27

「さっき逃げられたやつ以外の虚は俺と石田で片づけた。」

それを聞いて露草は校内の水をすべて消した。
外で校内の様子を見ていた生徒や教師も、通報によって駆けつけた警察も、一瞬にして干上がるように水が姿を消したその光景に目を見開く。
その様子を校舎の屋上から眺めながら、彼女は「お騒がせしてごめんね」と一言、悪気なさそうに謝った。

「…お前死神だったんだな」

解放を解いた斬魄刀を鞘に戻す露草の姿を見ながら、一護はそう言った。
6日も一緒の家で暮らして四六時中共にいたというのに、まったく気付かなかった。

「うん、黙っててごめんね。」
「…いや…何か事情があんのか。」
「…いや、まぁ、うん…」
「はっきりしねぇな。」
「あの…人間として君に出会ってみたかったってだけなんだよね、ごめん。」

そう言って困ったように向けられた笑み。
それは一護の知る無邪気で自己中な露草からは考えられないぐらい大人びていて、一護はしばし言葉を失った。
転校初日からやたら絡んでくるわ家にまで転がり込んでくるわとどういうつもりかと思ったが、最初からこいつは俺に会いに来てたのか?
しかも業務というよりすごい私情っぽい。なんでわざわざそんなこと…

「…?苺…?」
「あ、いや…何でもねぇ。よくわかんねーけど、とりあえず別に怒っちゃいねぇから。んな顔すんな」
「!…うん!」

わずかに頬を朱に染めながら嬉しそうにする露草を見て、一護はついつい頬を緩ませた。
だがなんとなくそれが気に食わなくて、誤魔化すようにわしゃわしゃと彼女の頭を撫でた。

「うわ、ちょ、なに…!」
「何でもねぇよ」

どうにも少し、今の俺はおかしい。
と、一護は思う。
校舎に打ち付けられた露草の姿を見て、柄にもなく肝が冷えきったり。
おまけに安心したらしたで急に抱きしめたり。彼女の笑顔を見て、なんか胸が苦しくなったり。

…うああぁあぁあぁああぁ!?

何これ何だこれ!
一体どうしたんだ俺!

「苺、苺!」
「あ、ああん!?」
「い、いい加減なんかハゲそうな気がするんだけど…!?」
「あ?あ、ああ!わるいわるい!」

どうやら脳内パニック度が上がるのと比例して露草の頭を撫でる手に力がこもっていたらしい一護。
無遠慮にわしゃわしゃされたのと、そのせいで起こった静電気とで彼女の頭は少々悲惨なことになっていた。

「まったく…えーと、あと何言わなきゃなんないんだっけ…」

手櫛で髪を直しながら、「えーと…」と考え込む。
そんな露草を眺めながら、一護はある違和感を覚えた。
彼女の格好だ。
黒い死霸装は死神のそれで、なんておかしいことはない。
一体何が不自然なんだ?と、自問自答。

「あ、そうそう、さっき逃がした虚なんだけどね―――」
「―!露草!」

またもや気配なく、先ほどの虚が今度は露草の背後から空間を裂いて現れた。
振り返った露草は刀に手を伸ばし、一護もまた背負った刀に手を伸ばす。
だが二人は、異空間の中ですでに作り上げていたのであろうそいつの虚閃を見、その一瞬にして悟った。
刀を抜くにも避けるにも…間に合わない。

だが、

「露草!」

どこからか声が投げられ、虚に対してサイドからの斬り込みが入る。残念ながら大したダメージが与えられたようには見えなかった。
が、それでも虚閃の的を逸らすには十分だった。

放たれた虚閃は自分たちから大きく外れ、空へと消える。
そうして一瞬できた隙を、露草は見逃さなかった。
瞬時に刀を抜き去り構え、詠唱を唱える。始解状態の斬魄刀を振り上げ、水の刃をそれに纏わせた。
それを一気に、薙ぐ。
虚は胴と首を完全に切り離されて消滅した。
それを見届け、彼女は肩の力を抜く。

「ふう…さすがに焦った。ありがとう、修兵」

露草は数日ぶりに見る副官に笑みを向けた。
先程虚閃の軌道を変えた攻撃はその副官…檜佐木修兵によるものだった。
彼はつかつかと露草に歩み寄り、久方ぶりの挨拶を交わす…わけではなく、怒りの表情で彼女の頭を強めに小突いた。

「いた!え!なんで!」
「焦ったどころじゃねぇ、俺が間に合ってなければどうなってたんだ。」
「さすがに死にゃーしないでしょ」
「あほか打ちどころ悪けりゃ死ぬだろ!休暇中だからって油断しすぎだ!」
「…はーいごめんなさーい。けど修兵だってあの一発で決められなかったのは鍛錬が足りないとおもいまーす」
「なに…!?」
「わーごめんごめん!」

目の前で拳をぽきぽきと鳴らされ露草は咄嗟に頭を守る。結構痛かったからもう一発はいやだ。

「蒼井隊長、ご無事ですか!」

九番隊の隊長と副隊長が不毛な攻防を広げる最中、露草よりもまだ一回り小柄な死神がその場に降り立った。

「あ、うん、大丈夫ありがとう。えと…ルキアちゃん、かな。」
「はい!檜佐木副隊長と共に、瀞霊廷より今しがた馳せ参じました。十三番隊朽木ルキアです。」

合流するなりそう言って露草に向かって頭を垂れた朽木ルキア。
露草にそういうのはいいから、と促されて顔を上げた彼女はふとその隣に視線をやり、「なんだ、貴様いたのか。一護」と堂々と言ってのける傍若無人ぶりをさっそく発揮していた。

「ちょ、露草、おま、え、隊長って…」

一方、それまで放置され気味だった一護はルキアのその失礼発言どころではなかった。それよりも前の発言が重要だ。

こいつ今、露草のことを隊長って言ったよな!?

