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「死覇装似合うなぁ…。」

一護の後をひっそりと追いかけながら、露草は呟いた。
どっからどう見ても死神。あんな首切り包丁背負って「人間です」って言われてもきっとそっちの方が怖い。

穏やかにしか見えない街の中。
露草でさえ尾行するのが大変なスピードで、死神の姿をした人間が駆ける。そしてその数百メートル後からは、人間がその死神もどきの後を追う。
なんともおかしな光景だ。
本人も気づかぬうちに、露草はわずかに顔を歪めた。

どいつも間違ってる。


「ったく、最近こんなのばっかりだな…」

くたびれたようにそう言いながら、首切り包丁――斬魄刀を手に構えるオレンジ頭の死神もどき。
『こんなの』が何を指すのか露草にはわからない。だが、虚退治に飽き飽きしているのだろうというのはわかった。
やっぱり享楽や娯楽のために彼は死神をしているわけではない。
わかっていたことではあったが、露草はその事実に安堵した。

一護の立ち位置からは死角となる建物の上。
そこで露草は傍観を決め込んでいた。
すぐ傍には、奇声を発しながら一護と対峙する虚がいるというのに。

「さっさと終わらせてもらうぜ」

ぐんと膨れ上がる一護の霊圧。
それを感じ取って露草はつい呆気にとられてしまった。

これほどとは…こんなの、唯の人間なら気がふれてしまう。
死神もどきと舐めて見ていたが、露草はその場でその考えを改めた。

「さすが…白哉くん倒すだけあるよ」

露草の目の前で、虚は一太刀で倒された。
当然といえば当然。だが、本来人間である一護にとってそれは断じて当然なんかではない。
しかし彼はそれを一切感じさせることがないのだ。
露草は感嘆のため息を漏らした。

「あ」

さらに現れたもうもう一匹の虚。それに気付いた露草はつい声を漏らした。
もちろんその虚の存在に気づかない一護ではない。
だが一護が再び攻撃に移るその前に、

どかーーーーーん。

「!」

何かがその虚を貫通し、無と化した。
視線でその出所を探る露草。それはすぐに、やっと追い付いてきた茶渡たちへと辿り着いて止まった。
露草は「へぇ」と目を細める。
話には聞いていたが、実際あんなものを見るのは初めてだ。

「さっき放ったのは、彼の霊力そのものか…」

異形へと変化した右腕。纏うは禍々しい霊圧。

「なんだ、やっぱお前らも来たのか?」
「だって私もできることはしたいもん!」
「黒崎一人じゃ心配だからな」
「………」

茶渡の異形など欠片も気に留めずそう和やかに会話を交わす彼らにとって、こういう状況は既に日常らしい。
その様子を、露草は冷めた視線で見下ろしていた。

だがそんな彼らの束の間の休息はすぐに終わりを告げる。
再び現れた霊圧――虚の存在によって。

「…?」

続々と集まり始めた虚。
3,4,5…次々と、それは数を増す。
…おかしい。
眉間に皺を寄せながら、露草は一護たちが再びその虚を消していくのを眺めていた。

どうしてこんな数の虚が?そう頭をひねるが、この場で答えなど出るわけもない。
いくら重霊地といえど、この事態は異常だ。
一護たちが苦戦している様子はないし問題がないといっちゃ問題はないが、異常を見つけてしまった以上、それを放置してしまうわけにもいかない。

帰ったら報告だな、いやそれより一旦ちゃんと連絡とってすぐに報告済ませるべきか…
露草は念の為と支給されたものの、まだ一度も電源を入れていない伝令神機を手に考える。
そして結局、やっぱ面倒だから帰ってからでいっかー!とこの仕事についてはぶん投げた。

「月牙天衝ぉ!」
「狐天斬盾!私は拒絶する!」
「銀嶺狐雀!」
「巨人の一撃(エル・ディレクト)!」

それぞれの、統一性のない見慣れぬ技。
四人四色の変わった人間≠スち。

戦う必要などない彼らがなぜ戦うのか。
本来戦うべき私がどうしてそれを眺めているのか。
とても嫌な気持ちだ。

露草にとって不愉快な彼らの光景は、彼女のある記憶を鮮明に蘇らせた。
遠く懐かしい、失われた過去。
だがそれに思いをはせることはせず。頭の中の映像を打ち切るように、目を瞑って首を振った。

