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「おはよう修兵」
「ああ、おはよう露草。昨日はありがとな。」
「いえいえ。」

昨日風邪でダウンしていたところを見舞ってもらった上、しばらくの間甲斐甲斐しく世話までしてもらった修兵。そのおかげか、日をまたぐとすぐに体調は元通りになった。

「もう大丈夫なの?別に一日ぐらい休んだっていいよ。」
「いや大丈夫だ。迷惑かけられねぇし。」
「そう…っていうか次から体調悪い時はすぐに言いなよ。いつでも休ませてあげるから。」

そうは言いつつも露草は欠伸をして眠そうな瞼をこすっていた。
修兵の見舞いに駆けつけた分、もしかしたら夜に仕事を持ち越していたのかもしれない。お前にこそ休みが必要なんじゃないのかと思わず言ってしまいそうになる。
そうして、じゃあまた後でと言って露草は立ち去ろうとしたが、それを修兵は引き止めた。

「あ、待て露草。」
「ん?」
「その…アレだ。」
「…?」
「だから…昨日の礼がしたいんだ。何かしてほしいこととかあったら言えよ。何でもしてやる。」

気恥しいのか、居心地悪そうな修兵の言葉に露草はきょとんとする。
数度瞬きをし、そして笑った。

「いいよそんなの。大したことしてないし。」
「それじゃ俺の気がすまねぇんだよ。ほら、何かねぇのか?」
「えー…じゃあ、今日のお昼は修兵のオゴリね。」
「…お、おう…わかった…」

予想していなかった答えというわけではないが、ほんの少しがっかり感を覚える修兵。
それはしてほしいことと言うより単にタカっているだけじゃないか。もう少し何か可愛げのある返事が欲しかった。などと、至極勝手なことを心の中でつぶやく。

「あ、やっぱりそれ取り消し!」
「?」
「お昼じゃなくて、晩ご飯の方にしよう。」
「………」

大して変わらねぇじゃねぇか!
修兵の中でそんな心のツッコミが入った。

「で、修兵がご飯作ってよ。」
「…は?」
「昨日見させてもらったけど、冷蔵庫の中結構いろいろ食材揃ってたりするじゃん。普段からちゃんと料理するってことでしょ?修兵の料理食べてみたい。」

露草はにこっと笑いながらそう言った。
対し、目をぱちぱちとしながら固まる修兵は考える。
こいつ、実は俺の心の中読めてたりするんじゃないのか…?…可愛い要求しやがって。

「だめ?」
「いや、いい。俺がとびきり腕を揮ってやるよ。なんせ料理は俺の特技の一つだからな。期待していいぜ。」
「あはははは!料理が特技って修兵、なんかとって付けたような設定〜」
「…その台詞、前にも言われたな…」

以前伊勢七緒に言われたこととまったく一緒だと、修兵は苦笑した。
まぁ何とでも言えばいい。料理が得意だというのはまぎれもない事実なのだから。

「じゃあ今日は一緒に買い物でも済ませて帰るか。」
「うん」

…帰る…?露草と一緒に、俺の家へ帰る?
今更ながらに、新婚夫婦のような先ほどの会話に修兵は照れ始めた。
一方露草はなぜ修兵が頬を染めて照れているのかもわからず、訝しげな顔で首をかしげていた。

「じゃ、また後でね。」
「ああ。」

…待てよ。
何で露草はわざわざ昼飯じゃなくて晩飯って言い直したんだ?
わざわざ夜に俺の家へ来るって…それって…そういうことなのか?

「…マジで?」

照れるを通り越して、口を開きながら固まる修兵。去っていく露草の後ろ姿を見つめながら、健全男子らしい妄想を脳内に描く。

露草から言わせれば、別にそういうこと≠ネどではなく、昼より仕事後の夜の方がゆっくり作っていられるだろうから、というだけなのだが。無論修兵が作った料理が食べたいというのも、単なる興味本位でしかない。が、

「マジで気合いれなきゃなんねーな…」

この勘違い青年は、まったくそんなことには気付かない。



***



「おじゃましまーす」

意気揚揚と修兵の家へ上がり込む露草。昨日もやってきた場所ではあるが、看病しにきたのと遊びに来たのでは感覚が違う。そもそも人の家で手料理を振舞ってもらう機会も初めてで、露草はそういう意味ではドキドキしていた。
そんな彼女の後ろで、どうすんだ俺…とまた違う意味のドキドキに悩む男が一人。

「ま、まぁそこらへんでくつろいでろよ」
「はーい」

…参った。非常に参った。やはり露草のことが読めない。
男の家へ女が一人でやってくるというのは、そういうことではないのか?
けど露草はいたっていつも通りだ。

一体俺はどうすれば…!?

