21
「苺くんー」
「…なんだよ」
初めての学校からの、初めての下校。一護の隣を歩きながら問いかける。
「苺くんには家族っている?」
「は?まぁそりゃいるけど…」
「だよねー。私はね、いないんだよ」
「!」
「そんで私、ついでに今住むところもありません。」
「はぁ!?」
「だけど私って幸運だよね。今日いきなりいいカモつかまえっちゃった☆」
「なんだ、そのカモって俺のことか。冗談じゃねぇぞお前それ―――」
「さー!君のお家はどこかなー?」
「んなぁ!?やっぱりてめぇうち来る気か!?」
「だって苺くんはこんなひ弱そうな女の子を、こんな物騒な世の中に一人で野宿させたりなんかできないでしょ?」
「…!?」
半日接してみて、彼がやさしい人間だというのは十分わかった。露草の行動はそのやさしさに付け込んでいるに他ならない。
だけど残念ながら彼女に罪悪感はない。ルキアが当然のように一護の家に転がり込んでいたことは知っている。
それなら私だっていいじゃないか、なんていうゴーイングマイウェイ。
「…はぁー…どんな訳があってそんなことになったっつーんだ」
「アレがあーなってこーなってそーなったからなー」
「わかんねぇ」
そりゃそうだろうねと笑うと、呆れたように睨まれる。
突拍子もない頼み事に加えて理由も言えないとあれば、そういう反応になるのは当たり前だ。
けれど嘘をつく以外に彼に伝えられる理由がない。
とにかく、本当に住む場所がないということと訳ありなんだということのみ、次は真面目に説明してみた。
真面目に、住む場所なんてないから断られたら野宿決定だ。まぁそれも慣れてるし、そこまで困る訳でもないのだが。
結果…
「今日だけだからな!」
なんと本当にお許しが出てしまった。
自分で行動しといてなんだが、許可が出るなど到底思ってはいなかった。事情のある死神を受け入れるならまだわかるが、今の露草はあくまで人間だ。そうも簡単に許可できることじゃないだろうに。
「…苺くんってやさしいねーってよく言われるでしょ」
「そうでもねーよ。」
やさしいよりは『お人好し』ぐらいの言葉の方が露草にはしっくりくるのだが、それは黙って飲み込む。
「そっか。まぁ、それが君の当然になってるからなのかな」
「は?」
「苺くんは変わってるよねって話」
「…そんな話だったか…?」
一護は一瞬顔をしかめたが、まぁその程度。それから必要以上に探りを入れてくることもなければ、不快感を表すこともない。
現代っ子には何ともめずらしい純粋な子だと思った。
「なーるほどねー…」
「?なんか言ったか?」
「なんにも」
本当にいいのかと問いたい気はするが、心変わりしてしまっては困る。甘んじてそのやさしさを頼ることにした。
***
翌朝。
チュンチュンと小鳥のさえずりがおぼろに聞こえ、眩しい朝日が視界を照らす。
未だ霞む目を手でこすり、露草は大きく欠伸を漏らした。
一護の妹、ゆずから昨日奪ってしまったこの部屋。
使わせてもらったふかふかのベットには、女の子らしい可愛らしいシーツ。
…ちゃんと布団の中に入ることすら、考えてみればかなり久しぶりだった。彼女に感謝しなければと露草は知らず笑みをこぼす。
その後ダイニングへと向かい、すでに朝食を口に運んでいた一護の隣の席へと腰かけた。
すでに制服には着替えているが、髪はボサボサだし未だ寝ぼけ眼。普通そんな状態で同級生の異性の前に現れるだろうかと、一護は若干呆れた。
それに昨日までのテンションとは裏腹に、今日は朝の挨拶すらなし。黙って手を合わせて朝食を食べ始めた露草を見て、一護は不審に思う。
それから数分後。
