かくして迷子は家に帰った | ナノ
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▼ おやつの時間だ

ドーナツ女あらため名字名前の第一印象は、はっきり言って何を考えているのかわからない口の減らない女であった。ヒュースは一度しか会っていないにも関わらず、イライラの種として何度も頭の中で半笑いのあの女の姿を思い出してしまっていた。

「やあヒュースくん。お姉さんがお菓子持って来てあげ……あら、」

「…………っ!」

「うむ? 名前か」

扉を開けた名前が見たものはオセロ盤を囲んだ陽太郎とヒュースの姿。「あら? あらあらあら?」と名前が口元に手をやった。

「どうしたんだいヒュースくん。陽太郎と会議かね?」

「黙ってろ嘘吐き。これが会議に使用するものじゃないというのは聞いたぞ」

ぎろりと座ったまま睨んでくるヒュースに「てことは遊んであげてるんだ。優しいねー」と笑った。それに対しさらにヒュースが馬鹿にしているのかと睨んだ。

「いや、後輩のめんどうをみるのも先輩のつとめだ」

ヒュースがそのことに対し怒る前に、自分が遊んでやっていると思っていた陽太郎がそう言ってしまったため、ヒュースは睨むだけで文句は口に出さなかった。

「それより、いまお菓子と言わなかったか?」

「さすが耳がいいですね先輩。今日はシュークリームですよ」

本日のお菓子のメニューを聞いた陽太郎が「雷神丸、行くぞ!」と彼のカピバラに乗る。ヒュースは陽太郎と遊んだオセロをちまちまと直していた。それを見て、やはり彼は真面目だなと思った。

「随分と気に入られてるね」

気に入らない女からの声にヒュースはじろりと女を嫌そうに見た。

「……あいつは、捕虜という存在をわかっていないんだろう」

ゆったりとした歩みのカピバラに乗り「しゅっぱーつ!」と元気に向かった子供の背中にヒュースがこぼした。

「陽太郎からすれば、捕虜も大事な後輩なんじゃないの」

先ほど後輩だのなんだの言っていたのを思い出しながら言う。ヒュースは陽太郎が出て行った扉をぼんやりと眺めていた。

「あの子いつも任務の時とか一人で寂しかったんだと思う。ヒュースが来て嬉しかったんじゃない?」

「……意外だな。騙している仲間を気にかけるとは」

軽蔑を含んだ言い方だった。名前は軽く笑って気付かないふりをした。

「そう? 私けっこう優しいからなぁ」

「……」

「にしても玉狛って微妙に本部から遠いんだよね。学校からなら近いんだけど。疲れた疲れた」

「……おい」

不機嫌そうにヒュースが名前を睨んだ。名前はなに?と言ってヒュースを見上げた。何故見上げたのかと言えば、彼女がフローリングの上に座り込んだからであった。

「部屋に居座るな。不愉快だ」

「気分なんか聞いてないよ。てかこの部屋暖房も入れないで寒くないの? アフトクラトルってもしかして雪国だったり?」

「ロシアの人って日本を暑いって言うらしいしね」と名前が一人べらべら話す。ヒュースは知らない単語である「ろしあ」に一瞬気を取られたが、すぐに「うるさい、勝手に話すな」と怒った。

「つれないなぁ、同じ爪弾き者同士仲良くやろうよ。あ、またオセロやろうか」

へらりとした女の誘いに「黙ってろ」と冷たくヒュースが切り捨てた。女はケラケラと気にもしてなさそうに笑っていた。

「……大体、俺とお前では種類や立場が全く違うだろ」

「ああ確かに、捕虜と隊員だもんね。でかい顔してんなよ捕虜のくせに」

「そこじゃない」とヒュースが厳しい顔をした。

「お前がこの世界にいるのは、何らかの原因でワープか何かを誤作動させた、もしくはさせられたと考えるのが妥当だ。本国に捨てられた俺とは違う」

ワープ、ね。そんな簡単なもんならいいけど、と名前は溜め息を吐いた。

ヒュースはヒュースで、自分で自分とは違うと言ったくせに少しばかり切迫した表情を見せた。やはり、意図的に置いて行かれたことには気付いているらしい。

「なんで帰りたいの?」

素直に疑問を聞いてみる。彼が置いて行かれた理由は知らないが、彼が国に“邪魔者”と認識されていることに変わりは無かった。国に戻っても、居場所なんてないかもしれない。

ヒュースは少し黙ったのち、「お前には関係ない」と返した。全くもってそのとおりである。名前にはヒュースの事情など知ったことではなかった。

「…………お前は、故郷に帰ってどうするつもりだ」

今度は逆に、ヒュースが聞いてきた。名前は「そうだなぁ」と、言われて初めてどうしたいのかを考えた。帰るという事が目的になっていたので、帰ってどうしたいのかをあまり考えていなかったのだ。

「家族に会いたいかな」

名前が言った言葉に、ヒュースが黙った。名前は「うん、そうだな」とうなずいていた。黙ったのは多分、彼もまた家族のために自国へ帰りたがっていたからであった。

帰る方法も、ましてやここに来た理由もわからないままに家族を探している。ヒュースはこのとき初めて、女の特殊な環境をきちんと認識できた気がした。

「またせたな」

扉が開き会話が中断される。そこには先ほどシュークリームを求めて部屋を去った5歳児の姿があった。

「あれ、陽太郎おやつ食べに行ったんじゃないの?」

「後輩たちのぶんをもらって来た!」

「たち?」

それはつまり、ここにいる陽太郎以外の複数の人間を指していた。名前は自分自身とヒュースを指差して首を傾げる。それに対し陽太郎は深く頷いた。

「……優しい先輩でよかったね後輩」

「……うるさい。お前も後輩だろう」

陽太郎先輩が全員分シュークリームを配る。「ありがとー」と言ってシュークリームを頬張った。中からカスタードがとろりと流れた。ヒュースも陽太郎と名前の食べ方を見て同じように頬張った。

「……っ!!」

「……ヒュース後輩、カスタードをうまいこと処理して食べてよ」

「かすたーどとはなんだ」

頬張ったことによりシューが破れ中身が複数の場所から出始めていたヒュースに名前が言う。ヒュースはクールな表情のわりに焦っているようで陽太郎先輩が「出てしまったカスタードをさきに食え」とアドバイスをしていた。

また別の日、玉狛に来てリビングに来ていたヒュースに会った名前は「カスタード女」というまた別の異名をもらうのだった。


(おやつの時間だ 気に食わないが、おやつに罪はない)
 

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