06

朝っぱらから何やら黒いオーラを纏った男が三人、頭を寄せ合ってひそひそと話し込んでいた。
通り過ぎる人々は完全に不審者を見る目を彼らに向けてくる。「ママ、あの人たちなにしてるのー?」「見ちゃいけません」などのお約束の光景まで現れた。

「…よしじゃあ段取りはそれで。阿散井、吉良。作戦始動だ。」
「今更ですけど、本当にやるんですか檜佐木さん…。今のうちに思いとどまりませんか?」
「何言ってんだよ吉良。射場さんだってノリノリだったじゃねぇか。もう止まれねぇよ。」
「そういうことだ。では、健闘を祈る。」

その言葉で一斉に散った男たち――修兵・阿散井・吉良の三人は、一体今から何をしようというのか。
なんてことはない。ただの犯罪行為だ。







「修兵これ見た〜?この前女性死神協会のみんながが集めてた写真、このためだったみたい。」
「…なんだそれ…」
「死神ステッカー」

出勤してくると同時に露草にそう声をかけられた修兵。
ほら、と渡されたものを受け取ってじっと眺める。
そこには京楽や阿散井など見慣れた面子たちが、なんだかそれっぽく印刷されていた。

「修兵のもちゃんとあるよ」
「…これ、どうしたんだ?」
「昨日駄菓子屋のガチャガチャで見つけたの。レア含めての全24枚、昨日一日でコンプしちゃった。」

じゃじゃんと自分で効果音をつけながら自慢げに残りを懐から取り出す露草。
コンプするためにどれだけガチャガチャを回したのか、もうすでにステッカーは分厚い束になっている。
ガチャガチャというのは基本子供向けじゃないのか。なぜコンプなんてしてるんだ。

かぶちゃった分一枚ずつあげるよー。と差し出されたのは素直に受け取った修兵。
なるほどレアステッカーはなんだかメタリックだ。日番谷の寝顔のバックが光り輝いている。

「結構今人気あるらしいよ、それ。」
「へぇ…」
「それに対抗しようってのはやっぱ難しいんじゃない?男性死神協会。」
「う…」
「はは。ま、頑張んなよ。」

ぱんっと修兵の肩を叩くと、露草は執務室へと向かって行った。
それを見送ると、修兵は自分の手の中に残ったステッカーを見る。
かなりの枚数だ。これだけでコンプできてるんじゃないのか?
そう思って枚数を数えると、全部で23枚。一枚…修兵のステッカーだけがない。

「…まぁ、自分で自分のステッカー持ち歩くなんてのはな。」

特に気にせずに懐にそれらを仕舞いながら、自分も副官室へと歩き始めた修兵。心の中では密かに『女性死神協会にずっと負けてなんかられねぇ。』と闘志を燃やしていた。
一体どこに勝ちと負けの基準があるのかなんて、本人さえもわかっていないというのに。

闘志を燃やしながら構えたのは、このために購入したデジタルカメラ。これのおかげで今月は早くも金欠だ――などというのは余談。
そんなことはどうでもいい。…いやどうでもよくはないが今は置いとこう。
今からどうやって露草の写真を撮るか、というのがまず一番重要であり難関でもある本日のミッションだ。

そう…今から行おうとしているのは、まぎれもない犯罪行為。
修兵の人柄から考えると冗談≠ナはきっと許してもらえないだろう、盗撮というもの。
そんな危ない一歩を、檜佐木修兵は…いや。男性死神協会は踏み出そうとしていた。

「っつってもどーするかな…意外と難しいな盗撮って。」

何と言っても初めての試み。
やり方なんて知らないしマニュアル本なんてものもない。
意気込んではみたもののこの闘志をどこに持っていけばいいのかと、修兵は早くもそれを持て余した。
だが割とすぐに、チャンスはやってきた。

露草が外へ出かけるとの情報を得た。
そうだやはり室内で盗撮はムリだ。出かけるというのは、まさに絶好のチャンス。
修兵は自分の仕事をほっぽりだして露草の後を追った。


…一体どこへ向かっているのか。
商店街を通りながら、ちょろちょろと店に顔を出す露草。何かを探している風ではない。商店街に用があるわけではなさそうだ。
何にしろ修兵にとってはかなり都合がいい。
店をのぞきながら露草は、店の者と談笑したり、髪飾りをつけてみたり。被写体として申し分ない。

物陰に隠れながら写真を撮り続ける修兵。その姿はかなり変態くさいが、本人は気づいちゃいない。
盗撮という行為に多少は引け目を感じていた修兵だったが、今ではもうそんな気持ちもどこかへ消え去った。

「あ、今の表情いいなぁ」

などと無意識に呟いてるあたり、いろいろとかなり重症。

商店街をぬけた後も、露草は一人で歩き続ける。
本当にどこへむかっているというのだろう。この先に何かあっただろうか。
そう考えるが、何も思い浮かばない。

どんどん露草は人気のない方へ進んでいく。
その後をこっそりと追う修兵だが、ふとある考えに至った。
これって、もしかして俺のこと気づいてるんじゃね?

