かくして迷子は家に帰った | ナノ
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▼ 閑話・ヒュースと絵と化け物

お前、暇だろう。手に大きな荷物を抱えた女に言うと、「失敬だな。時間を作ってきているのに」と言い返してきた。

「時間を作って俺のところに来るな。任務でもしていろ」

「えーやだよ。こないだ君らが攻めてきてしんどかったのにもっと働けとか冗談じゃないよ」

そう言って名前はでかい荷物をヒュースの部屋に放った。がちゃがちゃと物と物のぶつかる音がして、何が入っているんだとヒュースは眉を顰めた。

最初のときの口振りからして上級の兵士だとは思っていたわりに、彼女は暇なのか自分の部屋によく訪れた。そしてその度に適当なことばかり一方的に話して、リビングで食事を取って帰って行く。ヒュースが言う通り、暇だと認識してもおかしくない行動をしていた。

「……お前、本当に動くつもりはあるんだろうな」

じとっとした目で見られ、名前は「そこそこには」とこれまた適当なことを言った。そこそこってなんだ、と思いながらも帰るための具体例は聞かなかった。多分それを聞かせてもらえるのは、完全に帰るための手筈が整ってからだとわかっていた。

こいつは、必要最低限の情報しか自分に伝える気はない。それは自分も同じだ。だから属国が近付いてきていることも、彼女に伝える気はなかった。

自分がそのとき、いなくなるかもしれないことも。

「……大体、必要以上に俺に接触を図る意味がわからんな」

彼女がここに来て話す内容は本当に他愛もない話だった。今日の晩御飯はなんだろうとか、最近のテレビ番組のコーナーがどうのとか(テレビ番組というものは陽太郎に教えて貰った)。ボーダー関連の話がなかったのは、自分に情報を与えないためだろう。

自分の言葉に、女は少し黙って思案したのち、「うーん」と少し頭を横に傾ける。それから、「まあ、」と口をゆっくりと開いた。

「君といるのはラクだからね」

へら、と笑って言われた言葉がどういう意味なのか、ヒュースにはよくわからなかった。特に話も合わない捕虜と一緒にいることがラクとは、やはりこの女は変人と認識しておいていいらしい。

「それよりさぁ、私ちょっと考えたんだよね」

「……なにがだ」

「ここって本当に何も無くて暇でしょ? てことでさ」

そう言って名前はそこらに適当に放っていた荷物をがちゃがちゃと漁り始めた。それから、一つ手に取って鞄から取り出した。

「……なんだそれは」

取り出された不思議な形の、恐らく機械。名前は「ゲームだよ。やり終わって置き場に困ってたんだよね」と言って他にも数点の箱が取り出され、聞くとその機械に嵌めて使うデータのようなものらしい。

「ふざけるな。持って帰れ」

「そう邪険にしなくても。結構面白いよ?」

「この世界のゲームはあのオセロとやらでもう信用ならん。やめろ」

「オセロの一件が相当ショックだったのね……可哀想に」と名前が目を細めた。誰のせいだと思っているのか甚だ疑問である。

「ゲームが駄目となるとあんまりないね。残念」

「そもそも、俺がそれを受け取ると思っていたのか」

「私の予想では大喜びで受け取るはずだったんだけど」

そんなはずないだろう。そう思っていると「じゃあ陽太郎にでもやるかねぇ、」と名前は荷物の整理を始めた。これは駄目、これは大丈夫かな、と分けているので、多分陽太郎が遊べる簡単なゲームを区別しているらしい。

「……?」

鞄から出た、平べったい箱に眉を寄せた。機械、には見えない。ヒュースがじっとそれを見ていると気付いたらしい名前が「ああそれ?」と説明をした。

「色鉛筆っていうの。絵描くやつ」

こんな大きいものでどうやって絵を描くんだ、と思っていると「この中に入ってる鉛筆で描くんだよ」と説明された。なんだか自分の考えが読まれたみたいで少し苛ついた。

「前にくじ引きで取ったんだけど使わないから、陽太郎にでもあげようと思って」

「……そうか」

「………………と思ってたんだけど、これはヒュースにやろう」

「は?」

急に対応を変えた女にヒュースが素で驚いた声を上げた。

「絵ならどこでも遊べるし、あげても怒られなさそうだし。うん、そうしよう」

説明してすぐにいつものように「くだらんな」と切り捨てなかったから興味があるのだろうと名前は判断した。「ん」と色鉛筆を差し出される。だがヒュースはじっとその箱を見ただけで「ヨータローにやるんだろ」といらないことを示した。

「あの子もうクレヨン持ってるし」

「……だが」

「あーあもったいないなー。このまま持って帰ったら捨てちゃうなー。誰か使ってくれないかなー」

ぐいぐいとヒュースに押し付けながら名前が言う。ぐにっと箱の底に頬を押されたヒュースはしばらく眉間に皺を寄せて名前に「やめろ」と睨み付けた。

「……っ」

根負けしたように、ヒュースがそれを奪い取ることで名前との攻防は終了した。

「わー、ありがとー」

「……」

「なに?」

「……いや、」

「いちいち気に障る奴だと思っただけだ」と言ったヒュースに「ヒュースも十分気に障るから大丈夫だよ」と名前が笑って頬をつねった。





「なんじゃこりゃ」

数日後、名前がヒュースのもとへ訪れると、びっくりするくらいに上手い絵がそこにあった。犬の絵が沢山描かれており、他にも花や食べ物や端にはちょっとしたデフォルメのような絵もあった。

「綺麗に描くもんだねぇ。これ陽太郎? …………となりの化け物なに?」

ぱらぱらとスケッチブックをめくると、「勝手に見るな」と怒られた。

「いいじゃないのよ。ねえ、私も描いてみてよ」

「これがお前だ」

「…………おいまてこれか? 右端の怪物私か!?」

「似てるだろう」と自慢げに言われ、「角引っこ抜くぞ近界民が」と名前が睨み付けた。レディの似顔絵として怪物を描くなんてどういう教育を受けてきたんだ。そう思っていると「黙ってろエセ近界民」とヒュースが言い返してきた。誰がエセ近界民だマジ近界民め。

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