二乗効果による
今日は休日なので、一日図書館に入り浸ることに決めた私は、足取り軽やかに森林公園の並木道を歩いていた。
「そういえば私、ここで石田さんを見かけたんだっけ…」
池の側に来たところで、なんとなく初めてここに来たことを思い出した。
初めて来たときはよくわからず、誘われるように石田さんの後を追った。あの時石田さんを追っていなかったら、あの図書館に辿り着くことは出来なかっただろう。
既に散ってしまった桜の木を眺めながら、その時のことをプレイバックしていると、背後から何らかの気配を感じた。ふと嫌な予感が脳裏をよぎる。はっと後ろを向いたが時既に遅し。
「うぐっ」
腰に追突された。車イスに。
私はその衝撃に転けはしなかったが、代わりにクラウチングスタートの時のような体勢になった。けど私は走るわけじゃない。
「ヒヒヒッ、相変わらずよな名字」
「お…大谷さん…」
突進されて痛む腰を押さえながら、ずれた眼鏡をかけなおし、けらけら笑う大谷さんを睨み付けた。
最近は突進してこないから油断していた。
「なんで声かけずにわざわざ突進してくるんですか!」
「いやな、ぬしを見るとつい悪戯心が震わされて仕方ないのだ」
「だからって私の腰に突進食らわすのやめてくださいよ!食らったらしばらく動く時辛いんですから!」
「ヒヒッ!まあよいではないか。まだぬしは若かろ?」
「関係ないですっ!」
らちが明かない。もうこの人には、なにを言っても変わる気もしないので、ため息を付くしかできない。
「まあよいではないか。ほれ、はよう立ちやれ。図書館へ行くのだろう?」
「よくはないんですけどね」
もう一度ため息を付いてから、腰に負担が無いようにゆっくりと立ち上がった。
なんだか最近、大谷さんの自由気ままなところに慣れてきている自分が悲しい。
そのまま私は、大谷さんと図書館へと向かった。中へ入ると、既に毛利さんがいつもの場所で読書をしていた。そんな毛利さんに挨拶ぐらいしようと思ったが、それより先に大谷さんが毛利さんに話しかけた。
「相変わらず暇そうにしているなァ、毛利」
「ふん、そういう貴様もだろう」
「ヒヒッ!ならば名字も暇ということになる」
「…名字…だと?」
「お…はよう、ございます」
挨拶をすると毛利さんは凄まじい形相でギロリと睨んできた。何故睨まれているんだろう。
「…朝からここに来るとは、貴様も飽きんな」
「まあ…暇でしたし、今日は早く起きちゃったんで」
「そう言って毎週休みの日は来ているがな」
「い…いいじゃないですか、別に」
「名字は友と呼べる者がおらぬのだろう?仕方あるまい」
「なんで知ってるんですか!」
図星を突かれて、怯んだ私を何故か毛利さんが哀れみの目で見てきた。なんだろう、毛利さんにそんな目で見られると落ち込む。
「た、確かに…まだ友達出来てないですけど…別にいいじゃないですかー!」
「我は何も言っておらん」
「目で訴えてます!というか毛利さんだって友達いな……あ、でもこの前…」
「おらん」
「えっ?でも…」
「友などいない」
毛利さんは何故か頑なに友達はいないと言い出した。それを楽しむように、隣の大谷さんはニヤニヤしながら毛利さんを見ていた。本当性格悪いなこの人。
「…じゃあ私と同じで友達いないってことでいいんですか?」
「貴様と同列にするな屑」
「ええええ」
貶されて罵られて地味に傷付いた。そんな私の隣でやっぱりどこか楽しそうにしている大谷さんに、私はため息をつくことしかできないのであった。
大学での友達は未だゼロ。だけど、ここの図書館にいるときだけは、友達がいなくても気にならない。
それはきっと、こんな個性的な人とこうして時々他愛のないやり取り(一方的な罵り)があるからなのかもしれない。
(120714)
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