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「雨竜くん…お裁縫上手だね。むかつくぐらい」
「むかつくの!?」

露草のシャツのボタンを付け直している彼、石田雨竜の姿を眺めながら露草は呟いた。即行で彼は困ったようなツッコミを返してきたが。

露草は女の子で、雨竜は男の子。
なのに彼にボタン付けを任せてる私って…!
決して表情には出さないが、心の中、露草は悩む。はっきり言って露草は、家事だ裁縫だ、女の子らしいそういったことは苦手だ。かろうじてまぁ料理が食べられる程度にはできるくらい。

「なっさけなー…」

つい先ほど袖ボタンが取れてしまったのだが、裁縫道具など当然持っているわけがなく…
雨竜に裁縫道具を借りたはいいが、見ている方が怖くなるほどに四苦八苦。現在は、そんな露草を見かねた雨竜が特技を発揮した次第だ。

「仕方ないよ、裁縫が苦手だって人は多いだろうし。そんなに気にしなくても…」
「でもー…苺。」
「なんだよ」
「裁縫のできる女の子と壊滅的にできない女の子、奥さんにするならどっちの方がいい?」
「そりゃできる方だろ」
「うあー!ほらやっぱり!こんな私じゃ婚期逃しちゃうよ!やだよ一生独身なんて!」
「ちょっと話が飛びすぎじゃないかな蒼井さん」

放課後の夕暮れ時。
ボタン付けをとっくに終えて何やら刺繍までされていく己のシャツを目に留めながら、露草は机に突っ伏した。

授業を終えてさっさと帰ろうとする一護を無理やり引きとめてまで、なんで私はYシャツに刺繍を入れてるんだろう…
ぼーっとそんなことも考える。
まぁいいよ、いいじゃん、お花の刺繍。可愛いよ、うん。

「お前16で婚期とか考えんなよ。んなもんまだ早ぇだろ」
「何言ってんの、16ってもう結婚できる歳じゃん」
「そりゃそうだけどよ…」

呆れたように、一護は頬杖をついて露草を見た。
露草は度々、こういったどこか感覚のズレた話をする。
露草が空座高校に転校してきて6日。同居を始めてからも6日。
未だに一護には、この蒼井露草という人間が読めない。

というか他の誰も気づくことはないが、まずこの会話でおかしいのは露草の感覚でもなんでもなく、露草は16歳なんかじゃないということだ。

「はい、蒼井さんできたよ。なかなか上手くいったと思うんだけど…」
「うん、誰も刺繍なんか頼んでないんだけどありがとう」

胸元に綺麗な青いお花が咲いたシャツを受け取って、露草は笑った。

6日も経つと、随分とこの暮らしにも慣れた。
学生たちはみんな露草に良くしてくれるし、今のところ何の問題も起こってはいない。
3日前に一護たちが戦う姿を初めて見てから一昨日も昨日も、彼らは同じように虚退治に乗り出していたが相変わらず、露草自身は完全な傍観者としての立場を貫いていたし。尾行や観察がバレているということもない。

順風満帆な現世生活。
いい休暇だと言えるだろう。

「それじゃあ帰るぞ」
「はーい」

一護が立ち上がり、露草もシャツを着ながら立ち上がる。
その様子を雨竜は訝しげに見、首を傾げた。

「そういや黒崎はなんで蒼井さんを待ってたんだ?」
「え!い、いや何てゆーか…ほら、こいつこっちに来てまだ日が浅いわけだし?いろいろ生活用品の買い物とかがしたいから付き合ってくれって…!ほら、洗濯機とか重いだろ?」
「…洗濯機を買う気なのか?というかそれを黒崎が担ぐ気なのか?」
「お、おう!洗濯機の一つや二つ楽勝じゃねぇか」
「…そうか」

