▼ 目を奪われたわけじゃない
兵士として戦うことが決定した私には説明がされた。とりおんという見えない能力が高かったそうだ。
ここは近界という世界、らしい。まるで知らない単語ばかりで、私はいよいよおかしくなってしまったんじゃないかと思った。
近界には星が点在していて、そこの一つがここであるらしい。やはり何も知らなかった私に、大人たちは「ミデンの民」と言っていた。
移動手段もないこんなところ、どうやって逃げたらいいんだ。この日の夜ばかりは、学校の通信簿で「神経が太く、とても打たれ強い子です」と書かれた私もちょっぴり泣いた。
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三輪が名字名前を初めて見たのは、C級のブースだった。
入隊時から噂になる程度の実力だったため、名前は知っていた。自分と同じ万能手ということもあり、ランク戦で見かけることもあった。
彼女は、毎日ひたすらにランク戦を行っていた。周りの人間が彼女と戦うのを嫌がるほどに、彼女は貪欲にポイントを重ねていった。
彼女の戦いには派手さが無い。そう誰かが言ったことがある。実にわかりやすい形容だと思った。
新しく入隊した者で、特に才能がある者でよくある「技を見せたい」という欲が彼女にはなかったのだと思う。ただ静かに、相手を確実に仕留めるための戦い。新隊員からすればそれは、異質なものだったのだろう。
綺麗に倒すものだなと思った。鮮やかなまでの戦闘に、気付けば三輪はモニターに映る彼女に見入っていた。
ちゃんと面と向かって彼女を見たのは、彼女が太刀川隊に入隊してからのことだった。
「初めまして三輪くん。名字名前です」
にこやかに手を差しだしてきた彼女は何故か自分の名前を知っていた。太刀川から話は聞いていたのだろう。
本部で暮らしていることから、家族や家もないようだった。おそらく、自分と同じように近界民にやられたんだろうと予想はつく。三輪も「初めまして」と丁寧に挨拶をした。
へらりと笑った顔がモニターで見た時よりも優し気で、少しだけ驚いた。
▽▼▽
そんな見入ってしまうほどの実力のあったあの隊員が、面倒で実に鬱陶しい先輩であったことを、三輪は予想していなかった。
「それでさぁ、やっぱ玉狛が勝つには二宮さんがどうにも邪魔なわけよ。やっぱあれだね、加古さんにお願いして前日に炒飯の差し入れしてもらったほうがいいね」
「……」
「三輪くん食べたことある? 加古さんの炒飯は黒トリガーにも勝るとも劣らないからね、興味本位で手を出しちゃだめよ」
「……おい」
「なんでしょう」とへらっと首を傾げた名前を三輪が横目に見た。彼女は本部で三輪を見つけてからとことこと着いてきながらこうして一方的に話しかけていた。
「いつまで着いて来るつもりだ」
「防衛任務まで。どうせ一緒じゃん」
本日の防衛任務は、先日の大規模侵攻から防衛の規模が拡大されS級にもよくシフトが回って来るようになったため三輪隊と名前が担当であった。
どうせ彼はこれから作戦室に向かい隊員たちと任務に当たるのだ。ならば、後から合流するのだから自分が着いて行っても問題はないだろうと名前が三輪に言った。その通りであったため三輪は渋い顔をしただけでまた歩みを進めた。
「今回は一番玉狛が狙われるだろうしね。先輩としては心配だよ」
「……お前は別に、玉狛じゃないだろう」
「いやまあそうなんだけど。気持ち的な問題でね」
「三雲くんは少し練習付き合ったこともあるし」と続けられた言葉に、三輪は先日から度々話に聞く隊員を思い出した。
近界民を引き連れて隊を組んでいる、そのわりには弱い隊員であった。三輪は彼を含め、玉狛の隊員を良しとは思っていなかった。
「……勝てないだろうな」
「あちゃー、やっぱそう思う?」
そのことを無視しても、やはり玉狛第二に勝機は見えないと三輪は思った。かつて同じ隊だったことから二宮や東の実力はよくわかっていた。それ以外の隊員たちも、少なくとも三雲よりは強いと思ったからだ。
「地形を選べないからな。そうなると実力差がもろに出る」
「東隊がどこを選ぶかだよね。前回の那須隊のこともあるし天候も意識にいれないと」
「そうだな。東さんなら堅実な場所を選ぶだろうが小荒井なら…………」
はっとした。何故自分が玉狛第二の作戦について考えなければならないのだ。また彼女のペースに乗せられていたと気付き三輪は口を閉ざした。
「小荒井くんなら?」
「…………」
「小荒井くんならどうするんですか三輪さん」
「……お前とは話さない」
「また意固地三輪くんになっちゃったよ」と名前が溜め息を吐いた。それにまた返事を返しそうになって三輪は更にぎゅっと口を閉ざした。その顔が面白かったのか名前がげらげらと笑った。
(目を奪われたわけじゃない 無神経に笑うあんたが嫌いなだけだ)
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