かくして迷子は家に帰った | ナノ
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▼ 楽しいじかんは終わり

「お菓子と映画のお届け物でーす」

陽気な声に、雷蔵は「いらっしゃい」と無愛想ながらに挨拶をした。開発室は深夜に活動することが多く、あまり隊員と顔をあわせない者もいる。しかし名前は常に本部にいることもあり、開発室の人間ともある程度の面識を持っていた。

特にこの雷蔵という男、俗にいうぽちゃ系男子である。名前は美味しく自分のお菓子を食べてくれる雷蔵を気に入っており、雷蔵は名前のお菓子を気に入っていたため、仲は大変よろしい。

「雷蔵さんが最近映画にハマってるって聞いたんで、荒船から借りてきました。よくわかんないですけど面白いらしいですよ」

「ありがとう」

映画好きな荒船に「雷蔵さんが映画ハマってるらしいから何本か貸して」と名前が言ったとき、何故か彼は少しぶすくれていた。最近、どうも機嫌が悪いように見えるが、何かしたっけ?と名前は自分の行動を顧みる。ああ駄目だ、心当たりが多すぎてどれだかわからない。名前はすぐに考えることを放棄した。

「でも、ハマってるの俺じゃないんだ」という雷蔵の訂正に「そうなんですか?」と名前が驚く。じゃあ誰だろう、と思っていると、その答えが返ってきた。

「ハマってるのはエネドラ。捕虜のほう」

「捕虜……って、」

「ああ? んだその女」

聞こえてきた、機械を通したような声に振り返る。するとそこには、カニのような黒いトリオン兵がいた。

「お菓子と映画持ってきてくれたんだ。アクション映画だって」

「おお! 猿にしては気が利くじゃねぇか」

とたんに機嫌良さげになったカニ……じゃない黒いラッドを見て名前は雷蔵に「あの」と聞いた。

「雷蔵さん、本部に侵入したのって凶暴な黒トリガー使いでしたよね?」

「そうだよ」

「めっちゃ馴染んでません?」

「馴染んでるね」

クッションの上に座って、表情のないラッドになってしまっているというのにくつろいでいることがわかる。置かれているのも給湯室で、電子レンジと並んで座っている。知らずに見ると子供のおもちゃのようだ。

じっと名前が見ていると、エネドラが「なんだよ」とふてぶてしく言った。アフトクラトルの兵はどれも態度がでかいな、と思いつつエネドラと同じ視線になるくらいにかがんだ。

「初めまして、エネドラ」

これも、置いて行かれた兵士か。できるだけにこやかに挨拶をするとエネドラは「誰だお前」と乱暴な自己紹介の催促をしてきた。

「名字名前です。君への尋問内容の補いに来ました」

「あ? 補い?」

もう一人の捕虜の話は、こないだ鬼怒田から聞いた。自分が思っていたより深刻な内容に少しだけヒュースに同情したくなってしまったのを、首を振って散らした。彼に同情をしている場合ではないのだ。

アフトクラトルの情勢なんかも、空閑が順調に聞き出せているらしい。だから自分は、まだ聞けていない部分を聞くつもりだった。

「攻めてきた面子の中で、私と戦った男の人の名前だけ把握できてないんだよね」

君みたいに偉そうな話し方の人だったんだけど。そう言うと「ああ?」とエネドラは宙に視線をやって誰だろうかと自分を裏切った連中を考えた。

「……ああ、ミラんとこのクソ餓鬼か」

思い出したように言ったエネドラに、「ミラ?」と名前が首を傾げた。

「お前も見ただろ。ワープ使いの女だ」

「ああ、あれでエネドラは死んだんだっけ。ぶっすりやられてたね」

訓練室のカメラに映っていた出来事を思い出して言うと、「うるせぇ!教えてやらねぇぞ!」と怒鳴られる。「ごめんごめん」と雑に謝ると、エネドラは機嫌悪そうに「猿のくせに生意気な奴だな」と文句を垂れてから、その男の名を述べた。

「レークっていう、ミラと同じ家の餓鬼だ。とるに足らねぇ雑魚だな」

「まあまあ強かったよ?」

「俺に比べりゃあんなの雑魚と同じだ」とエネドラは述べた。確かに、彼は風間隊と諏訪隊と、さらには忍田本部長までもが参戦してようやく倒された相手だ。最終的な止どめは味方からの裏切りだったが。

「それにあいつは、金の雛鳥なんかより玄界の調査目的で遠征に来てんだ。あんな野郎と一緒にされちゃたまんねぇな」

「玄界の調査? なんで?」

「雑魚の考えることなんざ俺が知るわけねぇだろ」

エネドラはどうでもよさそうにそう言った。名前としてはもう少し掘り下げて聞きたいところだったが、ここには雷蔵もいる。あまりつついて自分の計画を悟られても困るなと「じゃあ仕方ないね」とすぐに引き下がった。

「助かったよ、ありがと」

「なあ」

笑って礼を言って去ろうとすると、ラッドが名前を呼び止める。なに?と振り返れば黒に塗りつぶされたラッドの体に自分の姿が写り込んでいた。反射する自分と、目が合った。

「お前ぇ、本当にここの奴なんだよな?」

「え、なんで?」

言われた意味がわからずに聞き返す。雷蔵がずこーっと紙パックのジュースを飲み干す音を聞きながら数秒エネドラの言葉の意味を待つ。

「……いや? 少しそう思っただけだ」

気にすんなよ、と前足をカタカタと揺らして笑われた。そっか、と返事をして、雷蔵に挨拶をして、今度こそ開発室を後にした。

ゆっくり歩いていたのが、少しずつ早歩きになっていく。足が、ぱたぱたと音を鳴らしはじめる。先ほど自分がいた場所から遠ざかるように、足が鳴る。

なんだ、今の。

いま、あいつ、何を言おうとしていた。なにを、余計な。

ぴりり、携帯が鳴る。びくりと体を揺らし画面を見る。それから、目が外れそうなほど見開いた。普段なら絶対に向こうから掛かって来ることのないであろうその人物の通話を取る。

「名字、です」

少し乾いた喉で返事をする。電話の向こうにいたのは城戸だった。彼から掛かって来たことなど、多分一度もない。任務報告はこちらから出向くのだから、城戸がわざわざかけてくることもなかった。

城戸が用件を話す。それに対し、「はい、はい」と数回返事を返す。自分の予想通りの内容にどうもどくどく心臓が早鳴った気がするが、「わかりました」と強気な返事を返してやった。

「………あ」

通話を切る手が震えていて、窘めるようにぐっと力を入れて止める。

何もない廊下で立ち止まったまま、ぼんやりと長い廊下の先を見つめた。もう学生たちは帰った頃なのか、人気は無い。ああ、もう、ほんとに戻れない場所にまで来てしまったんだなぁ。誰もいない廊下で、一人そう思った。

(楽しいじかんは終わり あ、ちょっとだけこわいかもしれない)

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