かくして迷子は家に帰った | ナノ
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▼ 淋しさでおなかいっぱい

部屋が与えられた。簡素な寝床と擦り切れた椅子と机が置かれた、窓のない部屋。

数日間牢屋のようなところに入れられていた私は、少しだけマシになった環境に何が変わったのだろうと思った。

兵士がとある腕輪を渡してきた。それは私がここに来るときに腕にくっついていた物で、「トリガーの可能性がある」というよくわからない理由で没収されていた。奪ったくせに何故返してくれたのだろうかと疑問に思った。

返してもらった腕輪を持って部屋に入る。点けた明かりはちかちかと不安定に点灯した。

貰ったはいいものの、私にはこれが何なのかはわからなかった。もしかしたら、自分のこの状況に関係があるのかもしれない。そう思って、その腕輪を透かしてみたりしてみたが、特になんてことのない装飾品だった。

せめて母親か父親の私物であれば思いをはせることもできるのに。まるで見たことのない腕輪は見た目が特別好みというわけでもなく、しかし手放すこともできず扱いに困った。

窓のない部屋に光は射さない。寝転がった柔らかさのないベッドはぎしりと軋んで、その日はなかなか眠りにつけなかった。眠ったら、ずっとこの夢から覚めれないような気がした。







空閑との個人ランク戦を終えた村上は、名前に「ご飯食べよう」と誘われて食堂に来ていた。今日は防衛任務もなく、食事を終えたらそのまま家に帰れば時間的に問題はないだろう。

「荒船に引っ張られたらしいな。また何かしたのか?」

頬を抑えて自分たちに近付いてきた姿を思い出しながら村上が聞く。白米が好きであった村上は和食メニューの定食を注文していた。名前も同じ物を頼んでいたため、二人の間には同じおぼんが2つ並んでいた。

また、というのは名前が大抵荒船にろくな事をしないことが認知されていたからであった。それに対し名前は特にツッコむでもなく「知らない」と伝えた。

「いきなりいじめられた。機嫌でも悪かったんじゃない?」

名前は少し疑問であった。彼は試合で負けたからとあんなに引きずるタイプではない。何かあったんだろうか、と自分がその何かの当事者であることも知らずに味噌汁をすすっていた。

「まあ頬を触りたくなるのはわからないでもないけどな」

「やわらかそうだし、」と特に他意も無く村上が言った。「村上くんならいつでもどうぞ」と名前が素直に返す。これの相手が太刀川等であれば「セクハラだな。忍田さんに告げ口されたくなければここのご飯を奢れ」と脅迫していたことであろう。

「そういえば、」

「ん?」

「カゲから返事は来たか?」

返事、とは多分先ほどのムービーの件だろう。カゲとは影浦という二人の同級生のことであった。

「ううん。多分来ないんじゃない?」そう名前が伝える。彼からメールを無視されることはそう珍しいことではなかった。「そうか」と少し村上が眉を下げた。

「最近、カゲと話してるか?」

村上が少しだけ言いにくそうに聞いてきたことに、名前が首を傾げた。別にいつも通りだと伝えると「そうか」と村上が先ほどよりも小さく言った。

「……名字は偶にわかりにくいから、困るな」

ぽつりと口にされた言葉に、名前はまた首を傾げ、「冷めちゃうよ」と食事を中断していた村上を急かした。「ああ」と落ち着いた村上の声が返ってきた。

少しだけ変わってしまった空気に、おいしかった食事の味も変わってしまった気がした。


(淋しさでおなかいっぱい あのとき、本当は言って欲しかったんだ)



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