「…ねぇ…一体どこまでついてくる気?修兵。」

ドンピシャ。

「あ、いや、あー……いつから気づいてた?」

隠れているのも無駄だと思い、観念して露草の前に姿を現す。腕組をしてこちらを見やるその表情は穏やかな笑顔だが、オーラが黒い。

「商店街歩いてる時から、なんか視線を感じるなーと思って。でもまさか…修兵が私のストーカーだったなんて」
「ちょ、待て待て待て!ストーカーではないぞ決して!ストーカーなんてそんな……あ…」

修兵はさっきまでの自分を振り返る。そして思った。
どう考えてもストーカーじゃねぇか。

「いや、でもそういうわけじゃないんだ!ほんと!俺はちょっと写真が撮りたかっただけで…!」
「…修兵…盗撮が犯罪だって、知ってる?」

どこか憐れみのこもった目で露草はそう言うと、一瞬修兵の前から消えた。そしてぱっと修兵のまん前に現れると、それに驚いている修兵の手からカメラを取り上げる。
次の瞬間、グシャッというスクラップ音と共にカメラは潰れた。
至ってにこやかな顔の露草。対して、開いた口がふさがらない修兵。

「誰にも言わないでおくから…もうこんなのはやめな。ね?証拠隠滅も済んだし大丈夫だよ。」

何かズれてる露草の言葉。
耐え切れず修兵はそのまま膝から崩れ落ちた。
別に罪の意識どうこうじゃない。購入したばかりのカメラがいきなりスクラップにされてしまったことのダメージが大きかったのだ。

「うんうん。そこまで反省してるなら私は怒らないよ。ほら、顔上げて。」
「そうじゃねぇ…そうじゃねぇんだ…!」

そうだ盗撮は犯罪だ。でも俺はストーカーなんてもんになり下がったわけではない!
修兵は立ち上がって、菩薩のような笑みを向けてくる露草の肩をがっと掴むと必死でことの説明をし始めた。

女性死神協会に対抗して、男性死神協会も女性死神の写真を使ってグッズを作ろうと言うことになったのだということ。そのために各自写真集めをしているのだということ。
だから、自分は露草の写真を撮っていたのだということ。
すべてを聞き終えたとき、露草はひどく呆れた顔になって「馬鹿じゃない?」と一言罵った。

「そんなの、撮らせてくれって言ったらいくらでも撮らせてあげたのに。」
「あ…」
「女の子で写真撮られるのきらいなんて人めずらしいから、ちゃんと一言言えば撮らせてくれる人も多いんじゃない?」

言われてみればその通りだ。乱菊などは特に、完璧な化粧で抜群のポーズをとってくれるだろう。
…一体なぜ俺たちは盗撮のこだわった?

「そんなとこまで女性死神協会に対抗したって仕方ないでしょ。女性死神のみんなは白哉くんなんかは写真なんて撮らせてくれないだろうってことがわかってたから、盗撮に奔ったんだもん。」
「…その通りだ…」
「…男性死神協会の存在が薄い理由、よくわかったよ。みんなおバカなんだね?」
「そんなズバッと言うか普通」
「とにかく今から、レンジくんとイヅルくんに盗撮なんてやめるように言ってきなさい。撮った写真全部の消去も忘れずにね。言っとくけどこれは隊長命令でも何でもなく、人としての導きだからね。」

言ってることが何もかももっともで、修兵は自分に呆れながら頷いた。

「そういやお前はどこ行くんだ?」
「私は本来の予定通り、十三番隊へお出かけだよ。」
「十三番隊?どうして」
「そんなこといちいち気にしなくていいよ。ほら、さっさと行ってきなさい。」

呆れ顔でにっこりと笑った露草。
多少気になりはしたが食い下がるほどでもなく、修兵は急いで阿散井たちを探しに走りだした。

我が身を振り返るというのは大切なことだ。
修兵は今日一日で、それを強く学んだ。







後日。

「ん?これか…死神ステッカーのガチャガチャ。」

偶然通りかかった駄菓子屋の前に置かれていたガチャガチャが修兵の目に留った。
明らかに子供向けなこれを露草は回し続けていたのか。そう思うとなんだか自然と笑みがこぼれてきてしまう。

「いらっしゃい。お兄さん、それやるのかい?」
「あ、いや…」
「それ、今えらく人気なんですよ。子供だけじゃなく、若い姉ちゃんたちもよくやってきますよ。」

足を止めてそのガチャガチャを眺めているといかにも話好きそうな店主に声を掛けられ、修兵は愛想笑いを返した。

「この前なんか、ずっとそこにへばりついて動かない死神の女の子がいましてね。一体どれだけ費やしてたかもわからないよ。」

もしかしてそれは露草のことではないだろうか。
そう考えた時、無意識に修兵の口元が緩んだ。

「あ〜必死でコンプリート目指してたんじゃないですか、その人。」
「いんや?なんだかどうしても欲しいのがあったみたいでね。他のやつは何枚も出るのに、どうしてもそれだけが出ないって文句まで言われちまいましたよ。それだけが欲しいのにって。」
「…?」

なら露草ではないのか。
露草はコンプを目指してこれをやったはず…
いや待てよ。

あの日の朝の記憶を手繰りよせ、修兵はにわかに首をかしげた。
露草は『コンプしちゃった』としか言っていない。欲しいステッカーが出るまで回すうちに、それこそ結果としてコンプできてしまっただけなのでは。
じゃあ、露草が欲しかったものとは…?

「…そういや、あんたもこのステッカーになってるんじゃないのかい?」
「ええ、まぁ。」
「ならあんただ」
「は?」
「その死神の子。あんたのステッカーをずっと欲しがってたんだ。」
「…俺…?」
「ああ。百枚近く引いてやっとあんたが出てきた時、心底喜んでましたよ。俺ぁ思わず拍手までしちまった。」

店主の言葉を聞き、修兵は目を丸くする。
そうか。だから、俺に渡された23枚のカードの中で俺のカードだけがなかったのか。
俺のカードは、一枚しか出なかったから。

「そっか…へぇ…」

ゆるむ口元を押さえ、修兵はその小さな喜びを噛みしめた。
すでに修兵の中では、女性死神協会万歳といった状態。

それから修兵が、女性死神協会を敵視するようなことは一切なくなったという。



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