露草は笑いを堪えるので必死だった。
彼女が一護の家に居候していることは、もちろん誰にも秘密だ。
やましいことなど何もないが、変に誤解を生んでは困るから。

「黒崎…」
「なんだよ」
「僕は別に、二人が男女としての交際をしていようがいまいがどうでもいいし誰かに口外することもしないぞ。何もそんなに焦って嘘をつかなくても…」
「あああああ!!!何一番ありがちな誤解をしてくれてんだ!違ぇぞ!断じて違う!」
「ひどい、苺。そんな全力で否定しなくても。…もうバレちゃったんなら、仕方ないじゃん。言っちゃえば?実はね、私のお腹には苺との赤ちゃ「うあああああ!!!てめぇは何ほざいてやがんだぶん殴るぞ!!!」
「く、くくくく黒崎!君たちはまだ高校生じゃないか!高校生なら高校生らしく清い交際を…!」
「真に受けるなボケェ!!」

露草はまたしても必死で笑いを堪え―――られるわけもなく、腹を抱えて笑いに笑った。

「は、はー…あー死ぬかと思った。雨竜くん、もちろん冗談だからね、真に受けないで。苺くんの言った通り、生活雑貨を買いたいんだけどね、まだ私ここら辺の地理がいまいちわからないから。苺くんに店に案内してもらえるよう頼んだの。付き合ってるとかそんなんじゃないよ。」
「あ、そ、そうなんだ…」
「…ったりめぇだ」

ぶっ放した嘘を放置したりはせずちゃんとした嘘で回収し、露草と一護は、呆然とする雨竜に手を振って教室を後にした。
近頃露草は、こんな日々が楽しくて仕方ない。

だがふいに…

「修兵…今頃何してるかな」

小さな寂しさを感じることもある。





そして夕暮れの中の帰り道。
現世へとやって来てから毎日通るこの道を、鼻歌でも歌いだしそうなご機嫌さで露草は歩いていた。
その隣には、何がそんなに楽しいんだという目で彼女を見るオレンジ色の苺。

「今日の夕ご飯は何かな〜」
「さぁな」
「ゆずちゃんが作るご飯美味しいよね!」
「…っていうかお前いつ家出ていく気だ?部屋探しとかちゃんとしてんのか?」
「いやいや苺くん。今はどこも不況でね、家賃が高いのなんのその」
「つまりは出ていく目途は立ってねぇと」
「あはっ」

部屋探しなんか端からしていないから家賃とか知らないけど。
目途が立たないっていうか立てる気がないんだけど。
まぁこの世の中、知らない方がいいことってのはたくさんある。
うんうんと勝手な自己完結を済ませ、露草は何事もなかったかのように一護へ笑顔を向けた。

「ごめんね。いつもありがとう、いちご」

そのふいうちに一瞬ドキリとしてしまった己の心臓に一護は戸惑った。
今のは苺だっただろうか、一護だっただろうか。

「あ、あー…まぁ、早く見つけろよ…な…」

鳴り響く代行証の警告音。
眉間に皺を寄せ、ばっとどこか遠くへ視線を投げた一護。
その音にも現れた霊圧にも気づいていながら、露草は可愛らしくとぼけてみせる。

「苺、どうしたのー?」

だが一護は露草のそんな芝居にはまったく気付かない。
心配をかけまいとめずらしく爽やかに笑って見せ、「ちょっと学校に忘れ物したから戻るわ。先帰ってな」と言って走りだした。

こういった状況なら、露草は素直に「はーい」と返事をしてから彼の後をつけることに徹する。
しかし今回は状況が違った。
禍々しい霊圧は、今までの雑魚とは大違い。数も簡単に確認するだけで10以上。
危険レベル自体ではまだ大したことはないだろうが、突然のこの状況は異常。後をつけて隠れながら調査するのは面倒だ。
そう一瞬で判断し、露草は死神化しないまま一護の後を追った。
ご丁寧に「じゃあ私も一緒に戻るよ苺ー」などと白々しい台詞を叫びながら。


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