09

二日酔いに耐えながら出勤してきた修兵は露草を探していた。
だが執務室を覗いても修練場を覗いてもみつからず、他の隊士達に聞いても皆朝から一度も見ていないと言う。二人で昼食をとるのが日課だが、その誘いも今日はなかった。
避けられてるなどとは考えたくないが、どうしてもそういうことを考えてしまう。

いやいや、まさかそんな、姿をくらますほどのほどのことではないはずだ。
そう思って探索場所をさらに広げたが、一筋の情報もないまま定時の刻限を迎えようとしていた。
露草が仕事に来なかったことなんて、今まで一度もなかったのに!
一体どうすればいいんだと修兵は頭を抱えた。

「修兵ー今からちょっと付き合ってくれない?」
「へ!?露草!」

副官室の入口から顔をのぞかせて、にこにことした顔でそう問うのは、まさに悩みの種の探し人。
いくら探しても会えなかったというのに、まさか今になってあちら側から訪ねてくるとは思いもせず、修兵は慌てて露草に近づいて勢いのまま彼女の肩を掴んだ。

「今までどこにいたんだよ!心配しただろ!」
「あー…ごめん、ちょっと用事で十三番隊の方に…」

心配と言っても露草の身を案じたとかではなく、俺そこまでヤバいことしたのかな、の心配だ。
そして露草はただ二日酔いで今まで寝込んでいただけだった。

「用事って…てかお前ちょっと顔色悪くないか?もしかして体調わるいのか?」
「う、ううん、そんなことないよ大丈夫!」

顔を覗き込まれて露草はどぎまぎした。酒臭いのがばれる。しかし二人とも酒臭いのでセーフだった。、
修兵は修兵で避けられていたわけじゃなくてよかったと胸を撫で下ろした。

「それより修兵、ここから一番近い花屋ってどこかわかる?」
「花屋?ああ、たぶんわかるけど…」
「じゃあ案内してくんない?」
「お、おう…」

なぜ花屋?
疑問に思いながらも修兵はその花屋へと露草を案内した。
その際修兵は彼女に昨日の謝罪をしようとしたが、それを察した露草に止められた。

「後ろめたい気持ちずっと抱えてくのって、よく考えたら相当ストレスっぽいしやめることにしたよ」
「?」

花屋で露草は小さな花束をいくつか買った。
かわいらしいが、菊や百合の差し込まれた白を基調にしたそれは、どうにもプレゼントや食卓に飾るにはふさわしくないものに見えた。
自分は何に付き合わされているのかと修兵が疑問に思っていると、露草はそんな修兵の目の前でこともなげに穿界門を開いた。

「は…?」
「よし、準備オッケー」

じゃあ行こうかと修兵を手引きする露草。
だが修兵は、ちょっと付き合って、の先がまさか現世だとは思わずポカンと固まっている。

「どうしたの?地獄蝶は調達済みだから大丈夫。ほら、行くよ。」

露草は修兵の手を取って穿界門の中へと踏み出す。
仕方がない、露草の自由さにはもう慣れっこだと、なぜか冷えきった露草のその手を握り返して修兵も穿界門をくぐった。

「一体どこいくんだ露草」
「私の友達のとこだよ」

結局断界の中ではそんなアバウトな答えしかもらえないまま、少ししてたどり着いたのは、そこそこ賑わいのある現世の町。
義骸に入っていない自分たちの姿を人間に見られることはない。
露草は慣れた足取りでその町を進んで行く。
握られたままの手は依然冷たく、露草の緊張を伝えていた。修兵は何も言わずその手を握ったままでいた。

それから露草は町の賑わいを外れ、人気のない小道へ入り込んだ。
花と灰と、線香の匂い。

「いきなり引っ張り出してきてごめんね。でも一から説明するとちょっと長くなるかなと思って。」
「それは別にいいけど…大丈夫か?」
「…ありがとう。ここへ来るの久しぶりで怖かったけど、修兵がいてくれて心強いよ。」

広い墓地を前に、露草はそう言う。
供える花はそれでいいのかと修兵が聞く。尸魂界から持ち込んだ花だ。人間が可視することはできない。
だが露草は、これでいいと答えた。みんなには見えるからと。

「随分御無沙汰になっちゃってごめん。って言っても、ここにはいないみたいだけど。気持ちだけ。」

統一性のない名前に統一性のない墓石。露草はそれをいくつか巡って、一つ一つに花を供え、手を合わせていった。修兵は黙ってその背に付いていく。
四つ目の墓の前で、露草が持っていた花束はなくなった。

どうして人間の墓前に手を合わせるのか。どうして泣きそうな顔をしているのか。
何もわからなかったが、露草の後ろで修兵も黙って手を合わせた。
それに気づいた露草は嬉しそうに微笑む。そしてぽつりぽつりと話し始めた。