「一護!蒼井殿におまえなどと!言葉を弁えろ、この方は現九番隊隊長殿だぞ!」
「んな…!?」

そうか、さっきの違和感はそれか、そうだ、そうそう、その羽織が…とかなんとかブツブツと呟く一護。
これが…この華奢で何のオーラもなくてどう見ても守ってもらう側みたいな顔したこの女が、あの剣八や白哉と同じ、隊長だと?さっきまでおそらく部下にあたる人に説教されて拳骨までくらってたくせに?
信じられなくてまじまじと露草を見る。
やっぱりどう見ても信じられない。小柄で華奢なのはルキアも同じだが…目か?それともしゃべり方か?何が違うのかはっきり言いきれないがルキアの方がまだ偉いやつに見える。こんなやつが隊長だなんてどうなってんだ護廷十三隊。

「驚いたか苺」
「いや…驚くに決まってんだろ…」
「ははは、そりゃそうだね。まぁ隊長っつったって私、苺の隊長なわけじゃないし?態度なんて今まで通りでいいから。ルキアちゃんもそんなかしこまらなくていいよ」
「し、しかし…」
「私、ルキアちゃんと仲良くしたいなぁ」
「そ、そんな、恐れ多い」
「えー腰低いなぁ。白哉くんの妹だったら、もっと傲慢で偉そうな子かと思ってたのに」

露草が現世の任に就いている頃に養子として朽木家に迎えられているルキアとは、これが初対面。
白哉の亡くなった奥さんとそっくりだというのは聞いていたが、ほんとに瓜二つで驚いた。
まぁ、その奥さんも仏壇の写真でしか見たことはないけれど。

「なんていうか…意外とちゃんとした子だね。まともだ」

露草、それ朽木隊長にすっごく失礼。
修兵は心の中で呟いた。

「いやこいつ普段はすっげー偉そうだぞ」
「黙れ一護!」
「ほら」
「あははは、いいね、そんな方が楽しいよ」
「う…」
「…今から自然体の方が楽かもしれないよ?将来、もしかしたら私の妹になるかもしれないんだから」
「「ぶーー!!」」
「ほ、本当ですか!?」
「いや冗談だけど。え、何噴いてんのそこ二人」
「「い、いや…」」

見事にハモり倒しの二人。
ちらっと顔を見合わせて、気まずげにすぐ逸らす。
お互いその時には、何かを感じ取っていた。
それに台詞を当てはめるとすれば『こいつ敵だ』といった感じだろう。
だがそんなこと知ったこっちゃない露草は、気が合うのかなこの二人、なんてのほほんな思考を巡らせていた。

「ってかどうしたの?ルキアちゃんは置いといたとして、修兵は現世任務なんて予定に入ってなかったでしょ?」
「昨日急遽入ったんだよ。近頃空座町で起こってる虚の大量発生。それの現地調査だ」
「あーなんだ、そういうこと。じゃあ今回のもデータ取らなきゃだね。」
「ああ、後で俺にも詳しく話してくれ。」
「うん」
「…怪我、してねぇか?露草…じゃない、蒼井隊長。」
「ああ、大丈夫。問題ない。なんならさっきの拳骨のせいで頭が一番痛い。」
「それならよかった。」

よくねーよ。

「…そうだ修兵、その現地調査のメンバーに私は組み込まれてるかな?もうそろそろ休暇終わりなんだけど」
「…隊長はここに残りたいんですか」
「うん。帰っても修兵いないんじゃやだし」
「!」
「一人で書類仕事なんてしたくないもん」
「…ああ、そう。まぁそう言うと思った」

淡い期待をした俺がバカだった。
そう己を罵る彼に、本来非はなかっただろう。完全に無意識な彼女にも、非を問うのは難しいが。

「で?」
「蒼井隊長も調査メンバーです。これは総隊長直々のお達しでもあって、残って仕事しろとのことでした。」
「へぇ」
「現世での仕事なら手慣れたもんだから役に立つだろうと。」
「…何ソレ私が普段役に立ってないみたい」

気を利かせてくれたんだろうってのはわかるけど腹立つな。
だがそんな心境や台詞とは裏腹に、露草の顔には笑みが浮かんでいた。
厳しいことで有名なあの人は、なんだかんだで自分に甘い。これだと休暇が延びたも同然だ。

「お前休暇でここ来てたのか?」

私情っぽいとは思っていたが、わざわざ休暇で来ていたとまでは思わず一護は驚いた。

「そうだよ。」
「あー…そうまでしてなんで現世に?」
「え?だから君に会うためだって」

やっぱりか、と修兵はひそかに息をつく。
面白くはない。ただ何か意図があってのことではないかと彼は思っていた。

「だから、なんでわざわざ俺に…」
「あ!そうだ一応雨竜くん無事か探さなきゃ!」
「お、おい露草!?」

慌てて露草が屋上から駆け下りていったため、なんだか気まずい三人だけが取り残されてしまった。
今更ながらに、修兵と一護の二人はそこで自己紹介を交わした。
ここは普通なら露草が仲介役をすべきだと思うのだが、こういうところで彼女は気が利かない。


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