいるもののもはや何も言うまいとしている。

金がない故の居候だったはずなのにいつの間にかとても居心地がよくなってしまっていた。
それに金はできるだけ浮く方が、修兵にとっても後の自分にとってもいいだろうと考えた。
経費で落ちるのかどうか、微妙なとこだし。

「あ、お兄ちゃん露草ちゃんおかえりー。」

玄関が開いて、買い物バッグを持った遊子と鉢合わせた。
遊子は人の存在に気付かず出てきたのか家の前の集団に一瞬驚いたようだったが、メンバーを確認するとすぐに笑顔を浮かべた。

「あ、ルキアちゃん久しぶり!元気だった?ご飯食べてくよね?」

露草よりよっぽどここでの居候歴が長いルキアは当然のように頷いた。
そして露草もごく自然に「ただいま」と笑顔で伝えていた。
その彼女の表情があまりにも穏やかに満ち足りた様子で、修兵はそれを見た瞬間、ずしんと自分の心が重くなるのを感じた。

「あれ、そっちの人はお友達?」
「え、あ、ああ…」
「はじめまして、妹の遊子です。お兄ちゃんがいつもお世話になってます」
「はあ…」

お友達ではない、ともお世話なんてしてない、とも言えず。
終始曖昧な返事になってしまった。
だがそんなもの気にしない黒崎妹。寛大だ。

「あ、お兄さんも晩御飯食べていきますか?お醤油切らしちゃってたの今から買いに行くんで、少し準備遅くなっちゃいそうなんですけど…」
「買い物なら私が行ってこようかゆずちゃん。ちょうどストックのお菓子切れそうだからスーパー行かなきゃと思ってたんだ」
「そうなの?じゃあ、お願いしようかな。あのね、薄口のね…」
「うんうん。ね、修兵も一緒に―――あれ?」

買い物に誘おうと露草が振り返った時、彼は既に姿を消していた。

「苺、修兵は?」
「今さっき消えたぜ。追うか?」
「…いや、いい。忙しいんでしょう。」

修兵はもちろん、遊子の誘いが聞こえていなかったわけではない。
ただ、冗談じゃないと思ってしまった。
これ以上ここにいたくはない。

露草は言葉を選ばないところがあるから誤解を招きやすいが、本質的には素直でほがらかで愛嬌もある。また順応性も高いため、この家や現世の生活にごく自然に馴染んでいるのは当然と言えば当然だった。
だがそれは、修兵に思わぬダメージを与えた。

この現世において、露草という人物の世界の中に自分が入る余地などないのではないかと、そう思ったから。

露草が瀞霊廷を離れている間、彼の世界は大部分が欠けていた。
彼の世界は、既に、ほぼすべてが露草で埋め尽くされていた。
彼女が傍にいないというだけで、彼の世界は大きく変わる。
その欠けた世界を元に戻そうと彼女を求めて、今日やっと取り戻した―――と、思ったのに。

欠けていたのは自分だけで、彼女の方はそんなことはなく、十分に満ち足りていたのだと気付かされ。
完全なる一方通行を知った途端、どうしようもない苛立ちを抱える破目になった。

たった数日離れていただけだというのに、自分でも笑えるぐらい、積もる話がたくさんあった。
黒崎たちの前では憚られるような、二人での話だってしたかった。
久しぶりだな、会いたかったって、そんな話が。
でもそう思ってたのはきっと俺だけだ。
ここでの露草には…“隊長”じゃない彼女には、俺なんか必要ないんだろう。
露草がいないとどうにもならない俺とは違って、彼女はすぐに、新たな自分の世界を形成してしまえるんだ。
ここに俺がいようといまいと、彼女には大して関係ない。

俺は露草がいないと、何でもないただの一日すら、途方もなく長い時間に感じてしまうのに。彼女はきっとそうじゃない。
…だけどわかっている。
それは仕方のないことで、これは単なる八つ当たり。この苛立ちはお門違い。

だからこそ修兵はその場を去った。頭を冷やす時間が必要だと。
それと、とにかく今は…

「やっすいホテル探さねぇと」

いろいろこれからの準備も必要だ。
そう考えると、時間は少しでも惜しまれるような気がした。




そしてその準備の結果…

「おはよう檜佐木くん」
「おはよう小島」
「あ、おはよう水色くん――――って、はあ!?」
「ひ、檜佐木副隊長殿!?」
「何してんだ、あんた…」
「おう、おはよう、露草、朽木、黒崎」
「な、ななななんでこんなとこいるの…!?」
「どうしたの露草さん、なんでって、檜佐木くんクラスメイトなんだから当たり前でしょ」
「は…」

なんとも言えない現状を生んだ。

この状況が、後に露草を失望させることになるとはつゆ知らず。



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