08

ある居酒屋の一角にて。
おなじみ(?)死神副隊長グループが、そこで酒を煽っていた。

「馬鹿ね〜あんた。そんなこと言ったら露草だって困るに決まってるじゃない。」
「檜佐木さんってたまに子供っぽいとこありますよね。」
「露草可哀想っすよ。」

容赦なく降ってくる言葉が修兵の心にぐさぐさと突き刺さる。だが正論には違いないため、「おっしゃる通りです」と噛み締めた。

「とにかく、明日もっかい謝っときなさいよ。露草はやさしい子だから、きっと気にしてるわ。」
「そうっすね…」
「何事も焦ったって上手くいきませんよ。」
「ああ、その通りだ。」
「ははははは。ま、元気出してくださいよ。」
「笑うな阿散井。ボコられてぇのか。」

露草への対応で自己嫌悪に陥っていた修兵だったのだが、飲みに来て幾分か心が晴れた。
誰しも、人に話したくない過去があって当たり前。なのにあの時の俺は、自分だけはそれを許してもらえる“特別”だとか、そんなことを無意識に思ってたのかもしれない。思い違いも甚だしい。
露草が隊長になって少しは時が経ったが、それでもまだまだ。これからだ。
どうせ長い付き合いになる。少しずつでも知っていければいい。きっといつか、最も頼られる相棒にだってなれるはずだ。

「じゃあ相談料として今日は修のオゴリねぇ〜」
「「ごちそうさまでーす」」
「何言ってんだ。俺金ねぇぞ。」
「「「え」」」
「誘ったのはてめーじゃねぇか阿散井。」
「そうっすけど…!」
「何よもう〜わざわざ話聞いてあげて損した。」
「「「オイ」」」

月末ということとカメラ購入のせいで、修兵のサイフはほぼすっからかんだ。オゴリなんてできるわけがない。誘っといておごらせる気だったのかと、修兵は小さくため息をついた。
そんなとこへ、ゆらりと現れた男が一人。

「あれみんな〜…檜佐木君どうしたのヤケ酒かい?」
「京楽隊長!お疲れ様です。いや、ヤケってわけでもないんですけど…」

そう言って苦笑いする修兵を見降ろしながら京楽は「ふぅん」と呟く。
そして何を思ったか、いたって自然な動作で乱菊の隣に腰かけた。

「あ、京楽隊長も飲みますか〜?どうぞどうぞ。」
「いやぁすまないねぇ。よし、ここは僕が持とうか。」
「え!マジですか!」
「うん。さぁ、じゃんじゃん飲もう。」

京楽が自分たちの席に入ってくるなどめずらしい。
そう思いながらも全員、ほぼ無遠慮につまみなどを追加注文しだした。

「檜佐木君、もしかして露草ちゃんと何かあったのかい?」
「え?」

ど真ん中な言葉に修兵は固まった。
ここは何も言わない方がいいだろうなと、周りは黙る。

「いや、昨日僕何か余計なこと言っちゃったみたいだったからね。ちょっと気になって。」
「あ、いえ、別に…」
「ははは、いいんだよ別に。あの子は読めない子だから、扱いに困るよね」
「…まぁ、少し」
「でも、僕は嬉しいんだよ。」
「?」

猪口の中の水面を見つめながら、京楽は小さく微笑んだ。

「長いことね、あの子は一人ぼっちだったんだ。寂しかっただろうに、孤独だったろうに、誰にも頼ろうとしないで。瀞霊廷に連れ戻してきてからも、不安げな表情ばかりして、作り笑いぐらいしかしなかったんだけど…最近は、あの子のちゃんとした笑顔も見られるようになった。檜佐木君のおかげかなと僕は思うんだよ。」
「そんな、俺なんか…」
「いやいや謙遜しなくていい。あの子の兄貴分として礼を言うよ。さ、どんどん飲んじゃって。あ、また余計なことをって怒られるから、さっきの話露草ちゃんには内緒ね。」
「は、はい…」

謙遜でも何でもない。本当に自分は何もしていない。
それどころか、つい先ほど露草にあんな顔をさせてしまったのに。
申し訳なさが絶頂に達し、逆にほとんど飲めなくなってしまった修兵。
早く帰りたい。そう考えていた。



***



一方、修兵が居酒屋で飲んでいるその頃…

「ねぇ、私なの?私が悪いの?何もあんな顔して出ていくことなくない?」
「まぁまぁ、落ちつきなさい露草。」

露草は仕事を終えると同時に浮竹の元へと押しかけ、十三番隊の隊主室である雨乾堂で酒を煽っていた。
いつも突然やってくる露草と、まったり菓子を食べながら二人で話をし、適当なところでお開きにするというのは浮竹にとって最近よくあることだが、今日はと言うと…
いつものように突然やって来て、第一声に「酒!」だ。さすがの浮竹もそれには驚いた。

露草はそもそもが甘党で、大して酒を好むわけでもない。それが急に酒を要求してきたかと思えば、すごい勢いで飲む飲む。
かなり不機嫌だというのは明確だった。

昔から妹のように可愛がってきた露草が、何かに悲しんでいる。もちろんそれを放っておける浮竹ではない。
というわけで浮竹は先ほど、なんとか露草から不機嫌な理由を聞き出した。そしておおまかな話を理解すると、腕を組みながらうんうんと頷く。
何事かと思えばえらくかわいらしい若者たちの衝突に、内心微笑ましく感じながら。

