10

今日は心なしか体が重い。
そう思いながら隊士たちに任務の指示を出す修兵。
心なしどころか、周りから言わせれば確実に様子がおかしい。修兵の顔は真っ赤に火照って、目は虚ろ。おまけに普通に立っているだけだというのに、その体は危なげにフラついている。
大丈夫なのかと隊士たちは修兵を不安げに見るが、本人はそんな視線に一切気づいていない。

「よし、任務完了だ…じゃあ俺は報告に行ってくる…」

ふらふらした足取りで修兵は隊舎へ歩き出した。
その後ろで女性隊士たちが「きゃー副隊長体調悪いみたいじゃないー?」「きゃー私が看病してあげたーい」などとはしゃいでいたことに、彼は気づかなかった。




***




「はい、お疲れ様。じゃあもう修兵は帰りな。」
「は?いや、でもまだ昼前だぞ…?」

報告を終えた途端露草に告げられた言葉に修兵は目を丸くする。これからこのまま一緒に昼食を、と思っていたというのに。

「任務はきっちり終えてくれたし、もう別にいいよ。急ぎの書類か何かがあるなら、私が代わりにやっとくから。」
「え?だからそれってどういう…」

話しながらも書類に目を通していた露草は、いぶかしげな顔で書類から修兵へと視線を移す。
そして銜えていたペロペロキャンディーを引き抜いて、「わかってないの?」とやや呆れ気味で言った。

「目の焦点が定まってないし顔が赤いし動きもだらしない。熱あるんじゃないの?さっさと帰って療養しなよ。」
「熱…そういや今日は朝からなんかだるいなぁって…」
「…たぶん風邪でしょ。薬飲んで大人しく寝ときなさい。」

キャンディーを再び口へ戻し、露草は書類へと視線を戻した。
隊長にそう言われてしまえば、修兵は大人しく帰るしかない。
しかしどこか冷たい露草の言葉に寂しさを覚える修兵。だが、

「手が空いたら見舞いに行ってあげるから」

と言われると、すぐにぱぁっと顔を輝かせる。
それを見て、やっぱり誰でも熱がある時は素直なんだなと感じた露草だった。



***



どれぐらい眠ったのだろうか。
目を覚ますと体のだるさが余計に増していた。
結局修兵は家に帰ってくると昼食も食べないままに眠ってしまった。
ぼーっとする頭でなんとか体を起こしてみるが、腹は減ってない。水が飲みたいなと思うがそれ以上に体を動かすのが億劫だ。

今何時だろう。露草は来ただろうか。いやでもさすがにインターホンが鳴らされれば起きられるはずだ。なら、露草は来ていないということか。
それに露草がやってきた時、すぐ家へ入れるようにと鍵はかけずにいる。
むしろ…
目を覚ますとお粥を作っている露草が台所にいて、「体調はどう?」なんて聞いてくるそんなシチュエーションを期待していた。
…そんな青臭い期待をしたのが馬鹿だった。

思わずため息を漏らす。食欲はないが、露草が作った粥なら食べれると思うのに。と至極勝手なことを思いながら項垂れる修兵。
起きていても仕方ないので、もう一度眠ろうと布団をかぶり直した。
その時、ピンポーンと軽やかにインターホンが鳴り響いた。すでに瞼を閉じていた修兵だったが、その音で咄嗟に跳ね起きる。

露草が来たんだ。

自然と緩む自分の顔にも気づかずに、ふらふらと玄関へ歩き出した。
鍵はかけていないんだから、声でもかけながら勝手に入ってくればいいのに。そんなことを考えつつ、喜々として扉を開いた。

「露草―――あ…」
「あ、副隊長!私たち副隊長が早引きしたって聞いて、ちょっとお世話でもできればいいなと思って!」
「朝からずっと辛そうでしたし、心配で!」
「ぜひ看病させてください!」

扉の前にいたのはもちろん露草などではなく、部下の女性死神たち。
緩みきっていた修兵の表情は一瞬で固まった。

「さぁ副隊長、早くお部屋に戻ってください!」
「ずっと起きてちゃ体に悪いですよ!」
「ちゃんと寝てないと!」

インターホンで呼び出したのはそっちじゃないか。
そんな文句を言う間もなく、修兵は彼女たちに背を押されて部屋へと押し戻された。女性の三人がかりというのはいろんな意味で手強いものだ。

「いや、別にいいから…!お前ら仕事は?俺はいいから早く戻れ」
「そんな心配しなくていいですよ!」
「遠慮しないでください副隊長!」

きゃっきゃきゃっきゃと楽しそうにそう言う彼女たちに、修兵はげんなりとした。
心配とか遠慮とかそういう話をしてるわけではないのに。
平時ならうれしい女性からの好意だが、今はまだ仕事時間で相手は自分の部下だ。不容易に鼻の下を伸ばせば示しがつかない。
しかし女性相手にあまり強い態度で抵抗することもできず、結局強引に布団へと押し込まれてしまい、修兵は新たに頭痛という症状にみまわれた。
とにかく追い返そう。そう思うが、次々に発せられる彼女たちの台詞に自分の言葉を挿む余地がない。余計熱が上がってきた気がする。

