12

「露草。今月の瀞霊廷通信のことだが…」

いつものように執務室の外から声をかけて中へ入る修兵。書類から顔を上げて、露草のいつもの席へと視線を移した。
…誰も座っていない。
そこで、露草がいないということを思い出した。




「露草が…いない…」
「檜佐木さん…もう相当酔ってますね。」

酒の入ったグラスを手に机へ突っ伏する修兵の背を吉良が摩った。その表情には、呆れと同時にわずかな憐れみが籠っているように見える。
またまたいつものメンバーでの飲み会で、またまたずーんと項垂れている修兵。
露草が隊舎にいないということが、予想以上に彼にダメージを与えているらしい。

「だらしないわねぇあんた。何よ露草が任務に出かけて、まだ一週間しか経ってないじゃない。今からそんな状態でこれからどーすんのよ。」
「一週間もあれば戻るって言ってましたから。きっともうすぐ…」
「馬鹿ねぇ。そんな早く戻れるわけないじゃない。」
「え?」
「露草の任務って、ここ最近多発してる流魂街での虚出現についての調査でしょ?そんなすぐに調べがつくなんて思えないわ。」
「確かに…」

露草が任務に出かけて隊舎を空けてから一週間。
修兵はいつも、彼女がいないというのを忘れて隊長室やら執務室やらを訪れてしまう。そこにいないということを目で見て初めて、いないのだということを思い出す。そんなことをもう何度繰り返したことか。

露草が数日も任務に出かけるというのは、彼女が九番隊隊長としてやってきてから今回が初めてだ。
久しぶりに修兵一人で隊をまとめることとなって、彼女の存在がいかに大きなものになっていたかというのが改めて身にしみている。

「九番隊って露草がいないとそんなに大変なんスか?なんかもう先輩疲れ切ってる感じですけど。」
「黙れ阿散井殴るぞ。」
「ええ!?なんで!」

かなり不機嫌な修兵。普段から鋭い目つきがさらに鋭くなっていて怖い。

「あんたも馬鹿ねぇ恋次。別に修兵は仕事が忙しくて項垂れてるわけじゃないでしょ。」
「え、じゃあ何なんですか?」
「吉良もわかってないのぉ?修兵は、露草がいなくて寂しがってんのよ。」
「「「い゛っ!?」」」

三人同時にひき潰れたような声を発した。
すぐさま吉良と阿散井は修兵へと視線を向ける。そうなんですか、と目が問うていた。
寂しがるという言葉が修兵にはおおよそ似つかない。
彼自身そういうことは承知しているため、乱菊の言葉を否定すべくぶんぶんと首を振った。

「いや、俺は別にそーゆーのじゃなくて…!」
「ぽっかりと心に穴が開いちゃってる感じなのよねきっと。露草欠乏症よ。」

修兵は見る見るうちに冷汗を掻きながら顔を赤くしていく。
図星なのかと皆目を細めた。

「や、だからそんなんじゃ…!」
「何よ。だから知らず内に露草のこと探しちゃうんでしょ。」
「な…」
「あーそういうことっすか。それでそんなやつれてるんっすね。」
「だから…!」

何だよそんなことかよという視線×A
乱菊だけが至極楽しそうだ。

「ってか、二人ってデキてるんスか?」
「だから黙れっつっんだろ阿散井。殺るぞ。」

なんか俺ばっかり風あたりが強いような気がする、と阿散井は顔を引きつらせた。

「付き合ってるわけじゃないんでしょ?前に露草、そういうのに興味ないって言ってたし。」
「…え?」
「前に二人でお茶しながらガールズトークしてた時にねー…――――

『露草って彼氏とかいるの?』
『ぶっ!い、いきなり何菊ちゃん。』
『何よそんなに反応して〜。ちょっと聞いてみたくなっただけよ。』
『そ、そう…いや、いないよ。彼氏なんて。』
『ふ〜ん。露草可愛いのにもったいないわよ。落とし放題じゃない。』
『落とし放題って…。私、あんまりそういうことには…』
『え、そーなの?仕事一筋ってやつ?本当にもったいないわねぇ。』
『仕事一筋ってわけでもないけど…あー…そういう相手が欲しくないってわけじゃないんだよ?でも私…その…』
『…ああ、なるほど。もう好きな人がいるのね。』
『う…いや、あの…』
『へ〜その人以外は眼中にないってことか〜。誰なのよその幸せ者は。』
『お、教えない!』