そらから最後の一体の虚が倒されたのを見届けて、一護たちより先に露草は走り出した。

彼らに自分を重ねることは間違いであるとわかっている。
だがどうしても考えてしまうのは、かつて失った友のこと。



***



「は?現世へ?」

いつもの昼食の時間、いつもの食堂で。
修兵はたまたま会った後輩、阿散井恋次と肩を並べながら食事をしつつ会話を交わしていた。
露草が休暇で現世へと出向いてから5日目のことである。

「なんでも近頃、虚の大量発生なんていうおかしなことが空座町で起こってるらしくて。いろいろこっちで調べたりしてたんですが、結局理由がさっぱりなもんで。仕方なし、明日からルキアが現地調査に行くらしいんッス。」
「で、それにお前も付いて行くと?」
「任務なもんで」
「代われ」
「…は?」
 
ただ現世に行くとだけ行って具体的にどこへ行くとは告げずに尸魂界を出ていった露草だが、修兵には彼女の居場所の見当がついていた。
あの死神代行とやらのところだろうと。
なにせあの虚捕獲訓練を終えてからというもの、何を思ったか露草からは死神代行と、それと行動を共にしていた人間たちについて質問攻めにされる日々だった。
どんなヤツらだったのか、彼らはどんな関係だったのか、印象的にはどうだったか、などなど。

それから嬉々として現世へと旅立った彼女が、一体何をしているのか。気にならない修兵ではない。
だが自分には仕事がある。俺も休暇が欲しいでーす、なんて簡単には言えない。
しかし!

それが仕事だというのなら、何も問題はないではないか。

「か、代われって先輩…」
「いいから、代われ。あ、代わりに九番隊のこと任せてやるから」
「そんな代わりいらないっすよ!!俺だって現世に行きたいのに」
「あ゛ぁ゛ん?お前今まで俺がどんだけよくしてやったと思ってんだ…!?」

す、すんません!
今にも殺されそうな目に射抜かれ、可哀想な阿散井はすぐさま頭を垂れた。
よし、今まで親切に面倒見てきてやった甲斐があるってもんだ。

「悪ぃな、せっかく朽木と現世デートできる機会を奪っちまって。」
「な!お、俺は別にそんなんじゃ…!」
「大丈夫大丈夫、チャンスはいくらでもあるさ。焦らず時間かけて落とせって」
「な、なんすかそれ…自分の方は明日から現世デート決め込む気なんでしょうに」
「んなつもりはねぇよ。ちょっと自由奔放な隊長が何かやらかさないように追っかけてくるだけだ。あとさっさと帰ってくるように促してくる。いやむしろ一緒に連れ帰る。」

修兵がそう言い切ると、阿散井は呆れたように深く溜息をつく。
それに対しかなりイラッとしながら、修兵は「なんだ」と問うた。

「そんなに心配っすか、露草が。」
「…そんなんじゃねぇ。俺ぁ副隊長として、隊長のあいつがあんまり仕事放棄し過ぎるのはよくねぇと…」
「建前は、っすね」
「………」
「す、すんませんごめんなさいもう言いません!」

ぎろりと睨まれ、阿散井は椅子から飛び降りてジャンピング土下座をかましてみせた。
…どうやら彼は修兵に何かよほどの恐怖を抱いているようだ。
その様子をどこか他人事のように眺めながら、修兵は食後の茶をすする。

正直、図星を突かれたことがかなり気に食わなかった。
阿散井の言った通り、先ほどの言葉は建前だ。
本当はあの気ままな隊長が心配で仕方ないし、露草のいない隊舎に違和感を感じてしまって居心地が悪い。
ひどく勝手な理屈だ。修兵個人の我儘な理由。

だからこそ、

「人に言えるわけねぇだろ」

そう、口の中だけで呟いた。


彼は気付いていない。
自分がどれだけ重症なことになっているか。
その思いがどれほどのものか。

「(誰でも自分ってのは客観視できないもんだよなぁ…)」

修兵の口の動きをちゃっかり読みとっていた正座の状態の阿散井は、心の中でそう呟いた。



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