17

「蒼井隊長!退院おめでとうございます!」
「ははは、大げさだよ。ありがとね。」

露草がにっこりと笑うと、その隊士は口元を緩めて安堵の表情を見せた。
彼は九番隊第十五席。例の調査任務で露草と共に調査に出ていた者の一人だ。
隊長に怪我を負わせてしまったことにかなり責任を感じていたらしく、露草の見舞にも度々訪れていた。そして今は、きっちり一週間で退院して隊舎へとやってきた露草にさっそく挨拶へきている次第だ。
露草は以前までと何ら変わりなく執務室の椅子へと腰掛け、彼と笑顔で会話を交わした。
そんなところへ、ほとんど礼儀なんてあったものではない様子で、数人の隊士たちが乗り込んできた。

「失礼します蒼井隊長!!」
「はいはいどうぞー…えーと…どうかした?」
「退院おめでとうございます。お待ちしておりました。」
「え…あ、どうも」

おめでとう≠ネんて顔してないんだけど。
明らかに自分に対して何か怒っている様子の彼らを眺めながら、露草は上辺だけの返事をした。
ふと見ると、押し掛けてきた彼らの後ろで、先ほどまで話をしていた十五席が苦々しそうな顔をしている。
彼らの言おうとしていることがわかっているのか、と露草は黙って頬杖をついた。

「第四席の処罰に至っての経緯、檜佐木副隊長からお聞きしました。」
「みんなに伝えといてって私が言ったからね。」
「それを、もう一度蒼井隊長の口から直接お聞きしたく。」
「…檜佐木副隊長が伝えたことが全てのはずだけど。」

やっぱりそのことかと、露草は不愉快そうに眉をひそめた。
説明責任は確かにあるかもしれない。修兵に説明を任せたのは入院期間が長かったためであるが、やはり自分の口から話すべきだったか。

「檜佐木副隊長のお話に、何か間違いがあるのではと。」
「…というと?」
「天満四席は、虚を流魂街に放ったり、意味もなく人を傷つけたりするような人物ではありません。」
「なるほど。全否定なわけだ。一応少しずつ証拠も見つかってきてるし…何より私が天満四席に斬られるところを、数人の隊士が見ているんだけど…それじゃ納得はできない?」
「何か…理由があったはずです。」

私より四席の方が信用されてるってことか。
天満四席の方がここにいる年数は長いのだから、仕方ないことだとはわかっている…が。
わかってはいても、素直に受け入れることができない自分がいる。
けれどこれは、受け入れて乗り越えるべき壁だ。

「確かに、補縛することもできずに天満四席を死なせてしまったのは私のミスだ。君たちの仲間を救うことができなくて申し訳なかった。」

立ち上がり、露草は深く頭を下げた。
この行動が正しいかどうかはわからない。立場的にも、安易にすべき謝罪ではないかもしれない。けれども仲間を失った悲しみへは、正面から向き合うべきだと思った。

一方、素直に謝罪されるとは思ってもみなかった隊士達は動揺した。
そして自分達が正しいと、有利だと無意識に強気になる。

「…俺たちは、各隊長含む上層部へ、蒼井隊長のことを糾弾します。」
「――!お前らいい加減にしろ!隊長のお気持ちも考えてみたらどうなんだ!!」

今まで黙って傍観者を決め込んでいた十五席がついに声を荒らげた。
露草は何も言わず、その様子をじっと眺める。

「けど絶対に天満四席はそんな人じゃなかった!何か…何かあったに違いないんだ!ずっと一緒にやってきたんだ!お前だってわかるだろ!」
「それで蒼井隊長を糾弾してどうなるんだ!頭を冷やせ!」
「でも…!」

お互い引こうとしない隊士たち。
これじゃあ収拾はつかなさそうだと、露草は小さく溜息を落とした。

「糾弾について、私からは何も言わないよ。好きにすればいい。でもきっと無駄だと思うよ。自己保身で言うわけじゃなく。」
「そ、そんなこと…!」
「一応もう総隊長からのお説教は食らってて、審議の結果、減給処罰で話はついてるけど…それ以上に君たちは私にどうしてほしい?隊長をやめろっていうことなのかな?」

糾弾だなんて言われてるようじゃ、やっぱりその選択が正しいのかもしれないな。
特に怒っている風でもなく、いつも通り飄々としゃべる露草にあからさまな苛立ちを見せ始めた隊士たち。その内の一人が、「そうです!」と露草の問いに答えた。

「お前…!自分の言っていることが――」
「いいよ。続けて。」
「蒼井隊長のことは尊敬に値するお方だと心得ております。しかし俺たちは、九番隊隊長としては相応しくない方だと…」
「お前いい加減に―!」
「いいから!十五席君。気持ちは嬉しいけど、少し黙っていて。」

