流れる不協和音
いつも通り、放課後に図書館へと向かった。今日は三日前に借りた本を返すのが目的なわけだが、今日は少しいつもと様子が違った。
出入り口に来たところで言い争う声が聞こえてきたのだ。
「貴様は進入禁止だ。今すぐ失せろ長曽我部」
「んだとぉ!」
片方の声には聞き覚えがある。司書の毛利さんだ。
あの毛利さんが誰かと声を荒げて喧嘩しているなんて珍しいと思いながらも中に入ると、いつも通りカウンターに座る毛利さんと、銀髪眼帯でものすごく柄が悪そうなお兄さんがいた。
ああいうタイプの方は、正直なところ苦手で関わり合いたくない。しかし私の目的は本の返却で、毛利さんに用があるのだ。
だけどこの状況で割り込む勇気はないので、ほとぼりが冷めるまで適当な本を読むことに決めた。
が、二人の後ろをそっと抜けようとしたところで、私の願いも虚しく、毛利さんが不気味な笑みを浮かべながら私の名前を呼んだ。
「名字ではないか」
「え?」
「今日も来るとは熱心だな。それより貴様、我に用でもあるのだろう?」
「いや、あの、え?」
「あ る の だ ろ う ?」
ここに通うようになって、毛利さんに名前を呼ばれるなんて初めてのことだ。そんなこと、なにかなければ起こるはずがない。
つまり、私を巻き込むつもりで声をかけたんだこの人。じゃなきゃ、私の名前をそんな綺麗な笑みで呼ぶはずがない!!!
「おい毛利!」
「名字、本の返却か」
「あの、毛利さ…」
「先日も書を数冊借りていたな。貴様の読むペースから見て、もう読んだのだろう?」
「無視してんじゃねえよ!」
毛利さんの不気味なキラキラ笑顔、何故かやたら覚えている私の読書ペース、怒鳴る眼帯兄さん。最早どれからツッコミを入れればいいのかわからない。
そんなわけのわからない状況で、ひとつだけ理解できたことがある。
さっさと返却する本を出さないと、毛利さんに後で消される。目が笑ってない。
「…ん?アンタ、見ねぇ顔だな」
「へ?」
大慌てで借りていた本を鞄から出したところで、眼帯のお兄さんが話しかけてきた。咄嗟に毛利さんの方を見たけど無視された。
「さっき毛利が名字つってたけどよぉ…」
「あ…はい、私です」
「この辺りじゃ見たことねえから…引っ越してきたとかか?」
「そうです、はい」
見た目が怖いだけに、正直話しかけられると反応に困る。けれど毛利さんは無視して本の返却手続きをしているし、お兄さんは完全に私へ興味を向けている。
「そういや、自己紹介がまだだったよな!俺は長曾我部元親ってんだ。そこの仏頂面と幼馴染みだ」
「…毛利さんの、ですか」
「おい長曾我部。貴様下らないことを吹き込むな」
「下らなくはねえだろ!」
「貴様と知り合った覚えなどない」
「テメエはいちいち癪に触る言い方しやがって…」
「そんなことより長曾我部。その女が先程から貴様を嫌がっているのがわからぬのか」
「なんだと」
その瞬間眼帯…いや、長曾我部さんはこっちを振り返った。先程からの調子から、怒鳴られるんじゃないかと思い身構えたけれどそういう訳でもなかった。
長曾我部さんは申し訳なさそうにガタイのいい体を丸めていた。
「そ、そうだよな、いきなり俺みてえな野郎に話しかけられてもビビッちまうよな。悪い」
「あ、いえ…そんな謝らなくても」
「毛利に用事があって来ただけだからよォ、すぐにまた帰るぜ」
そう言って長曾我部さんは毛利さんに用件を伝えていた。すぐに伝言が終わり、長曾我部さんは本当にさっさと帰っていってしまった。
「悪いことしちゃったなぁ…」
「あれでいい」
毛利さんはバッサリと切り捨て、そのままブツブツと文句を言いながら本を読み始めた。
…最後に苦笑いを浮かべ、挨拶をして出ていった長曾我部さんは、見た目とは違い、いい人なんだろう。
もしまた会うことがあれば、今日のことを謝りたいと思った。
(120623)
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