「副隊長、何か食べましたか!?」
「お粥でも作りましょうか!?」
「台所お借りしますね!」

修兵の返事も聞かずに、彼女たちは三人揃って台所へ向かった。
食欲ないんだけど…というか今は粥より水が欲しい。
そうは思うも口に出すのは憚られ、また看病と言えばお粥でしょうと一種のイベントを楽しんでいるかのような彼女たちがその気持ちを察することもない。

「それにしても、副隊長でも風邪の時は不安になるものなんですね!」
「は?」
「さっき玄関に出てきてくれた時、すっごく嬉しそうな顔してました!」
「一人でいるのがそれだけ寂しかったってことですよね!」
「…すごく嬉しそうな顔…」

そんな顔をしてたのか。
別に、不安だったとか一人が寂しかったなんていう記憶はない。
あの時は、露草が来たんだと思って…

「…それで嬉しそうな顔、か…」

ガタゴトガタッ、きゃー!なんていうそれこそ不安でしかない台所からの音をBGMにしながら、修兵は全てを諦めて再び目をつむった。

「あたし、副隊長のあんな顔初めて見ました!だからその…ますます好きになっちゃったかもです!きゃー言っちゃった!」

盛り上がる女性隊士たちの声は、すでに眠りにおちた修兵には聞こえるわけもなかった。



***



カチャカチャと食器がぶつかる音で目が覚めた。
そうか、さっきの女たちが茶碗でも用意しているのか。
…食べたくないな。
正直なところそう思った修兵。食欲がない上、なにやら時々悲鳴を上げながら作られた粥だ。弱った今摂取するのは少し不安を伴う。
正直にそう言おうか迷っていた時、台所からひょっこりとのぞいた顔と目が合った。

「あ、修兵起きた?お粥あるけど食べる?」
「…露草…?」
「?はい、露草ですよ?」

さっきまでいた女たちの姿はなく、声も聞こえない。
どうやら今家にいるのは露草だけのようだった。

「どうする?食べる?もう冷めちゃってるから、食べるなら温めなおすけど。」

そう言う露草の顔をじっと見つめながら、ぱちぱちと瞬きをする。
どういうことだ、という修兵の表情を読み取ったのだろう。露草はきまり悪そうに視線を逸らして少しだけ笑った。

「鍵が開いてたから勝手に入らせてもらったよ。ごめんね」
「いや、別に…それは構わねぇけど…」

そのために鍵を開けてたんだから。

「それともう一つごめん…なんか女の子が三人ぐらいいたけど、みんな私のこと見た途端慌てて帰ってっちゃった。よくわかんないけど、私来ない方がよかったよね。」
「え…」

それを聞いて修兵は一瞬固まった後、思わず笑った。その修兵の反応に露草は首を傾げる。

「いや、来てくれて助かった。」
「そう…?」

彼女たちは仕事をサボってここに来ていたのだ。隊長が現れたのに驚いて焦って帰るのも当然だ。
その様子見たかったなぁ、と修兵はさらに笑う。

「…思ったより元気そうだね。よかった、その分だとお粥も食べられるね。」
「え、あー…その粥って、露草が作ったのか?」
「んー…その、たぶん帰っちゃった女の子たちが…」

やっぱりそうか。もったいないし食べるけど、今じゃなくていいかな…。
それにしても粥にしては妙に甘い匂いが漂っている。どんな粥だ?

「粥はまたあとでいいかな…」
「そう?じゃあ私が買ってきたおしるこ食べる?」
「は?」
「おしるこ栄養あるし風邪の時でも食べやすいしいいんだよ!どう?」
「…ぶっ…!」
「え?」
「くくく…いや、何でもない。それ食うよ」
「?…おっけー!」

普通病人の看病におしるこ持ってくるか?どうりで甘い匂いがするわけだ。
張り切って粥を作ろうとするわけじゃないところが彼女らしいと思った。

その後カチッとガスの栓をひねってから、換気扇を回す音がした。どうやら鍋でしるこを温め直してくれるらしい。
これはこれで期待していたシチュエーション通りじゃないかとまた笑みがこぼれた。

「そうだ。水買ってきてそこに置いてあるよ。喉乾いてるんじゃない?飲んでいいよ。」

言葉通り布団のすぐそばには、ポリ袋に入った水が数本置かれていた。

「…サンキュー」
「どういたしまして」

自分の気持ちは何でも彼女に届くのかと、そんな錯覚をしてしまいそうになった。

「っていうか修兵モテるんだねー。来てた女の子たち、みんな可愛かったね。」
「そうか…よく覚えてねぇな。」

この分ならどうやら露草は先程の女性たちが自分のとこの隊士だとは気づいていないらしい。
やり方は間違ってはいるものの一応親切をしてもらった身なので、もうそれは黙っていよう。

「覚えてない?何それ、そんなことある?」
「仕方ねぇだろ、勝手にいきなり押しかけてきんだ。騒がしくて困ってたよ。」

覚えてないはさすがに嘘だが、困っていたのは本当だった。
けれどそれも信じていないのか、露草は疑わしげな目をしていた。

「…ふぅん。でもあんな女の子たちに囲まれてイヤな気なんてしないでしょ。」
「…まぁ確かに嫌な気はしねぇけど…俺は、お前が来てくれたことの方がうれしいよ」

もう熱はかなり下がったような気がしていたが、自分からかなり浮いた台詞が出て驚いた。
露草の方も目を丸くしている。微かに頬が赤く染まっているように見えた。

「…やっぱ修兵、熱高いみたいだね。」
「…そうかもな。」


| top |


- ナノ -