15

「露草!」

やっと…やっと見つけた。

「修兵…」

瀞霊廷の隅から隅まで走りまわって、やっと見つけた。膝に自分の顔をうずめ、じっと動かない露草を。
九番隊隊舎の屋根の上で。

「こんなとこにいたのか…心配したんだぞ!何してたんだ!」
「…何もしてない…」
「何もって…じゃあお前は、何がしたかったんだ。」
「…別に…」

生きてるのか死んでるのかもわからず、必死に駆けずり回っていたこっちの気持ちなど露ほどもわからぬ様子で、露草はひたすらに無気力だった。
思えば露草には何かと心配させられてばかりだ。そしておそらく彼女にはその自覚があまりない。
修兵が思わず盛大な溜息をついてしまうのも仕方の無い事だった。

「…もうすぐ日も沈むぞ。四番隊に戻りたくないのか?」
「いや…」
「じゃあなんで帰らないんだ。」
「…動けないから。」
「…は?」
「痛み止めの効果が切れたみたいで…痛くて動けない。」
「………」

よく見ると露草は涙目だった。
修兵は呆れて二の句が次げない。隊長ならそれぐらい耐えろよと言いたくなったが、すんでのところで思いとどまったのは彼の優しさだ。

「修兵はあとどれぐらいで卍解できそ?」

唐突な質問。
は?と修兵は首を傾げた。

「天満くんはできてたよ。たぶん」
「!天満が…!?」
「うん。どんな卍解か見てすらもないけどね。…私が知らないだけで、実は卍解できる人って結構いたりするのかな。」
「…露草。何が言いたいんだ?」
「んー…私が隊長降りるのって思ってるよりも簡単なのかな、とか…」
「…何を言ってんだ…?」

視線を正面に向けたまま、淡々と語る露草。
修兵はそんな視線を遮るように露草の正面にまわって、目線を合わせるためにしゃがみこんだ。

「だってやっぱり私じゃないよ。もうみんなわかったでしょ、私がどんだけ無能かって。」
「…………」
「きっと修兵ならもっと上手くやれた。いや、私以外なら誰でもできる。もう私には無理だよ、無理」
「…言いたいことはそれだけか?」

修兵の険しい顔を見て、露草は小さく息を飲む。そして微かに唇を噛んで視線を逸らした。

「…修兵だって呆れてるでしょ。あんだけ仲間が死ぬことにビビってたのに、自分で殺すのはいいのかよって。」
「…露草」
「しかもあんなに仕事が出来てみんなに好かれるいい人が、死んでいいわけないのにね。私じゃなくて天満君が隊長だったらよかったのに。」
「露草」
「きっとこのまま私が続けたらまたみんな死んでくんだ。私は仲間を不幸にする死神なんだ。きっと修兵だって」
「露草!」

こちらの声が聞こえていないかのような露草を、修兵はやさしく抱きしめた。

「わるかった、露草」

修兵の肩に顔を埋めながら、露草は目を見開いた。
なぜ彼が謝るのか、何に対する謝罪なのか、まったく理解できなかった。

「お前の力になるって言ったのに、今回はお前一人に悩ませて、お前一人に重荷を背負わせちまった。」
「な…」

そんなのは仕方の無いことだ。箝口令が敷かれていたとはいえ、修兵に話さなかったのは露草の判断だ。彼に落ち度がある訳ではない。

「きっと俺には言えない理由があったんだろう。なら俺が自分で気づくべきだった。だから今回は気づけなかった俺がわるい。」
「修兵…」
「お前一人の責任じゃねぇよ。抱え込んで思い詰めんな。」

露草の瞳に涙が滲んだ。
私なんかがこんなやさしい言葉をかけてもらっていいはずがない。

「今回のことでお前になにか処分が下るとすればそれは俺も一緒に受ける。そんで次こそは、必ず俺がお前を支えてみせるよ。」

ついに涙が頬を伝った。
何とか動く方の腕で修兵を抱きしめ返す。

「…ごめん、修兵、ごめん…」

嬉しいと同時に情けなかった。
私がもっとちゃんとしていれば、こんな謝罪はさせずに済んだのに。
まだ事の詳細も知らないはずなのに、彼は私を信じてくれている。私にまだ次があると言ってくれている。
私は副官に恵まれた。
けれど、それは彼からしてみたらなんて不運だろう。

彼の背中から手を離し、ぐいと乱暴に涙を拭った。
そしてやんわりと彼の胸を押す。

「露草…」
「ありがとう修兵。四番隊に戻るよ。烈姉さん、カンカンに怒ってるだろうし。」

そう言うと、痛みに顔を歪めながらも露草は自力で立ち上がろうと膝をついた。

「露草、運んでやるから無理するな」
「大丈夫」

強がるものの、肩を抑える露草の額にはわずかに汗が滲み出ている。
修兵は大げさにため息をついてから立ち上がり、すっと露草を横抱きに抱え上げた。

「うわ、ちょ、」
「何変な意地張ってんだ、大人しく頼れ。」

暴れたら落とすぞ。
修兵が耳元でそう囁くと露草はぴたりと大人しくなった。恥ずかしさからかほのかに頬を赤く染め、落とされないようにかしっかりと修兵の死覇装を掴んでいる。
それが可愛らしく思えて、修兵は険しかった顔を僅かに緩めた。

