13

救護詰所へと走り、露草がいるという部屋へ転がり込むように駆け込んだ。

「露草!!」

勢いで名を呼ぶが返事はない。
布団の上で眠る露草の顔色は、かぶっている布団の色と同じぐらいに真っ白で。それを見た修兵の方まで真っ青になった。

「露草!?」
「眠っているだけです。お静かにお願いします。」

慌てて駆け寄りってその華奢な肩を揺すると、すぐさま後ろから声が降ってきた。

「卯ノ花隊長!」
「心配せずとも大丈夫ですよ。命に別状はありません。」
「そ、そうですか…ありがとうございます。」
「傷は右肩に一筋のみ。一週間も入院すれば大丈夫な程度ですが…それでもこの子、もう平気だからと言って勝手に動こうとするものですから…ちょっと、プスッと。」
「ぷ、プスっと…」
「ええ。眠ってもらいました。」

うふふふふ、という大人の微笑みが若干恐ろしく見えた。
卯ノ花の黒い一面を再び垣間見てしまったような気がする。

「申し訳ありません檜佐木副隊長!」
「自分たちが付いていながら…!」
「隊長にこんな怪我を負わせてしまって…」

露草を挟んで向かい側に立つ隊士たちが揃って深く頭を下げた。

「あん?ああ…いたのか。」
「…ええ。いました。副隊長が駆け込んでくる前から」

全然気がつかなかったと修兵は苦笑する。それは自分がそれだけ必死だったということだ。
見ると、並んでいる隊士たちは皆どうやら無傷。共に任務に出ていたというのに、隊長だけが重傷で隊士たちは無傷とはどういうことだ。

「…ん?そういや天満四席はどうした。あいつは今回のこの任務で、隊長補佐として指名されてたはずだ。」
「…それが…」
「?」
「天満四席が、隊長に斬りかかったんです。」
「なに…!?」

九番隊第四席天満明。仕事振りが真面目で人柄もよく、誰からも好かれる存在であった。
露草も信頼を置いていたようで、傍に置いておくことも多かった。今回の任務でも『天満君は絶対連れていく』と言っていたほどだ。
それが一体…どういうことだ。

「…蒼井隊長の傷は間違いなく、虚によって負わされた傷ではありません。刀傷です。」
「……なんで…」

卯ノ花の言葉を聞いても、信じられないという気持ちが大きい。無意識に疑問を口にしていた。

「俺たちにも、どうしてかはわからないんです。」
「…四席は。」
「蒼井隊長が、自分が斬られた後すぐに…。」

処分したのか。
濁された言葉の先を読み取り、小さく頷く。捕縛するのが一番だが、それでも仕方ないだろう。

「申し訳ありません。自分たちがもっと…!」
「…もういい。お前たちは隊舎に戻れ。ここには俺が残る。」

体よく隊士たちを追い出し、自分は布団の隣に腰かけた。

「では蒼井隊長の目が覚めたら呼んでください。しばらくは目覚めないと思いますが。目覚めて動き出そうとしても、絶対に止めてください。命に関わるものではないとはいえ、油断は禁物です。」
「了解です。ありがとうございました。」

卯ノ花が部屋を出ると、部屋は露草と修兵の二人きりとなった。
眠りながらちゃんと息をする露草の姿に、言い知れぬ安堵感を覚える修兵。
よからぬ想像までしてしまっていた自分を笑いたくなる。そう簡単に死なれてたまるかってんだ。

けれど、肩に巻かれた包帯がどうにも痛々しく。どうして自分がそこにいなかったんだと、意味もなく自分を責める。
俺が居れば、絶対に守ってやれたのに。

「檜佐木先輩!」
「露草さんの容体は!?」

バンッと病室らしからぬ勢いで扉が開かれたかと思うと、馴染みの後輩たちが我先にと部屋へ飛び込んできた。
にわかに汗を掻いている額が、彼らの焦りをよく伝えている。
自分もこんな感じだっただろうかと、修兵はぼんやりと考えた。

「檜佐木さん!どうなんですか!?」
「んあ?あ、ああ、命に別状はないとさ。今は薬で眠らされてるだけだ。」
「そ、そうっすか…よかった…」

はぁーと深く息を吐きながら、吉良と阿散井二人揃って壁にもたれかかる。体の力が抜けたらしい。

「虚っすか…?」
「…いや、そうじゃねぇ。…悪い。まだ、他の隊のやつに話すわけにはいかねぇ。」
「…わかりました。」

修兵とて大まかな話しか聞いてはいないが…自分の隊の犯した失態なら、そうそう他言はできない。
何かを感じ取ったのか、吉良たち二人は黙りこんだ。
それからしばらく、二人も一緒に修兵の隣に腰かけて露草が目覚めるのを待っていた。しかし、露草が目覚める気配はない。

