07

「お前らは向こうをあたれ。俺たちはこっちだ。」
「はい!」

現在修兵は流魂街に現れた虚を退治しにやってきていた。
近頃流魂街へ虚が現れるという謎の現象が増えている。なぜ現世の存在である虚が流魂街などに現れたのかはわからないが、とにかくそれを素早く退治するのが任務である。
急いで出没情報のあった場所へ駆け付けたが、それらしい姿も気配もない。引連れてきた隊士たちに指示を出してとにかく周辺を探らせる。

以前の出現でも九番隊が出動したが、その地区の住民たちに多くの被害が出てしまった。
それまでの出現でも、既に死者や負傷者が多数出てしまっている。
今回は何としても、被害が出ないうちに処理しなくては。これは隊の信用にだって関わってくる。隊舎から笑顔で送り出してくれた露草の顔に泥を塗るようなマネはしたくない。

「…っ出やがった!すぐそこだな…どこだ…」

決して大きいとは言えない虚の霊圧。
しかし油断は禁物。斬魄刀を抜きながら霊圧の元へ駆ける。
それから虚はすぐに見つかった。

虚というものは知能はあるが心がない。
だがその虚は知恵も足りなかったらしく、愚かにも自ら修兵たちの前へと現れて、奇声を上げながら襲いかかってきた。当然、修兵の一撃でカタはついた。

「よし、これで終わりだな。じゃあ全員戻るぞ。」
「戻るぞ、じゃない修兵!」

その場にいた全員の肩がビクッと揺れた。
そして声の方を振り返ってその人物の姿を見つけると、一人の隊士が目を丸くしながら声を上げる。

「蒼井隊長!?どうしてこんなところに…」
「私が来ちゃ悪いのかな天満四席君」
「え!い、いえそんなことは…」
「はは、ごめんごめん。仕事がひと段落ついたから、様子見に来たんだよ」
「そ、そうですか…で、何で戻れないんですか?」
「一匹倒して安心しない。気づかない?ここから少し距離はあるけど、もう一匹」
「「「「「!?」」」」」

それを聞いて感覚をすましてみると、確かにかすかに霊圧を感じ取ることができた。
修兵は慌てて隊士たちに討伐の指示を出す。

「悪い露草。助かった。」
「いいえ。じゃ、私帰るから。後もがんばってね。」
「?お前は来ないのか?」
「もう任せたって大丈夫でしょ?たまたまひと段落ついたから見に来たってだけで、ちゃんと信用はしてるんだよ。私の信頼する部下のこと」
「!…おう。帰って待ってろ。俺たちもすぐ戻る」
「うん」

露草の一言で、俄然やる気の湧く修兵。
信頼していると、そう言われるのが嬉しかった。



◇◇◇



「露草、今いいか?」
「んー?どうぞー」

急ぎの書類を手に、扉の前で声をかけてから執務室へと入る修兵。
いつも通り露草は隊首席に座っていた。違ったのは、応接用ソファーに京楽が座っているということ。

「あ、すいません京楽隊長。いらしてたんですか」
「ああ、いいよいいよ。僕のことは気にしないで」
「はぁ…」

すっかりくつろぎながら茶をすすっている京楽。
そうは言っても気にしないわけにはいかない。修兵はきちんと姿勢を正した状態で露草に書類を渡した。

「分厚いなぁもう…」

ずっしりと重みのある書類を受取り、げんなりとする露草。
露草はこうやって文句はたれてもきっちりと丁寧に仕事をこなす。
それを知っている修兵は、特に何も言わずに書類を返されるのをそのまま待った。

「その分だと少し時間かかりそうだね。檜佐木くん、こっち座りなよ。お菓子持ってきてるんだ。」
「え、あ…どうも。」

特に断る理由もなく、修兵は向かいのソファーに腰かけた。

「あ!ズルい!私はこうして頑張って仕事してるってのに、二人でお菓子食べるなんてさ!」
「なら露草ちゃんもこっち来なよ〜そんな真面目にしなくてもいいじゃない。ちょっと休憩しなさいって。」
「…いや、いい。ちゃっちゃとこっち片付けるから」
「もうーいつからそんなに真面目な子になっちゃったの」

