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笑顔で友達と朝の挨拶を交わす少年少女たち。
人間の価値観からすれば彼らはもう立派に男と女として数えられるらしいが、何百という年月を生きている死神からすればまだまだ子ども。
その爽やかかつ幼い表情を見ているとなんだか微笑ましくなってしまう。
まぁ今現在の露草は、そんな少年少女たちの中に違和感なく紛れ込んでいる状況なのだけれど。

「おっはよー露草ちゃん!」
「おはよう織姫ちゃん」

しまった彼女のハイテンションに合わせ損ねた。
露草は一瞬そう考えて焦ったが、別段気にした風のない彼女――井上織姫を見てその考えを追い払った。
ニコニコニコニコと、何がそんなに楽しいのか彼女は笑みを絶やさずにこちらに視線を向けている。
悪い気はしないが、なんだかそこまで見られると居心地が悪い。

「たつきちゃんもおはよう」
「おはよう露草」

露草が現世へとやってきて早3日。
これまで現世生活が長かったこともあり学生たちの生態にもそれなりに詳しかったため、あまり慣れてはいない環境にも関わらず既にかなり馴染むことができていた。

朝からフレッシュな笑顔を浮かべている彼女たちも、その間にできた友達≠ニいうもの。
しかしもちろんそれは、人間≠ニ人間≠ニいう至極当然のように思える概念の上に成り立った関係だ。
真の姿が死神だとは、まだ誰も知らない。

「浅野くんもおはよう。水色くんもおはよう。チャドくんも、苺もおはよう!」
「おはよう…って、ここまで一緒に来たのになんで今更挨拶なんか…」
「え!一護お前蒼井さんと一緒に登校したの!?家近いの!?」
「あ、ああ、まぁ…」
「あのねあのね、今私苺と」
「たまたま偶然近所で会ったんだよなー!」
「そうなんだ、蒼井さんの家もあっちの方なんだね」
「いや、あの」
「そうだよなー!なー!?」

さすがに居候させてるとは言いたくないらしい一護は必死だった。
わかっていてもその反応がおもしろくてつい意地悪をしてしまう露草。
しばらく問答を繰り広げた末にはけらけらと笑った。

「いやぁ、楽しいね学生生活。若返った気分!」

これでも普段は隊長として、部下たちの手本となれるようなるべく己を律して生活している。
だからそういった気構えなしに自分の思ったままにすべて行動できるというのは久しぶりで…露草は少々、浮かれていた。

「…お前同い年だろ?…もしかしてダブりか?」
「もちろん同い年だよ、ピッチピチの16歳!……苺も16なんだよね?」
「ああ。俺はダブりじゃねぇからな」
「私もダブりじゃないよ!」

16歳か。
本来なら百年二百年使って到達するそこに、そんな若さで。

なぜ彼が死神の道に足を踏み入れてしまったのかだけは知っている。
だがなぜその道を歩き続けるのかは知らない。到底それが賢い考えだとは思えない。
人間は人間として、人間とつるんで生きていればいいのに。死神やっていいことなんて彼にとって何もないだろうに。

元来持つ膨大な霊力に群がってくるような連中を追い払うには、力は必要かもしれない。
けどやはり死神という職はリスクが高すぎる。辞める選択肢があったっていい。
だが彼にはきっと、そんな考えは微塵もない。
この3日一緒にいてよくわかった。短い時間だが十分だった。黒崎一護という人間を知る分には。

彼はやさしい。
現代の子供にはめずらしいほどやさしく、正義感にあふれ、情深い。誰かのために自己犠牲を厭わない。
そういう子だった。
もしかしたら担ぎ上げ過ぎなのかもしれない。
だけど黒崎一護という人間は、3日という短い時間の中で、露草にそういった印象を植え付けた。
そのやさしさ故に彼は死神をしている、と。

「…なんだ一体。何見てんだ」
「いや…苺、16にしちゃ老けてるなと思って」
「殴るぞ」

無意識にガン見してしまっていた視線。
適当に理由をつけながらそれを逸らし、教室の中の他の人間に目を向けた。
一護の影響だろうか。ここは霊力の高い人間が多い。
この人間たちを守るために、彼には力が必要なのだ。

「なんてお人よし…」
「?なんか言ったか?」
「なんにもー。あ、千鶴ちゃんおはよう」

ああんおはよう露草ちゃぁんv今日も抜群にプリティねぇぇぇ!!!
などと超ハイテンションで抱きつかれながら、露草は今後の身の振り方を考え出した。



***



「はー…」

現世の生活は楽しい。
気苦労なんてものはないしうるさいじじいもいないし、面倒な書類仕事もしなくていい。
だけどどうにも…授業というものは退屈だ。
何度目かわからない溜息をつきながら、早くチャイム鳴れ、とそればかり考える。
真央霊術院を出たのはまだまだ小さな頃だったから、勉強を楽しむという精神があったため授業も苦ではなかった。けれどやっぱり今の自分にとっては苦でしかない。
まったく意味のわからない数式の羅列に教師の雑談。
暇だ、とあくびと溜息ばかりを繰り返す。

そんな時…
フッと現れた、異物感に近いソレ。

同時に一護の死神代行証がけたたましく鳴き始めた。それに対しビクッと一護や織姫の肩が揺れたのを視線の端に留めながら、露草は窓の外へ視線を流す。
どうしようかと悩みつつ、虚特有のその禍々しい霊圧に意識を傾けた。
かなり近い。昨日一昨日は一護の代行証に反応がなかったことを考えると、あれも一応ある程度の距離のものにしか反応しないらしい。

地区担当は今この地にいない。が、調べたところ一応もう一人の駐在がいるらしい。昨日一昨日も虚は現れたのだが、露草や一護が向かうまでもなくその駐在が討伐したようだった。
つまり駐在の実力自体は申し分ない。たとえ敵に一番近いのが自分だとしても、それに任せればいいのだからわざわざこちらが動く必要はない―――
はずだが、死神代行証を胸に押し当て死神となった一護を見て、露草は悲しげに小さく笑う。

きっとこの子なら動くだろうと思っていた。

「っ先生あたし便所!」
「僕も!」
「俺も」

死神姿で窓から飛び出していった一護を追いかけるため、織姫を先頭に眼鏡男子――石田雨竜と茶渡が教室を出ていった。
一護のみならず、他の人間まで。露草は驚いた。
彼らがかつての旅禍だというのは知っていたが、旅禍の目的はあくまで朽木ルキアの救出であったと聞いていたし、ここでまで一護の後を追う真似をしているとは思いもしなかった。

「…私も行くか…」

ポケットから義魂丸…じゃない、ソウル*キャンディを取り出し、一粒を口に放り込む。
そして退屈な授業はチャッピーに任せ、一護と同様に窓から飛び出した。
無論気配は絶った。あくまで傍観者にしかなるつもりはなかった。


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