16

卯ノ花に叱られてからというもの、大人しく布団の上での入院生活をしている露草。
そこへ修兵が通うのが日課になって今日で五日目だった。

「…この花、誰が持ってきたんだ?」

部屋へと入ってきた途端目に飛び込んできた、煌びやかで豪華な花鉢。昨日まではなかったと、修兵は露草に問いかけた。

「あー…今朝じじいが。説教メインで花もついでに。」
「総隊長が…?…ってか露草、さすがにじじいはないんじゃねぇのか?どんな関係か知らねぇけどよ。」
「え、別に悪口で言ってるわけじゃないんだからいいって。愛称みたいなもんだもん。」

パラ、と本のページをめくる音が部屋の中で響く。暇だから仕事を持って来いと露草は言ったが、たまには休めと修兵は毎日数冊の本を持ち込んできていた。
小説から歴史書、さらには鬼道についての本から過去の瀞霊廷通信まで、その種類は様々。
それを露草は、毎日数冊ものすごい勢いで読み上げる。この知識吸収スピードには素直に感心する修兵だった。

「あ、そうだ。じじいが羊羹も持ってきたんだよ。食べる?」
「いや、いい。さっき昼飯食ったばっかだから。」
「んー…――ねぇ。」
「んあ?」
「…いや、何でもない。」

近頃、こんな会話が多い。
何か言いたげに露草は声をかけてくるが、途中で絶対に引き返していく。
気にはなる修兵だが、話してくれるのを待つつもりで追及はせず、露草の隣で書類を片付け始めた。

「…ごめん。仕事大変なんじゃない?」
「んなこたねぇよ。お前用の仕事はちゃんと机の上に溜めてある。」
「うわーありがとー」

もちろんほとんどの仕事は修兵が片付けてはいるのだが。修兵はそれをあえて伝えていないが、露草もそれはちゃんとわかっている。棒読みでの返事も、彼女なりの気づかいだと言えるだろう。

「なんなら勝手に隊長印押しといてよ。」
「…は?何言ってんだ。んなことできるわけねぇだろ。」
「はは、冗談だよ。…そんな怖い顔しないでよ。もう変なこと言わないから。」

諦めたように微笑む露草を見つめ、修兵は書類を進める手を止めた。

「…あのさ。さっきじじいが来た時に、隊長辞めさせてくれって話をしたの。」
「…は、はあ…!?お前、何を…!」

九番隊隊舎の屋根の上での、あの日の俺の言葉は何も伝わらなかったのか?俺では露草を支えることはできないのか?
修兵は目の前が真っ暗になるような、ひどい裏切りにあったような気持ちだった。

「勘違いしないでね、修兵の言葉は本当に嬉しかったよ。修兵が副官をしてくれてることは私にとって幸運以外の何物でもない。」
「それじゃあ…!」
「けどそれって修兵にとってはひどい不運だなって気づいたんだ。」

は?俺の運勢をお前が勝手に決めるなよ。
修兵は怒りのあまり思わず手元の筆を折った。

「あのな露草…!」
「あ、待ってね、結果としては隊長は辞めさせてもらえなかったの。」
「…え!?」
「これぐらいのことで甘えんなって言われた。」
「な、なんだ…」

てっきり辞めることになったのかと思っていた修兵は胸をなでおろした。
なんて心臓にわるい話をしやがるんだ。

「だから修兵には本当に申し訳ないけど、まだ私が隊長です。」

ごめんね。と布団の上で頭を下げられ、修兵は呆れるやら悲しむやら。
本気でこいつは自分が隊長であることで、俺が不幸になっていると思ってんのか。
修兵は少し悩んでから意を決して、落ち込む露草の肩に手を置いた。

「露草。」
「なに?」
「ちょっと出かけよう。」
「…は?」
「急に甘味が食いたくなった。」
「だから羊羹あるって。」
「羊羹以外がいいんだ。ほら、行くぞ。」
「え、ちょ、ちょっと…!」