顔では平静を装いながらも修兵は、脳内では勘違い妄想を繰り広げ続ける。
昨日の出来事でもわかったように修兵はモテる。経験値もどちらかといえば高い方だと自負している。
そんな彼が、今現在進行形で戸惑っていた。
いつもいつも、どこか腹の内が読めない彼女。いつもそれには戸惑うが、今ほど困惑させられることはなかった。
どうしようかと考えつつ、とりあえず買ってきた食材を調理し始めた。
もちろん実際のところ何も考えていない露草相手に、悩む意味は到底無い。

「修兵ギター弾くの?」
「ん?あ、ああ。まぁな。」

部屋の隅にギターケースを見つけた露草がそう問い、修兵はそれにぎこちなく答えた。
弾くといっても、未だ修行中。なんなら騒音の類に数えられる音だ。
弾いて、なんて言われた日には…

「へぇ〜じゃあ後で弾いて聞かせてよ。」

言われた日には…心底困る。

「あ、あー…ま、また今度、時間ある時にな。」
「はーい」

修兵の心情を察したかどうかは定かでないが、笑顔で頷いた露草を見て修兵はほっと息をついた。
もっと練習時間増やそう…。
ジャガイモの皮を向きながら、修兵はそう決めた。

その後、それから一時間と経たないうちに料理をし終え、ちゃぶ台にそれらを並べる。
正直言ってそんなに期待していなかった露草は、予想以上の出来栄えに感嘆の声を漏らした。

「すごーい!おいしそー」
「当たり前だろ。手洗ってこいよ。」
「はーい。はは、なんか修兵主夫みたい。」
「主夫!?」
「うん。…じゃあ私は家事しない奥さんかな。ははは」

…なんかものすごいことを言ったぞ今。
箸を握りしめた状態で呆けながら、修兵は顔を赤くした。

「…なんかすごいこと言っちゃったな…」

一方。洗面台で手を洗いながら、露草まで顔を赤くしていた。
思わず水で冷やすほど、顔が熱かった。

「…?顔まで洗ったのか?」
「いやー…ははははは」
「…?」
「あ、準備できたの?じゃあ食べよ食べよ。」

露草は修兵の前に座ると、ぱんっと手を合わせていただきますを合掌する。

「―!おいしい!」
「そ、そうか?」
「うん!すごいよ修兵、びっくりした!」
「そりゃよかった。」

一緒に食材を買いに行って何を作るか相談しただけあって、並んでいるのは露草の好物ばかり。幸せそうな顔で自分の料理を食べる姿を見て、自然と顔が綻んだ。
これまで修兵が料理を振舞った際、相手からは普通だとかパッとしないだとか散々な評価しかされなかったが、おいしいと言ってもらえるとやはり結構嬉しいものだ。

「なんならまた作ってやるよ。」
「え、やった!約束ね」

また次があるのだと…他愛も無いその言葉が、とてつもなく特別なことのように感じた。

「…普通考えられないことなんだよなぁ。」
「ん?」
「隊長相手にタメ口でしゃべったり、料理作ったりとかって。」
「まぁそうだろうねぇ。でも私、修兵には隊長として接してるつもりないし。」
「…前から聞きたかったんだけど、なんで露草はそんなに俺を信頼してるんだ?堂々と言えることじゃねぇが、そこまでの信頼を得られるようなことができた覚えがねぇんだけど。」

修兵の台詞に一瞬不思議そうな顔をした後、露草はくすくすと笑った。

「…?何がおかしいんだ?」
「だって修兵の言ってることがズレすぎてて。修兵は、十分私の信頼を得られることをしてくれたよ。修兵にとっては大したことじゃないだろうから覚えてないんだと思うけど。これでも私は、修兵のこと尊敬してるんだから。」
「え?俺、何したんだ?」
「ん〜秘密」

にこにこと楽しそうに。
露草の舌に合わせて甘めに作られた肉じゃがを口に運び、修兵の戸惑う反応を見て楽しむ露草。

その『秘密』が気になる修兵だが、言われていることは良いことばかりだし、何より、尊敬しているとまで言われてかなり気分がいい。露草が楽しそうならまぁいいかと、深く追求はしなかった。

その後も二人でいろんな話をしながら食事を進めた。
修兵は、こんなに楽しい食事は初めてだとさえ思う。
いつのまにか数時間前まで渦巻いていた妄想はどこかへ消えていて、純粋に露草との時間を楽しんだ。

「ああそうだ。私明日から任務でしばらく隊舎にいないから、何かあったら頼むね。」
「は!?随分急じゃねぇか。」
「いや別に急ではなかったんだけど…言うの忘れてた。」
「オイ」
「いいじゃん今言ったんだから。」

食後の茶を飲みながらの会話で、唐突に露草はそう切りだした。
謝りもせずに開き直った彼女を見て、修兵は呆れの表情を見せる。

にしても、わざわざ隊長が出るということはよっぽどの任務なのだろう。
副隊長が何の話も聞かされていないというのはいささか問題なんじゃないだろうか。

「で?どんな任務なんだ?」
「調査任務。まぁしばらくって言ったって、一週間もかからないとは思うよ。」
「調査任務?そんなのわざわざ隊長が出向くような仕事じゃないだろ。」
「まぁね。」
「…なんでだ?」
「自分で調べたいと思ったことだったからだよ。」

簡単な理由だ。
おそらくそれ以上を伝える気がないのだと判断した修兵は「そうか」とだけ言って頷いた。

「隊の席官たちも何人か連れていくから、修兵の仕事大変になっちゃうかもしれないけどよろしくね。なるべく早く帰れるように頑張るよ。…あ、悪いけど四席君は絶対連れてくから。」
「ああ、わかった。」
「あ。じゃあ帰ってきたらまた料理作ってよ。頑張ったご褒美に。」
「…そうだな。約束だ。」

それを聞くと露草は嬉しそうに笑った。
自分で言っておいて、なんだかくすぐったいと思った修兵。つられて、一緒に笑った。



二人だけの約束。特別な約束。
それが叶わなくなるということなど、この時は微塵も考えはしなかった。



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