露草への手土産であったのだろう饅頭を口に運びながらそう言う京楽。
不満げに口を尖らせてはいるが、明らかにその表情は楽しそうだ。

「…前から聞きたかったんですけど…蒼井隊長と京楽隊長の関係って何なんですか?やけに親しいですよね。年が近いようにも思えないですけど…」
「ん?ああ、露草ちゃんは僕の妹だよ」
「妹!?」
「そこ!堂々と嘘ぶっこくな!」

露草がビシッと京楽に筆を向けたため、墨が数滴床へと落ちた。

「嘘ですか…」
「ははは。でも本当に妹みたいだと思ってるんだよ?」
「私はそんな風に思われたくない。妹になるなら、浮竹兄さんの方がいい」
「もうーそんなこと言ってー。小さい頃は、京楽お兄ちゃーん!なんて言ってて可愛かったのに」
「うるさい」

結局関係はよく分からないが、古い付き合いではあるらしい。嘘らしいが、たしかに思春期の妹と年の離れた兄に見えなくもない。

「じゃあ蒼井隊長を隊長に推薦したのって、京楽隊長と浮竹隊長ですか?」
「そうだよ。僕たちと山じいで。こうでもしないと、露草ちゃん現世から帰ってこなさそうだったからさ。それでも最初は、隊長なんかやりたくないって言って暴れられて大変だったんだけどね。」
「現世から帰ってこない?」
「京楽兄さん。うるさい。どうでもいいことベラベラと言いふらさないで」
「あれ?言われちゃ困ることだった?ごめんごめん」

露草にぎろりと睨みつけられて、京楽は「おお怖い」と言いながら笑う。だが露草は何も面白くなどなかった。
同様に、修兵だって面白くない。何か言われて困ることがあるのかと。
考えてみれば修兵は露草のことなんてほとんど知らない。なぜ100年以上も現世に遠征に出ていたのか、それは本当に任務だったのか、帰ってこないとはなんなのか。気にはなってもこちらから聞くのは憚られる。
京楽隊長だって知っているのなら、俺にも話してくれたっていいんじゃないか。

「…はい修兵。署名し終わったよ」

何でもない、そのままの言葉だ。
けれど修兵には、用は済んだからさっさと出てけと言われているように感じられた。
書類を受け取ってしばらくその状態で固まっていると、露草は「どうしたの?」と問う。

「…なんでもねぇ」

敬語を使うのも忘れて、そそくさと部屋を出た。
まだまだ付き合いの浅い部下相手に、聞かせたくない話があったって当然だ。
隠し事の一つや二つ、誰しも少なからずあるもんだ。
俺だって露草に話していないことなんてたくさんある。いや、俺は聞かれたら全然答えられるけど。
けど、そうじゃない。何もかも聞きたいし教えてくれなんてただの我儘だ。
くそ。そうわかってるのに、なんで俺はこんなにイラついてんだ。


「…檜佐木くん、いじけちゃったんじゃない?」
「…………」
「側近ってのはね、自分が相手のことを一番わかっていたいものさ。これから長い付き合いになるんだ、これまでのこと、話してあげてもいいんじゃないかい?」
「…話したっていいことないもん。失望されるだけ。」
「そうかな?僕は檜佐木くんはそんな男じゃないと思うけど。…強さも弱さも補い合って、支え合っていくもんだよ、隊長と副隊長ってのは」
「…………」

そんな男じゃない、のは露草だって本当はわかっていた。
ただ知られずに済むならそれが一番だとは思ってしまうのだ。露草自身、未だに向き合いきれずにいる過去だから。
俯く露草の傍で、京楽は静かに笑っていた。


