14

隊長が不在な分、引き続きその仕事をこなす修兵。
悲しいかな以前から忙しさというものには慣れてきている。大してそれが重荷にはなることはない、が…

「露草が逃げ出した!?」

これには困った。

「ええ。昨日はあの子も、麻酔が効いていたため大人しくしていたようですが…今日は少し目を離した隙に。傷は塞がったばかりですし、動くにはまだ少々危険が伴います。」
「わ、わかりました。すぐに探し出します!」
「ええ。そうしてください。見つけたら、すぐさま、無理やりにでも、私のところへ連れてきてくださいね。」
「え…む、無理やりって…」
「あの子には少し灸を据えなければならないでしょう。百年逃げ回ったことへの灸をこの前据えたばかりなんですが…どうも懲りていないようなので。今回はとびきりキツーく、ね…」

…やっぱりこの人は怖い。
笑顔で負のオーラを背負う卯ノ花に怯えながら、修兵はコクコクと頷いた。



***



「露草見なかったか?!」
「え?露草?いや、見てないっすけど…」
「そうか」
「は、え、ちょ、先輩!?」

「露草見たか!?」
「は?見てませんけど…どうかしたんですか?」
「見てないならいい!」
「え、ちょっと!檜佐木さん!」

「露草見てねぇかチビっこ!」
「チビっこじゃないもんやちるだもん!」
「んなこた今はいい。露草見てねぇかって」
「つゆちゃん…?うん、見たよー」
「ほんとか!?いつどこで見た?」
「昨日四番隊で。お菓子あげたよー」
「あーもう!そうじゃねぇよチビっこ!」
「チビっこじゃないー!」

もう太陽が真上にまで昇ってきている。
朝から走りまわって、もちろん他の隊士たちにも走らせて。そうやってどれだけ探しても、露草の姿は見当たらない。霊圧の欠片も感じ取れやしない。
一体どうしてそこまで隠れようとしているのか、もしやこのまま姿をくらます気ではないかと修兵は気が気でなかった。
百年以上瀞霊廷の追っ手から逃げ続けた前科持ちだ、ない話でない。

「どこにいるんだよ…」

全ての隊舎を回って相談してみたが目撃情報のひとつすらない。
瀞霊廷の外に出た?あの怪我で?いや、生きてるならまだいいと考えた方がいいか?まさかどっかで死んでないだろうな?
露草は折れに折れた心を奮い立たせて、なんとか瀕死の状態で隊長の座についていたことを修兵は知っている。
心配の度合いが他とは違う。その様子は鬼気迫るものがあった。



***



平和主義者気取ってるくせに部下一人の命すら簡単に奪ってしまう自分。
それが、心底嫌になる。

真っ青な空を見つめ、深くため息をつく露草。その表情はかなり重い。

「帰らないとな…」

もう何時間経ってしまったんだろう。
ちょっと散歩のつもりだったのだが、一度座り込むともう動くのが億劫になってしまった。
きっと修兵たちに心配を掛けてしまっている。そう思うが、どうにも体が動かない。卯ノ花に確実に叱られるだろうと思うと、余計に。

別に逃げだそうとしたわけではなかった。
何をしたって、自分があの四席を始末したという事実は変わらないのだから。
それを受け入れられないなどと言うほど、露草はもう子供ではなかった。然るべき処分を受けた上で、後始末をつけるつもりではいる。

だが事が事で、予想できなかったわけではないこともあって、もっと対処のしようがあったはずだ、甘かったと、後悔せずにはいられない。
ガリッと、口の中の飴玉を噛み砕いた。

―露草はずっと、天満四席を見てきた。
もちろん変な意味でじゃない。少し、気にかかったから。

天満四席は、真面目でとても優秀な人物だった。気配りができて、努力家で、頭がよく、四席というだけあってもちろん腕も立った。周りからの評判もいい。露草だって最初は、よくデキた人だなと思って頼りにしていた。
けれどいつしか、彼に違和感を感じるようになっていた。
彼が、本来の実力を隠して四席という官位に甘んじていることに気づいたのだ。本気を出せば副官クラス、もしかしたらそれ以上に匹敵するかもしれないと感じることがあった。
だがたったそれだけのこと。上の立場になりたくない気持ちは露草にもよくわかるため、何か理由があるのだろうと、特にそれについては問い質さずにいた。

そのうちに、流魂街への虚出現という事件が起き始めた。
何も証拠などない。
ただ、その虚討伐に毎回その四席が、出動させてくれと露草に懇願しにきたということ。優秀なその四席が、そこで手柄を立てたことが一度もなかったということ。
それが、露草の中で引っかかりを生んだ。

虚出現について、もちろんずっと調査は行われてきた。
そして、その虚たちは十二番隊の牢から連れ出されたものだとわかった。
実験材料として捕えられて弱った虚だとはいえ、十二番隊の警備システムをくぐり抜けてそいつらを連れだすのは簡単なことではない。犯人はかなりの実力者だ。