「…お前らももう戻れ。ここは俺だけでいい。仮にも副隊長が仕事サボっててどうする。」
「仮にもって…。でもそうっすね。とりあえず生きてるってわかって安心したし。」
「まだ心配ですけど…じゃあ僕たち、帰りますね。」
「ああ。…ありがとな」

礼なんて、身内みたいな言い様っすね。そう言って阿散井は笑った。

「檜佐木さんもちゃんと休憩取ってくださいね。じゃあ――――」
「「露草(ちゃん)!!??」」
「!?浮竹隊長!京楽隊長!」

吉良たちが去ろうとした瞬間、またもや転がり込んできた隊長二人。
吉良たちと同様、またもや必死な顔で露草の容体はどうだと聞く。
もう、苦笑するしかなかった。



***



「みんな帰っちまったぞー。いい加減起きろよ…」

そう呼びかけてみるも、露草は規則正しい息をしながら眠ったまま。
薄暗くなってきた窓の外を眺めながら、修兵は露草の顔の横で頬杖をつく。

吉良たちが帰ってから浮竹たちがやってきて、その後にも乱菊がやってきた。一緒に日番谷までがやってきたのには修兵も驚いた。さらに草鹿やちるや雛森桃や射場までが次々に訪れ、皆それぞれに露草の様子を伺って帰って行った。
知り合いなんてほとんどいなかったはずの瀞霊廷で、修兵の知らぬ間に露草は順調に交友関係を広げていたらしい。
一人が長い人生だったかもしれないが、今のお前はこんなにたくさんの人に心配をかける存在なんだぞと伝えてやりたい。

「そういや部屋の明かり点けてねぇな…」

いつの間にかすっかり月が頭上高くに輝いていて、真っ暗な部屋には月明かりが差し込んでいた。
修兵は明かりをつけるかと一旦立ち上がりかけたが、すぐに思いとどまってもう一度そのまま椅子に座り直した。
月明かりに反射して輝く露草の青みをおびた髪が、とても奇麗で。それを失うのは惜しいと思った。
枕の上に散らばるその一房をすくい上げ、手のひらからサラサラと零す。
普段は黒いが、光に当たると青く輝く髪。
それが、一部分だけ黒く固まっているのを見つけた。
…血だ。
露草の血か、四席の血か。修兵は無意識に眉間に皺を寄せた。

「…しゅう…へい…?」
「―!露草!気がついたのか、よかった」
「…何かあったの?」
「は?」
「怖い顔…してた。」

トン、と露草が修兵の眉間に指を置いた。
そして弱弱しい表情でにこりと笑う。
その笑みに、修兵はどうしようもなく胸が締め付けられるのを感じた。

何かあったのは俺じゃねぇ…。お前だろ。

「…どこか痛むか?」
「ううん…っていうか…なんかよくわかんない。あんま体の感覚ない。」
「そうか、まだ薬が効いてるんだろう。…卯ノ花隊長呼んでくる。目ぇ覚ましたら呼べって言われてんだ。」
「待って。」

立ち上がろうとしたのを、そっと手を掴んで止められる。

「もう少し…二人でいたい。」
「―!」

まだ意識がはっきりしないのかぼんやりとした瞳に、ぎゅっと力の籠る小さな手。
それで懇願されて、断れるわけもなく。

「…わかった。」
「ありがとう。…修兵…天満君は…?」
「…は?あいつはお前が…」

そこまで言ってはっとした。
知らなかったのか。自分が殺したということを。

「…死んだの…?」
「…………」

無言を肯定ととって、露草は唇を噛みしめた。
どうしてそこまで悔やむのか。補縛が一番だとはいえ、仕方のないことだ。露草が心を痛める必要などない。

「露草…」
「…くそ…そんなつもりで…殺すつもりで、連れ出したわけじゃなかったのに…」
「―!…お前、わかってたのか…?!四席が自分を殺そうとしてること…!」

驚いた修兵が問うと、露草は目を伏せた状態でゆっくりと首を横に振った。

「違うよ…そうじゃない。そうじゃない…けど…」

私のせいだ。
腕で自分の顔を覆いながら、絞り出すようにそう言った。


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