「京楽兄さんには、話してもいいんじゃないかって言われたの…けど知らない方が幸せなことって、やっぱあるじゃん?」
「それはそうだな。」

過去を隠したがる露草の気持ちは浮竹にもわからないではない。
隊長と副隊長の関係とはいえ、何もかも筒抜けでないとならないなんてことはもちろんない。
ただ露草と修兵の二人の関係で言えば、話した方が上手くいくだろうというのは、浮竹としても京楽と同意見だった。

「でも…今回のことに関しては、どっちにしろ遅かれ早かれな話だとは思うかな」
「え…?なんで?」
「俺の予想だと、きっと明日檜佐木くんは落ち込んだ顔で出勤して、昨日はわるかった許してくれって頭を下げて、それからはもう露草の話したがらなさそうなことには一切触れずに過ごすようになると思うんだ。」
「なるほど…?」

それでいいじゃないか、と言いたげな顔だった。
浮竹は「まぁ待て」と続ける。

「一見願ったりな状況かもしれない。けれど実際そうなると、気まずいのは間違いなく露草の方だ。何かとその話題を避ける度、お前はきっと後ろめたさを感じるようになる」
「た、たしかに…」
「そうするとお前はまた俺や京楽に相談する。」
「う、うん」
「それで言われるんだ。話した方が楽になるぞ、ってな」

真剣な顔で浮竹の話を聞いていた露草は、その言葉の意味を理解すると悔しそうに笑った。
つまり浮竹は、結局その後お前は檜佐木にすべてを話すことになるぞと言いたいのだ。
無理をおして今話すのか、後々耐えられなくなって話すのか、それだけの違いだと。

「露草、別に完璧な隊長になろうとなんてしなくていいんだ。」
「浮竹兄さん…」
「それに正直誰もお前にそこまで期待していない!」
「…え!?」

いつもやさしい浮竹からは考えられないとんでも発言だった。
慣れない彼からの冷たい言葉に露草は心臓がきゅっとなる。

「そりゃそうだろう。隊首会では元柳斎先生も必死に露草の功績をアピールしてたけど、実際は現世の長期滞在だの帰還命令無視だの、他の功績も掻き消えるぐらいの罪を犯しまくるようなただの不良娘だし」
「う゛」
「それでも隊長として露草を迎え入れようってなったのはもはや卍解が使えるから、みたいなもんだ」

そ、そうだったのか…と露草はいろいろ衝撃の事実に項垂れた。
もちろん卍解が使えるだけで隊長になれるわけでもないので、これは浮竹なりの嘘も方便ではあるが。

「だから露草、肩肘張らずにやってみなさい。檜佐木くんを守るべき隊士の一人だと考えるんじゃなくて、檜佐木くんと二人で一人前の隊長になるぐらいのつもりで…ちょっと楽させてもらうといい。それに檜佐木くんはきっと、そっちの方が喜ぶから」

期待されてない自分に少し落ち込んでいた露草だったが、浮竹が笑って肩を叩くと諦めたように笑い返した。
そしてヤケ酒はもうやめようと、猪口を畳へ置いた。

「ありがとう、浮竹兄さん。ごめんねいきなり押し掛けたりして。」
「ははは、急に冷静になるんだなぁ。気にするな。露草の我儘ならいくらでも聞いてあげるよ。」

思わぬ言葉に、露草は少しだけ照れて目を逸らした。
ずっと子供扱いされるのは面白くない。そう思う彼女だが、浮竹のこれはやっぱり嬉しいと感じてしまう。

いつまでも可愛い妹のように思ってくれていることに、幸せを感じる。
それは京楽も浮竹も同様。京楽にはつい冷たい態度をとってしまうが、浮竹相手なら素直に喜べる露草。
そうして照れ笑いをする彼女に、浮竹も満足そうに笑った。

「それにしてもめずらしいな。露草が誰かの言葉にそんなに動揺するなんて。」
「そう?」
「まぁ、総隊長を別扱いするならだけどな。…よっぽど仲がいいんだな、檜佐木くんと。」
「仲…良くなれてるかなぁ…なれてたらいいけどなぁ」
「?自信がないのか?」
「んーわかんない。ずっと、仲良くなれればいいなぁとは思ってきたけど。私の思いばっかが、空回りしてる気がするな。」
「…?意味がよくわからないんだが…」
「…うん、内緒。」

内緒ってなんだ…!気になる。すごく気になる。
ものすごく聞き出したいと思った浮竹だが可愛らしくはにかむ露草を見ると、追求する気持ちはゆっくりと消えた。
いつまでも幼かった100年前と同じ扱いをしてしまいそうになるが、もうこの子はそんな子どもじゃない。現世をさまよっていた頃は不安だったが、今はこうして地に足をつけて立派にやっている。きちんと一人の女性として尊重しなければならない。

「でもまだまだ結婚の類は許さないぞ。」
「え?」
「いや、こっちの話だ。さぁ露草、まぁせっかくだしもう少し飲もう。俺も飲むぞ。」
「え?浮竹兄さん、酒なんて飲んでいいの?体大丈夫?」
「ははは、大丈夫さ少しぐらい。」
「まぁ、大丈夫ならいいんだけど…」

そうして完全に夜が更け、露草は家にも隊舎にも帰れないほどフラフラになるまで飲んでしまった。
仕方がないので、そのまま雨乾堂にお泊りとなる。

大して酒が好きなわけでもなければ、得意なわけでもない。

「おーい、大丈夫か露草ー」
「兄さん…う…!…水…」
「はいはい。どうする?今日は仕事休むか?」
「いや…頑張って行……うっ!」
「おわ、ちょ、ちょっと待て!今桶持って来てやるから!」

案の定、二日酔いが酷かった。


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