露草はノロノロとウインナーをかじりながら、一言ポツリ。
「…もう朝か。」
その日初めての発言だった。
「露草ちゃん寝足りないの?」
「いや…そういうわけじゃないんだよ、かりんちゃん。」
まぁもっと寝たいと言えば寝たいんだが。それでは休暇としてこちらへやってきた意味がない。隊舎で好きなだけ寝とけよ、という話になってしまう。
「なんかさ、急な同棲スタートでのお約束ハプニングとかちょっと期待してたのに。あっさり朝だなぁって。」
「…それお前が期待する側なのか?どっちかっつったら期待するのは俺じゃねぇか?いや、俺は期待なんかしねぇけど。」
「だってどうせならいろいろ楽しんでみたいじゃん。時間は限られてるんだし。」
「時間?」
「あ、いや、こっちの話」
経験できることは何でもしときたい。
次いつ手に入るか分からない休暇なのだ、存分に利用せねば。
「あ、そうだ苺くんジャージありがとう。洗濯してから返すから」
「ああ?んなもんウチの洗濯機に突っ込んどけばいいって」
近頃は、死覇装のまま隊舎で仮眠を取るという程度の睡眠しか取っていなかった露草。寝巻というものが必要なことを忘れていた。だから実は、昨晩は一護からジャージを借りて寝ていたのだ。
高校生男子のダボダボジャージ…あれはあれでなかなか味わうことのない体験だったと思う。
「洗濯するっつっても家ねぇんだったらコインランドリー持ってくぐらいしかねぇだろ?けどお前金もねぇのにどーすんだよ」
「…そうだった…」
「忘れてたのかよ」
なまじ普段はお金に余裕がある生活をしてる分、今の自分が無一文であることをすぐ忘れてしまう。
でもどうしようか、お金はやっぱり必要か。この家に泊めてもらうのは昨日限りの約束だった。つまり、今日からは本当に宿なしだ。
「ハァ…普通に洗濯に出しとけ。もう一着、洗い替え用のジャージも貸してやる。その代わり、放課後はゆずの家事手伝えよ」
「…へ?」
「住むとこもねぇ、金もねぇ。んな人間普通追い出せるかよ」
「………あ、ありがとう」
あまりに簡単に進む物事に唖然とする。
なんて警戒心のなさ。なんてお人よし。そうゆうやさしさ≠竍甘さ≠ェ大好きな露草だが、さすがにこれには驚きを隠せない。
普通は追い出すんだよと教えてあげたかった。
さすがに一生は無理だぞ!?と慌てて言う彼に苦笑する。
そんなの当たり前、住むところがみつかればすぐに出ていくよと説明した。
まぁこれでもう露草は、休暇が終わるまでここにいることを決めてしまったのだが。
「あーごちそうさまでした。ゆずちゃん、美味しかったよありがとう」
「いーえー」
昨日会ったばかりの人間を簡単に住まわせるどころか、彼は理由を聞きもしない。彼の家族も同じくだ。異端分子を簡単に受け入れる。
人生ってこんな簡単なものだったっけ?ふと考えてみるも、馬鹿らしくなってやめた。
「おい、ちゃんと髪梳かしてこいよ。もう行くぞ」
「はーい」
洗面所へ行って歯を磨き、顔を洗い、髪を梳かし、伊達眼鏡を装着する。直らない寝ぐせはもう放っておいて、すでに玄関で待っている一護のもとへ走った。
「これって時間的にヤバい?」
「ちょっとな」
「うわーごめん!」
慌ててローファーをはいて、小学校へと向かうゆずとかりんと共に黒崎家を出る。その際、一護の父は露草にも笑顔で「いってらっしゃい」と言った。なんだかくすぐったい。
「いってきます」
緩んだ顔でそう返す。
―――あ、なんだか家族≠ンたい。
…我ながらお花畑な思考回路だ。
そんなことを思っていた露草の隣で、一護がどこか安心したような様子で小さく微笑んでいた。