次の日。
またもや早急に隊長印が必要な重要書類を手に、修兵は執務室へと足を運んでいた。
外から一言声をかけ、返事も聞かぬままに扉を滑らせる。

「露草ー、この書類…」

そこで言葉は止まった。
返事がないなと思ったが、なるほど露草は机に突っ伏して眠り込んでいた。
修兵が部屋に入ってきたことにも気づかないらしく、まったく動く気配がない。

「…どーしたもんかな…」

疲れているというのなら、起こすのはかなり気が引ける。
しかし手には急ぎの書類。とりあえず歩みを進めて机の前に立ってみた。

「……………」

…起きない。
起こすべきか。でもそれは可哀そうだ。でも起こさないことにはどうにもならない。判一個で終わるしさっさと押して二度寝してもらうか。

「…ごめんなさい…」
「!」

ポツリと聞こえた露草の声。起きているのかと思って修兵はその顔を覗き込んだが、そうではないらしく相変わらず規則正しい寝息を立てている。
…寝言だ。
なんだ起きたわけじゃないのか。やっぱりここは起こすしかないか…あーでもなぁ…
と、そんなことを考えていたのも束の間。

ぽた、と机の上に零れ落ちた滴を見て修兵は目を見開いた。
眠っている露草の瞳からポロポロと零れる涙。顔は穏やかだがその滴が止まる気配はない。
動きは固まったままだが脳内で心底慌てる修兵。
悪い夢を見ているというのなら、別にいいだろう。そう思って露草を起こそうと肩を揺すった。

「露草、起きろ。露草」
「…ん〜?」

何度か名前を呼ばれたのち、露草は寝起き特有のどこか甘ったるい声を漏らしながら起き上った。

「修兵…?」

露草は寝ぼけた状態でしばらくじーっと修兵の顔を眺めた。
その後正気を取り戻すと、はっとした顔で慌てて涙を拭う。ついでにそのまま袖で机の上まで拭った。
そして上目使いで修兵を見上げると、気まずそうに口を開く。

「…見た?」
「…見た。悪ぃ。」
「はは、そんなの修兵が悪いわけじゃないじゃん。」

露草は恥ずかしそうに頭をかきながら苦笑いをする。
強く目もとを擦ったせいで、ほんのりとその瞼は赤く染まっていた。

「怖い夢でも見たのか…?」
「…ん…ちょっと、ね…」
「…寝言でなんか言ってたぞ」
「うわ、私寝言まで言ってたの?はずかし!」

わざとそうおどけているのは簡単にわかった。そういう面を見られたくないというのなら別にそれは構わないが、らしくない誤魔化しまでして隠そうとするのは少し気に入らない。修兵は無意識に眉間にしわを寄せた。

「そんな顔しないでよ。…少し、昔の夢を見たの」
「昔の夢?」
「うん。よく見るんだ。けどあまりにも女々しいし、あんまり人に教えるようなもんじゃないでしょ。自分の部下なら特に」

へらっと笑ってから、修兵の持っている書類に気づいた露草はそれをよこせと手を差し出した。
黙って渡し、判をもらうのを待つ。

「……よし、はいどうぞ」
「…露草は隊長を命じられるまでは何をしてたんだ?現世でどんな任務についていた?」
「…どうしてそんなこと聞くの?」
「…俺は、露草のことを何も知らない。だから知りたいんだ。」

露草が、聞かれたくないという顔をしているのはわかっている。
だけど聞かせてほしいと思ってしまう。
誰に謝っていたのか、何度も夢に見るほどつらい何があったのか、どんな傷が露草に残っているのか。
本当に信頼していると言うのなら…過去も傷も全部丸ごと抱えて支えさせてくれたっていいんじゃないか。

「…私には、人に話せる過去なんかない。」

眉間に皺を寄せて。ひどく、困った顔。

ああ、しまった。
修兵は後悔した。
困らせたかったわけじゃない。我儘を言いたかったわけじゃない。

「悪い。忘れてくれ」

やるせなくなって、修兵は露草の顔も見ずに部屋を出た。

その後露草がひどく思いつめた顔で部屋の扉を見続けていたことを、修兵は知る由もない。


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