実力相当で言えば副隊長クラスの者が犯人である可能性が濃厚だと、隊長だけに伝えられたその事実に露草は顔をしかめた。
もしかして…などと考えたが、そんな話を隊舎でするのは気が引けて。そして、今回の調査任務を自ら考えた。
本当ならこの時点でほかの隊長格に協力を仰ぐべきだっただろう。
だが信じたかった。自分の仲間が犯人などではないと。この調査で、何の確証もないぼんやりとした疑惑を…間違いだと、確認したかった。

そして真面目に調査に取り組む彼の姿を見て、安堵したというのが事実だった。
ああ、やっぱり自分の思い過ごしだ。流魂街への虚流出…今ではかなりの被害になってしまっている。この人は、そんな惨いことをするような人じゃない。
自分の部下が犯人ではないかなどと、疑った自分が馬鹿だった。
そうほっと息をついたのだ。

そして、調査に乗り出してから一週間が経った日。
たまたま露草は四席と二人きりになった。
他の隊士たちが戻ってくるのにそう時間はかからない。二人で他愛もない話をしながら、隊士たちが戻るのを待った。

「天満君、何か趣味とかあるの?」
「趣味ですかー特にないですねぇ。仕事だけが生き甲斐です、なんて。」
「それはそれでいいことだとは思うけどね。ちょっとは別の楽しみも見つけてみた方がいいんじゃない?ずっと仕事詰めはやっぱり疲れるでしょ?」
「ええ…でも最近、見つけたんですよ。すごく楽しいこと。趣味とは呼べないと思いますけど。」
「へぇー何なに?真面目な天満君が思うすごく楽しいことって。」

もちろん、ただの興味本位での質問だった。
だが一瞬にして顔を歪めた四席を見て、その興味もすぐに失せる。
聞いてはならないことを聞いてしまった気がした。

「真面目…そうですね。僕は真面目です。だからこそ…これが楽しいと感じるのかもしれません。」
「…天満君…あのさ、君って本当はもっと強いのに、いつも少しセーブして弱く見せてるよね?なんで?」
「そっか、やっぱり気づいてたんですね…。そっちの方が何かと都合がいいかなって思ってたんですよ。それにこんなクズな僕が人の上になんて立つべきじゃない。」
「クズだなんて…いやわかるよ、そんなこと言ったら私だって隊長なんてやる器じゃないしね、わかるわかる」
「わからねぇよ!!」

四席の初めて聞く荒ぶった声に、露草の肩がびくりとゆれた。

「あんたにはわからねぇよ…!仲間が死ぬのが死ぬほど嫌だなんて、そんな綺麗事を真顔で言うあんたには…!」

それはまるで、そうは思えない自分を嘆くようだった。
彼には彼の葛藤があるのだと露草にもわかった。彼からすれば露草は恵まれているように見えるのだ。

「…隊長、僕が一連の犯人だってわかってて連れ出したんですよね?どうしてすぐにしょっぴかないでこんな無駄な捜査を続けてるんですか?僕が自首するのを待ってるんですか?」
「…いや。わかってはなかったよ。信じたかったんだ、君のこと。」
「え。…なーんだ。」
「そんで私、昨日やっと君への警戒を解いたのに。」
「そうなんですか。」
「うん。だから黙ってれば、私はもう何にもわからないままだったよ。」

そりゃあミスっちゃったなぁとなんでもない事のように四席は頭を掻く。露草は力なく笑った。

「話してくれたってことは、大人しく牢に入ってくれるってことかな?それとも、闘る?」
「まさか。隊長と殺りあって勝てる自信はさすがにありませんよ。」
「そりゃよかった。じゃあみんなが戻ってきたらすぐ帰ろっか」
「はい。」

真面目な彼の歯車がどこで狂ってしまったのか、どこでそんな狂気を孕んだ快楽を知ってしまったのかはわからない。余罪の追求も必要そうだ。
しかし残念な結果には間違いないが、仲間を傷つけずに済みそうでよかったと露草は心底安心していた。
落ち着いた四席の様子に、補縛する必要もないだろうと、露草は呑気にそのまま隊士たちが戻って来るのを待った。そしてすぐに、隊士たちは戻ってきた。

「ただいま戻りました隊長!」
「あ、はいお帰りなさい。じゃあ帰ろっか。」
「え?いや、まだ調査の途中…」
「いいからいいから。」

笑って隊士達を誤魔化して、露草は瀞霊廷に向かって歩き始めた。その後ろを黙って四席が付いていく。
自首してもらったら多少罪は軽くできるだろうか、他の隊士達にはどう説明するのがいいだろうか、と露草は先のことばかり考えていた。
そう、彼女は完全に油断しきっていた。

「卍解!」

背後の四席のその言葉に驚く間もなく、肩から背中にかけて熱が走った。
振り返ってまず視界に飛び込んできたのは大量の自分の血。それと、二撃目を振りかぶる四席の姿。
ほぼ反射的に、露草は自分の刀を抜いていた。

「隊長!!!」
「騒ぐな。…早く、手当を…」
「は、はいすぐに!」
「私じゃない!天満君を先…に…――」

そこで露草の意識は途絶える。
自分の甘さを心底怨んだ。
隙を見せたりしなければ…すぐに補縛しておけば…こんなことにはならなかったのに。

私は結局自分を救っただけ。
また仲間を守ることができなかった。


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