「もう100年以上前…私が初めて現世に派遣された時、小隊を率いてたの。私はまだまだ幼くて未熟だったけど、その頃から周りとは桁違いな霊力があったし、院での成績もよかったし…ぶっちゃけ期待されてたんだよね。」
「そりゃ…すごいな」
「さすがに異例の人事だったよ。でもまぁ腕試しみたいなもんで、決して難しい任務じゃなかった。…はずなんだけど。運悪く虚の群れに遭遇して、私以外全員殺られてしまって。」

話す声が震えていた。

「私その時に決めたの。もう仲間なんていらない、私は一人でやってくんだって。それから私は帰還命令も無視してずっと一人で遠征を続けた。いろんな場所を点々としながら、何十年も。一度も瀞霊廷には帰らなかった。」

護廷隊のルールで言えばそれは許されないことだ。
最後は死刑になったって構わないという覚悟の元ではあったが、孤独だったし不安だった。

「そんな時私に声をかけたのが、ここのみんなだった。」
「ここの、人間たちが…?」
「うん。今から四十年前くらいだったのかな…。みんな霊感が強くてね。私が虚を退治してたとこバッチリ見られちゃって。そっから付きまとわられるようになって、最初は超うざいと思ったけど、だんだん振り切る気力もなくなって。そのうち、話したり遊んだりするのが楽しくなっちゃった。」

でもみんな死んじゃった。

「それは……」
「私に関わったせいで、虚に目をつけられたんだ。」

十分な力はあったはずなのに、ことごとくいつも自分の手は仲間に届かなかった。

「私が殺したようなもんだ」

私と関わるとみんな死んでいく。
心が折れるには十分だった。

だから本当に隊長なんてやりたくなかった。
仲間を持つことが怖かったし、何よりこんな私の下につかなければならない死神たちが憐れだった。
じじいたちからすれば隊長・副隊長なんてその素質がすべてで、これまでの私の失敗なんて“運が悪かった”ぐらいのものなんだろう。
けど私はそうは思わない。私は霊力や戦いの才には恵まれたが、きっと圧倒的に、人を率いる才能に恵まれていないのだ。

「これが私の隠したかった私の過去。死神たちから孤立して人間と仲良くやってたら世話ないよね。そのくせその保護対象すら守れない。君の隊長は、そういうすっごい場違いな役立たずなんだよ。」
「露草…わるい、つらい話させちまって…」

失望されても仕方ないと露草は思っていたが、修兵はただ彼女をいたわった。
露草はそれが心から嬉しくて、柔和に微笑んだ。

「…私、これを話すのすごく怖かった。隊長なんて心底向いてない私だけど、そんなことバレたくなかったから。けどね、何も私一人でがんばらなくてもいいんだって。隊長と副隊長は強さも弱さも補い合ってこそなんだって。だからこれは別に、修兵に聞かれたから話したんじゃないの。修兵に聞いて欲しいと思ったから話したの。」

才能がないのに無理を続けたところで、またきっとそれを後悔する羽目になる。
ならせめて、彼の前では見栄を張った私ではなく、正直な私でいるべきだと思った。

「修兵…こんなどうしようもない私だけど、これからも隣で支えてくれますか?」
「当たり前だろ!全力で力になる。もう二度とお前を一人にしやしない。」

ああなんて頼もしいんだろう。
失った自信はおそらくもう二度と戻らないし、仲間の死に怯えない日は無い。
それでもあの頃の私とは違って、今の私の隣には彼がいるのだと、そう思うと世界がかわる。一人ではできないことも、彼となら、きっと。

「じゃあ卍解できるようになったら修兵が隊長代わってね。その時は私が副隊長になるから!」
「…は!?」
「才能ない私がずっと無理に隊長続けるより絶対その方がいいと思うの。大丈夫、私がみっちり修行付き合ってあげるからね。」

無邪気に笑った露草が再び修兵の手を握った。さっきまで冷えきっていた手はすっかりあたたかくなっていて、修兵は安堵すると同時に、心配が先行していたさっきとは違う、単純な女子との触れ合いにドキドキした。

「お墓参り、付き合ってくれてありがとう。」
「お、おう…」

再び穿界門をくぐって断界を通る間も、二人は握った手を離すタイミングがわからないでいた。

「…もともとはね、隊長なんてやらずにさっさと逃げるつもりだったんだよ、こんな私にそんな資格ないから…でも、九番隊の副隊長が修兵だったから、逃げるに逃げられなくなっちゃった」
「え…?」

修兵は初めて露草と顔を合わせたあの日を思い出していた。
そういえばあの時露草は、俺の顔を見てひどく驚いた様子だった。
あの瞬間まで逃げるつもりだったのに、俺を見て腹を括ったとでも言うのか?

「やっぱり俺たち、どこかで会ったことがあるのか?」
「…ううん。一目惚れみたいなもんかな!」
「…は!?」

冗談ではぐらかされたのはわかったが、憑き物が落ちたかのような、晴れやかな笑顔とそのセリフに、修兵は一瞬で顔を赤くした。


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