手を引かれても露草は動こうとしなかった。
また烈姉さんに叱られるじゃないか…!と顔が語っている。

「なんだ、甘味好きだろ。オゴってやるよ。」
「す、好きだけど…!出ちゃ駄目だから」
「バレなきゃいいんだろ。すぐ戻れば大丈夫だ。」

言うや否や、修兵は露草を担ぎあげる。

「いやー!俵担ぎって、ちょ、ヒドくない!?」
「横抱きじゃ窓から出られないだろ。」

片手で窓を開ける修兵の横顔をみつめ、露草は深いため息をついた。

「修兵が大人しくしてろって言うから、私ずっと大人しくしてたのに。」
「今だけだ。戻ってきたらまた大人しくしてろ。」
「横暴だー!」
「うるせぇ。普段のお前ほどじゃねぇ。」

え、私ってそんなに横暴?
自覚のない露草ははて?と首を傾げた。



***



「修兵ほんとに食べないの?」
「見てるだけで胸やけしてきたからいい。」

みたらし団子十本目に突入している露草が、口の端にたれをつけたまま問う。その隣にはすでに、彼女の手によって餡密とぜんざいの椀が積み上げられている。それを視界の隅に留めながら修兵は首を横に振った。

「つーかお前本当に入院しなきゃならないほどの怪我人か…?全然平気そうじゃねぇか。」
「平気だよ全然。烈姉さんが心配しすぎなだけだし。まぁ明後日には退院らしいけどね。」

そう言ってから「すいませーん。苺大福五つとお饅頭5つお願いしますー」なんて追加注文をする露草。
正直…修兵は財布の中身が心配になった。

「そんだけ元気なら退院後は普通に働けるな。」
「もちろん」
「いつ見に行っても寝てるか本読んでるかだから結構心配してたんだぞこっちは。」
「だってそれぐらいしかすることないんだから仕方ないじゃん。」

バレた時のことを考えるとかなり不安だが、やはり連れ出してきてよかったと修兵は思った。
少しだが、露草の顔が晴れた気がする。
甘味の方がよっぽど、露草には良薬となるようだ。

「美味いか?」
「うん」
「ならよかった。」
「…修兵、気遣ってくれてありがとうね。世話のやける隊長でごめんよ。」

明るく振舞っていた露草だが、眉を下げて困ったように笑った。
修兵はすでにぬるくなった茶を一口すすると、そんな露草の頭をぽんぽんと撫でた。

「なぁ、俺はお前が隊長でよかったと心から思ってるよ」

なんでもないことのように告げられ、露草は目を瞬かせた。

「東仙隊長があんなことになって…自分が他の隊長の下につくイメージなんてまったく湧かなかったけど、お前はすんなりそこにおさまった。露草は…東仙隊長とは似ても似つかないし、横暴だし実際世話はやけるし副官としてはそりゃ大変だけど」

間違いなく俺たち九番隊は、護廷十三隊の隊長の中で、一番仲間思いな隊長のもとにいる。
平和を尊ぶ九番隊にとってこれ以上の隊長はいない。

「三番隊でも五番隊でもなく、お前が九番隊に来てくれてよかった。俺は運がいい。」

ただの慰めではない。本心だ。

「こんな頼りない隊長でいいの…?だってもっとしっかりした人が隊長だったら、修兵はもっと楽できるし、こんなことで気を揉んだりすることもなくなるし、私の甘味代払ったりしなくて済むし…!」
「そりゃ頼りになるに越したこたねーし財布の中はいてーけど。それでもお前がいいっつってんのがまだわかんねーのか。」

頭をぐしゃぐしゃっと撫でつけると、露草はこそばゆそうに目を細めた。そしてぐしゃぐしゃの髪のまま修兵を上目遣いで見つめ、嬉しさと不安が入り混じったような表情で口を開く。

「…私、もっとがんばるね」
「おう。…けど俺は、俺にしか見せないお前の顔があるってのは、なかなか悪くないと思ってるからさ。」
「…え」
「俺の前では頼りなくても世話が焼けてもかまわねーから、くれぐれも無理はしてくれるなよ。」

きょとんとしていた露草だったが、すぐに少し頬を染めながら笑顔で頷いた。

「修兵は世話焼くのが好きなんだね。私が手のかかる隊長でよかったね。」
「言ってろばーか」

火照る二人の頬をやわらかな風が撫でていった。

「ありがと、修兵」


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