そう言われ、十五席は掴みかかっていた隊士の胸倉を離した。
露草はさらに、続けてくれと男を促す。

「平和と正義を重んじ、無益な争いを悪となす――それが九番隊です。あなたは――」
「ストップ」

言葉を続けようとする隊士の前へ掌を突き出し、それを制した。

「君の言っているそれは、以前の九番隊の話だ。今ここが私の仕切る隊である以上、その理屈は通用しない。これは私が君たちに一番最初に言ったことだ。違う?」
「――っ…」
「それでもどうしても気に入らないんだっていう場合は、好きにしてくれればいいよ。糾弾でも、私の首を討つでも。」
「――!」
「そうだ。それなら隊士たち二百人以上集めて、公式試合ってことにしようか。私が負けてあげるよ。そしたら、君は晴れて隊長だ。よかったね、それで君は、君の思い通りの隊を作ることができるよ。」

憔悴しきった無気力な笑みを浮かべ、そう提案する露草。
そんな彼女に、その場の隊士たち全員が竦み上がった。

「さぁどうする?もう今から始めようか?」

露草は迷いのない動きで、机の端に置いてあった自らの斬魄刀を手に取った。
完全に怯えた目をしている隊士たちは、その動き一つ一つにすら肩を震わせる。
それを露草は冷めた目で見つめていた。

「お、俺たちは、何もそんなつもりで…!」
「…隊長を降ろそうとは計画するくせに、自分がその後釜へ入ろうとは考えないの?適当に隊長降ろして、適当にまた他の誰かに任せようって?そんな小さな覚悟で、私の前へやってきたの?」

こっちはもうそんな覚悟のレベルはとっくに振り切ってんだよ。

「安心しなよ。君は絶対に勝てるんだよ?私が君たちを傷つけることは絶対にないから。
 もう誰一人――私の部下を死なせはしないから。」

もう何も、失いたくはない。仲間の血を浴びるようなことはしたくない。
私の部下は、絶対に私が守ってみせる。もう誰も傷つけはしないと誓う。
そのしがらみは、自分自身への罰でもある。もう逃げられないんだと。

にわかに眉をよせ、苦しそうに紡がれた言葉に隊士たちは揃って息を飲んだ。
そして一人が、もうやめようと言うように隣の隊士の方を向いて首を振った。
全員、気まずそうに目を伏せる。
小さな沈黙が流れた。

「…どうする?闘る?」
「…いえ…申し訳ございません。失礼しました。」

隊士たちは揃って深く頭を下げた。
それを見て露草は、今度は上辺の笑顔ではなく、心からニコリと笑う。

「じゃ、お仕事頑張ってね。」

本当は傷ついた部下の気持ちに寄り添うのが正しかったのだろうか。浮竹兄さんや、烈姉さんならこんな時どうするだろうか。
いや、糾弾だなんだとそんな話が上がる時点で彼らと私は違うのだ。
彼らに寄り添い、やさしい言葉をかけるだけの私ではそれこそより多くの信頼を失っただろう。
彼らの不安にはこれからの私の仕事ぶりで答えなければならない。

「私も…がんばるね」



***



「一時はどうなることかと思ったぞ。」
「ははは、心配した?」

廊下の方で息をひそめて執務室の様子を窺っていた修兵は、出てきた隊士たちが去っていくのを見送って露草に声をかけた。

「さっきからずっとそこで聞き耳立ててたでしょ。別に普通に入ってくればよかったのに。」
「俺が入ったら邪魔になるんじゃねぇかと思ったんだよ。」

副官が傍にいれば、言いたいことも言えなくなるだろうと。まぁかなり言い過ぎな感じはしたが。結果、それで間違ってなかったと感じる。
促されるまま部屋に入り、書類の山へさらに書類を追加した。一気に顔をしかめる露草に、頑張れよとだけ告げる。

「あ、そうだ修兵」

部屋を出ようとしていたところを呼びとめられ、修兵は黙って振り返る。

「今日空いてるよね?」
「…?ああ、空いてるけど?」
「やっと退院もできたし、今日こそ行くからねー」

にこにこと楽しそうに。
それで、彼女の言いたいことがなんとなくわかってきた修兵。同様に小さく笑顔を浮かべた。

「覚えてたのか。」
「当たり前じゃん!私が言いだしたことなんだから。何?修兵もしかして忘れてた?」
「覚えてたに決まってるだろ。」
「だよね。約束≠ヘ守んなきゃ。」

お前の方が忘れてると思ってたんだよ。
覚えていたことに嬉しさを感じ、もう完全復活もできたようだとほっとする。さらに、覚えてたご褒美と言って飴玉を放られ、完全に気が抜けた。

「じゃあ今日も買い物して帰るか。」
「うん。」

一時は叶わなくなるかもしれないと思った約束。
所詮早とちりに過ぎなかったが、無事それが果たされそうなことに安堵する。

ハンバーグが食べたいと彼女が言うから。今日はそれをメインにして、付け合わせを考えよう。
スープはどうしようか、サラダはどうしようか。そんなことを考えながら、夜になるのを待つ。

ものすごく平和で、幸せな時間だと感じた。


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