 ―――――っていうことを言ってたのよ。顔真っ赤にしてる露草、本当可愛かったわ〜。」
「………………」

さすが女子同士。
普段そんな空気も雰囲気も一切見せない露草が赤面しながらガールズトークとは。

「あ、ちなみにその人のこと想い続けて数十年らしいから。修兵でないのは確実よ。」
「…なら檜佐木さん、完全に脈無しじゃないですか。」
「吉良…お前って何気にさらっとキツいこと言うよな…。先輩、そんな気ぃ落とさないでくださいって…」
「黙りやがれ阿散井」
「なんで!?」

修兵は自ら手酌でグラスに酒を注ぎ、一気に飲み干した。既に酒のせいで据わっている目は、どんな感情を灯しているのかわからない。苛ついているようにも見えるし、何とも思っていないようにも見える。

「…ってか、なんで俺が露草に惚れてるってことになってんだ…俺そんなこと一言も言ってねぇんだけど」
「何?違うって言うの?」
「…別に言う必要なんて…」

修兵の答えに乱菊はつまらなそうに首を振った。
はっきりと答えないのは、修兵自身にもわかっていないから。
露草のことは好きだ。それは素直にそう思える。しかし惚れただのなんだのが絡んでくると、本人にも判断がつかない。
こんな状態でこうして外からがやがやと言われるのは、正直あまり気分が良くない。

「まぁ何事も露草さんがいないことにはどうにもなりませんし。無事帰ってくるのを待つだけでしょう。」
「そうね。帰ってきたら露草も誘って飲むわよー」
「おー!」

もちろん今日も飲むけど。と、酒とつまみの追加注文。
苦笑しながら修兵は酒を煽った。

露草は酒の席があまり好きそうではないが、このメンバーなら彼女も喜びそうだ。
数日後には訪れるであろう情景を瞼の裏に想像し、小さく微笑む。

早く戻ってこねぇかな。
けど飲みにくるよりは先に、約束の方を果たそう。
あれは二人だけの特別だから。



***



「露草。この書類なんだが…」

執務室へと踏み込み、すぐにぴたりと立ち止まる。

「またやっちまった…」

さすがに何度目だと自分で問いたくなる。二日酔いでグラグラとする頭をおさえ、深くため息をついた。

誰もいない部屋。
そんなに長期の任務ではないとわかっているが、どうにも落ち着かない。それは他の隊士たちも同様のようで、
「早く帰って来てほしいよな」「隊長がいないと華がねぇんだよな。華が。」
と時々会話が聞こえてくる。

初めての訓練で強さを証明し、それから徐々に訓練や任務で積極的に隊士達との関係を築いてきた露草。
元々がかなり砕けた性格だし、そもそも人には好かれやすい体質だと言えるだろう。最初の頃とは打って変わって、今露草は九番隊のアイドル的存在だ。

だから皆が、露草が早く戻ってくることを願っている。
きっとおかえりなさいコールはすごいこととなるだろう。喜ばしいかぎりだ。

まぁ、それも今は置いておこう。
とにかく、隊長に代わって自分がこの書類を片付けてしまわなくては。露草が返ってきた時、仕事が山ほど溜まってるなんてことは避けたい。ここは副隊長としての力量が試されるところだなと、修兵は小さく息をついた。

「――ちょう!檜佐木副隊長!」

開いたままの執務室の扉の前を、一人の平隊士が駆け抜けていった。
ひどく慌てた様子。何事かと修兵は部屋を飛び出した。

「どうした!?」
「え、副隊長どうしてそんなとこ…」
「んなことはいい!どうしたんだ!」
「あ、はい!先ほど、調査任務に出ていた蒼井隊長が…!」
「―!露草がどうした!」
「重傷で救護詰所へ運ばれました!」
「―――!」
「今、上級医療班の治療を受けているとのことです…―!副隊長!?」

必死で走りだした。周りの声など聞こえない。ただただ必死だった。


――確かに、早く戻ってこないかなとは考えていた。
でも俺は、そんな帰り方望んじゃいない――!


「じゃあ帰ってきたらまた料理作ってよ。頑張ったご褒美に。」
「…そうだな。約束だ。」


叶わないなんてこと…ないよな…?



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