一触即発
六月、新緑で緑に染まりつつあるこの頃。それは、私がいつも通り大学を出て、図書館へと向かう道のりで起こった。
季節を感じられる森林公園で、偶然にも石田さんを見掛けたのだ。
いつもならば声をかけられたのだけど、生憎今回そこにいたのは石田さんだけではなかったのだ。
少し離れた場所から見付けたので、相手の顔はよく見えないけれど、笑っていることだけはわかった。どうやら石田さんとなにか話をしているようだ。
だけどどこか様子がおかしい。図書館への通り道でもあるので、そちらへと近付きながら様子を見ていると、なにかもめているようだった。
いや、もめているとは少し違う。石田さんが一方的に罵っている。それをもう片方のやたら黄色い人が笑って受け流しているのだ。
その、どこかで見たことがあるようなないような黄色い人が誰なのかはわからないけれど、石田さんが大谷さんや他の図書館に来る人達以外と話しているところを初めて見たので、少し驚いた。
そのままゆっくり近付いていくと、黄色い人がこちらに気が付いて、何故か手を振られた。そして何故か、手招きされた。
でも何度も言うけれど、私はこの人を知らない。
「名字さん!」
「名字…だと?」
何故知らない人が私の名前を知っているのかわからない。だけど私の名前を呼んだことで、石田さんが私に気が付いた。そして何故か睨まれた。
さっぱり状況が把握できないまま、二人に近付くと、黄色い人が満面の笑みで手を差し出してきた。
「はじめましてだな!」
「は、はあ」
「わしは徳川家康。よろしくな、名字さん」
自己紹介されて、握手まで求められたのだから、応えない訳にはいかないので、一応握手をしてよろしく、とだけ伝えた。
そのあとすぐに、斜め後ろにいた石田さんに肩を掴まれて強引にひっぺがされた。
「名字に触れるな」
「ははっ、そうカッカするな三成!折角出来た絆、わしも見たいんだ」
「関係ない。消えろ家康」
「えー…っと…あの…お二方…?」
喧嘩腰な石田さんは何時もよりも殺気立っていて少し怖いけど、それ以上に、徳川さんが笑顔で接しているというこの空気が怖かった。なんだろう、この温度差。
何故か巻き込まれつつあるこの状況をなんとか理解しようと口を挟んでみたけれど、石田さんに「貴様は黙っていろ」と言われたので喋ることをやめた。
「そんな言い方は可哀想だろう三成」
「貴様が消えればすべて解決する。だから今すぐ死ね!」
「そうやって大きな声を出すから名字さんが驚いているじゃないか」
「黙れ」
「…まったく…三成は相変わらず話を聞いてくれないなぁ…」
徳川さんは苦笑いをしながら困ったように頬をかいていた。私はというと、未だに石田さんに肩を掴まれているため逃げることはできない。更にいえば、段々掴む力が強くなってきていて痛い。
「あの、石田さん…」
「…なんだ」
「肩…痛いです」
「!…すまない」
今まで怒っていた石田さんが、その言葉に一瞬考えた素振りを見せ、掴んでいた肩を離してくれたので助かった。
そんな一連の行動を黙ってみていた徳川さんは、驚きの表情を浮かべていた。
「これは驚いた…!三成が刑部やあの人達以外に謝るなんて…」
「えっ?」
「名字さんは随分三成と仲が良いんだな!これからも三成と仲良くしてやってくれ」
「?…はあ」
「下らないことをほざくな家康。いい加減にしろ。さっさと私の前から去れ」
「はははっ、三成は怒ってばかりだな!…まあ、三成が名字さんと仲良くしていることがわかっただけでも十分だ。わしはまた、走ることにするよ」
言いたいことだけ言って、徳川さんは何処かへと走り去っていった。ここでようやく、徳川さんが何故私を知っていたのか、なんとなくわかった。
あの走っていく後ろ姿、黄色いパーカーに、石田さんとの面識。
そう、あの人は私が図書館へ来る道のりでたまに見かけるジョギングの人だ。
多分、徳川さんは、私が石田さんといる姿を見て顔を知っていたんだろう。石田さんとは仲が悪いようだけど、あの口ぶりからして、石田さんは私のことを少しだけ話したんじゃないだろうか。
だから、徳川さんは私を知っていた。きっとそういうことなんだろう。
「気分が悪い」
「徳川さんのこと、嫌いなんですか?」
「当たり前だ」
「よくはわかりませんけど、そんなに邪険にしなくても…」
「貴様…家康の味方になるつもりか」
「いや味方とかじゃなくて…、と言うか味方ってどういうことですか」
ここで石田さんについて新たな発見をした。石田さんは、どうやら徳川さんのことになると妙に熱くなり、殺気立つ。
とりあえず、これからは徳川さんの話題には触れない方がいいだろう。
(121101)
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