「露草、隊長降りるなんて言うなよ。俺の隊長はお前なんだから。」
「…………」

露草は答えなかった。
それどころか修兵の死覇装を引っ張って顔を隠している。
修兵はもうそれ以上は告げず、黙って露草を救護詰所へ運んだ。



***



「ご、ごめんなさい烈姉さん…!」
「うふふふ。何でも謝れば済むと思えば大間違いですよ露草。」

昨日までは蒼井隊長呼びだったはずなのに。名前呼びに変わっている上、今まで以上にその笑顔が怖い。
抱きかかえられた状態のまま、露草はガクガクと震えだす。卯ノ花によっぽど恐ろしい思い出でもあるのだろうか。
卯ノ花の前に露草を降ろそうとするが、死覇装をがっしりと掴まれていてできない。

「もし傷口が開いてたりでもすれば…どうなるかわかっていますね?」
「ご、ごめんなさいぃぃ!その、ちょっと、ほんのちょっとだけ…」
「へぇ…。その肩、いらないんですか?」
「いります!いります必要です!ごめんなさい取らないでください!」

…こんな露草も、初めて見た。
死覇装どころか、今ではもう完全に胴に腕が巻きついてきている。ちょっと美味しいかも、なんて修兵は思った。

「ハァ…反省してるんですね。」
「はい!してます!すっごいしてます!ちょっとお散歩〜とかもう行きません!」
「わかりました。手当をし直しますから、もうそこから降りなさい。」
「か、肩取らない…?」
「取りません。」

取られたやつを見たことあるのか。
びくびくとしながらも修兵の腕から降りた露草は、そのまま四番隊隊士たちに医務室へと連行されていった。
その場に残っていた卯ノ花に、修兵はよろしくお願いしますと頭を下げる。

「ええ、任せてください。ご苦労様でした。」
「…卯ノ花隊長も、露草とは親しいんですね。」
「まぁ…そうですね。あの子は本当に小さな頃からここにいたので。こんな小さな子供が死覇装を着て走りまわっているのは、当時かなり目立ちました。」

『こんな』と言いながら己の身の丈の半分程のところに手を当て、その大きさを示して見せる卯ノ花。きっとそれは今の草鹿やちるよりも小さいだろう。
よっぽど力があった証拠だろうが、そんな小さな子供に小隊を任せた当時の采配を疑う他ない。それのせいで露草は、百年経った今も癒えることのない傷を抱えてしまった。

「…今回あの子が負った傷について、詳細は聞いていますか?」
「え?いや、まだ全然。話したくなさそうなんで。」
「…話したくなさそうだからと言って、聞かないというのはおかしいでしょう。あまり甘やかすようなことはしないようにお願いします。」
「す、すいません」

呆れた視線でそう言われ、修兵は思わず肩を縮こまらせた。

「…私も、まだ簡単に話を聞いただけですが…。最近起こっていた流魂街への虚出現は、露草が処断した九番隊第四席の仕業だったそうで。」
「…!」
「それを露草に気付かれたその四席が露草を殺害しようとし、あの怪我を負わされたようです。」

修兵の予想よりも事実はショッキングだった。
露草はどんな気持ちで捜査に出たのか。どんな気持ちで四席に背を向け、どんな気持ちで刀を受けたのか。
なぜ一言も相談してくれなかったのかと一瞬思ったが、彼女にそれができるわけもない。彼女はきっと信じていたかったのだ、自分の仲間のことを。最後まで。
そう思うと彼女があまりにもいたたまれず、修兵は思わず拳を握りしめた。

「当の四席が卍解をしてまで露草に襲いかかったのを見ていた目撃者がいるので、殺してしまったことに関して今回はそこまで重い罰は下らないでしょう。…けれどそれをあの子自身は許さないと思います。」
「ええ…」
「隊長なんてやっぱやめる、とかなんとか言い出す可能性は十分あります。」
「………」
「けれどそれで辞めさせてやるほど今の護廷隊に余裕はありませんので。」

すでに似たようなことを言って、辞める方法を今も探してそうな露草に聞かせたら絶望して泣きじゃくりそうだなと修兵が思うほど、卯ノ花の言葉は冷たかった。
けれど、

「根気よく支えてやってください。」

そう続けた卯ノ花の笑みは穏やかで、子を思う母のようであった。

「…がんばります」

噛み締めるような修兵の返事を聞いて、ふふと笑うなぜか楽しそうな卯ノ花だった。

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