かくして迷子は家に帰った | ナノ
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▼ 罵る準備は出来ている

荒船哲次は賢い男であった。自らで構築した理論で攻撃手でも狙撃手でもマスタークラスを取り、ひいては学業も優秀であった。更に言えば面倒見もよかった彼は後輩隊員の育成にも力を入れていた。攻撃手ランク4位である村上も、彼の弟子の一人であった。

「なんだこれは」

「……なんでございましょ」

「目ェ逸らすな点数と向き合え」

そんな彼が、反対に学業が優秀でなかった名前の面倒を見るのは、必然と言えば必然であった。

「なんだよ穂刈首って。穂首刈りだろうが」

「穂刈のキャラが立ちすぎててつい……」

「悪いな。なるか、もう少し地味に」

「穂刈も乗るな」

テスト用紙の間違いをシャーペンで指しながら叱ると名前が「申し訳ないです」と頭を下げる。しかし顔を上げたときはもうすでにいつものへらっとした表情で、荒船がその顔に溜め息をついた。

「お前中学のときちゃんと勉強してたのか?」

荒船が疑問を投げかける。彼女からは基礎がすっぽりと抜け落ちていた。学校で教えられていたものすべてに対し知らなかったという表情をする名前が本当に勉強をしていたのか、甚だ疑問であった。

「えー? してたよー」

へらりと、女が笑う。カチリとシャーペンの芯が押し出された。


(あ、いま、)


「秀才だったんだから」と笑う名前に、荒船が小さく別の溜め息をついた。

隠し事をされているということに気付いたのはいつだっただろうか。それは最初はまるで気付かないものだったが、最近は、随分とわかりやすくなってきていた。

彼女の嘘はくだらない悪戯がほとんどで、たまに、こういう意味のない嘘を名前は吐いた。その嘘で彼女が何を隠したいのか、それは荒船の知るところではなかった。

「穂刈みてみて、テスト中に描いたこの芸術作品」

「すごいけどなんだ、これ」

多分きっと彼女は、今までもうまいことやっていたのだ。うまいこと嘘をついていたのだ。それが最近、どういうわけか剥がれ落ちてきていた。こんな、サイドエフェクトもない自分がわかってしまうくらいに。

「大人気な東さんに群がる人間の図」

「怖いな」

「…………おい待て、なんでお前テスト中に絵描いてんだ」

「あ」

思わずごごごごと聞こえてきそうな般若顔になった荒船に、女は冷や汗をかいたままやっぱり口元をへらっとさせた。


▽▼▽


ランク戦が終わり、玉狛第二の作戦にしてやられた荒船はC級ブースに来た。米屋たちと先に来ていた名前はやられたことが面白いのか、はたまた玉狛を贔屓しているのか「空閑くんに斬られた荒船先輩こんにちはー」という面倒臭い挨拶をした。

「荒船と諏訪さんがやられるとこショートムービーにしたからカゲに送ろうと思うんだけど、どっち送った方がいいかな?」

「ふざけんなやめろ」

「そもそもカゲが見るかわからないから、両方送ったらどうだ?」

「鋼も真面目に考えなくていい」

同じく先ほどブースにきた村上に名前が話しかける。玉狛の対策としてこちらに来た、と村上が説明すると、「空閑くんたちあそこにいるよ」と名前が後方にいた空閑たちを指して教えた。

村上が声を掛けに行ったため、残された荒船と名前はそれを少し離れて見ていた。

「……」

「なに?」

じろりと見降ろしてきた荒船に名前が聞いた。「別に」と荒船が素っ気なく返した。

「お腹でも空いてんの?」とふざけて聞いて来る名前の顔を機嫌悪そうに荒船は見ていた。

隠せているとでも思っているのだろうかこいつは。ここ最近の大規模侵攻以降ではもう、口元だけでしか碌に笑えていないというのに。気付かないんだろうな、馬鹿だから。荒船は心の中で罵った。

どれだけ自分が、人に迷惑をかけてきているかこいつは知らないらしい。

(……馬鹿だろ)

どれだけお前の面倒を見てきたと思っているんだ。どれだけお前の心配をしていると、思っているんだ。

「おーい。ランク戦がそんなにショックだったの? 次は勝てばいいだけでしょうに、そんなのもわからないのかねまったく」

「ムカつくな」

しつこい女の頬をつねった。名前は咄嗟にトリオン体だというのに「いひゃい」と言った。

なんで言わないんだとか、色々言いたいことはあった。でもそれが言われたくない事だというのもわかっていた。何故なら荒船は目の前で頬を伸ばしている女とは違い賢かったからだ。

「どうひた、やふあひゃりか?」

「うるせーばか」

ぐいーっとそのまま頬を引っ張る。トリオン体であるそれは生身よりも良く伸びるような気がした。

頬を抑えた名前が米屋たちに「いじめられたー」と寄っていく。荒船はその後ろ姿を見て、馬鹿だなと心の中でこぼした。

小さくこぼした言葉が誰に対してのものなのか、それはもう、自分にだってわからなかった。


(罵る準備は出来ている 「馬鹿だな」と手を差し伸べる準備はいつでも)


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