かくして迷子は家に帰った | ナノ
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▼ 昨日は少しだけ透明だった







攻めてきた戦闘員を倒した。手際が良いと、戦闘の時だけは褒めて貰えた。数年の月日が経って、自分は本拠地の防衛任務を担当する位置づけになっていた。

侵入してきた敵船の撤退が伝えられ、こちらも戦闘を終えた。そのはずなのに、残ったトリオン兵の後始末をしていた私は、物陰に人の姿を見た。

トリガーのような光が見えて、まだ撤退を知らない兵士がいるのかと思い、作戦は終了したと声を掛けようとした。だがそこに見えた景色に、言葉を失った。


「なん、で、」


口に出た言葉が全てだった。なんで、どうして。死ぬことはないと、言ったじゃないか。この戦争で死人は出ないのだと、確かにそう言っていた、のに。なんで目の前の男は、赤黒い血を流しているのだ。

「こいつは、私の妻を殺したんだ」そう言って自分と同じく兵士だった男が「死なない体」でなくなった男をトリガーで刺した。もう抵抗力も無く、武器だって持っていない相手を。

殺したんだというのはどういうことだ。これは、死なない戦争じゃなかったのか。言葉は乾いた喉に張り付いて出てこない。ただ、かすれたひゅーひゅーという声がして、それが自分の呼吸音なのか、死にかけている男の声なのかはわからなかった。

人を殺すのはいけないことだ。そんなこと、誰だって知っている。人を殺すのは犯罪で、悪いことで。牢屋に入れられて、



あ、



そんなもの、自分がいた場所だけの話じゃないか。ここは私の知っている世界じゃなくて、ここでは私の普通は通用しなくって。ここは、人を殺してもいい場所なのだと。

気付いた瞬間、気持ち悪くなった。全身の感覚が麻痺したみたいに動かなくなって、でも確かに目は目の前の惨劇を伝えて、鼻は鉄に似た生臭さを伝えていた。せり上がってくるものを手で押さえながら、どこでもなく、その場から逃げるように走った。

気持ち悪い。敵も、あいつらも。こんな人を殺せる力を振るっていた私も。こんな怖い力をまるで正義のために振るっている気になっていた自分が、たまらなく気持ち悪かった。

「う、ぐぇ」

胃がひっくり返されたかのように、液体がびしゃっと地面に落ちた。







「絵馬くんに春が来た? なんでそんな面白いこと黙ってたの」

学校にて、名前は当真から聞いた話に面白いネタを掴んだと言いたげに嬉しそうに笑った。現在は授業中だったが、配布されたプリントを班で話したりしながら埋めていくという作業だったため、教室はおしゃべり無法地帯状態であった。

「雨取ちゃんかー。相変わらず趣味が合うね、絵馬くんとは」

「お前、鳩原のときも趣味が良いって言ってたもんな」と当真が言った。絵馬とは、名前の後輩にあたる影浦隊の狙撃手だ。絵馬が鳩原に弟子入りをしたとき、名前は鳩原に目を付けるとはやるじゃないか、と絵馬を褒めていた。

「後輩たちが仲良くなっていくのを見るのは楽しいものですな」

「どうした、なんかばばくせーな」

「もうあの中じゃおばあちゃんの方ですよ。言っとくけど当真もとっくにおじいちゃんのほうだからね」

「俺が爺さんだったら隊長どうすんだよ」

「冬島さんは仙人かな」

「あんな機械いじりばっかする仙人嫌だな」

「確かに」と名前が笑って項目に目を通した。一応この授業中にプリントを埋めなければならないため、会話の途中で適当にさらさらとシャーペンを走らせた。

プリントの題は、卒業にむけての振り返りとこれからについて。こういった授業があると、いよいよ本当に卒業するのだなと言う気持ちになった。

これまでの学校行事について、現在の友人関係について、進路について。走っていたシャーペンが、とある項目で立ち止まった。

「……」

今あなたが悩んでいる事・解決すべき事。名前はその項目に一人の青年を思い出しながら、「勉強が面倒くさい」と適当な文字で欄を埋めた。

目下で名前の解決すべき事は、ヒュースの一件であった。彼から情報を聞き出す、そしてお目当ての人物の顔を教えて貰うためには名前は彼のアフトクラトルへの道を用意してやらねばならなかった。

名前は最初にヒュースに言った通り、「遠征に混ぜて貰う」という方向で頭を働かせていた。それがやっぱりいま思いつく中で一番現実的な安全策だった。ただ、その方向で進めるには一つの問題があった。

それは、名前が直接交渉が出来ない事。上層部たちに直接交渉を持ち掛けるには、城戸という邪魔な存在がいた。

近界民嫌いで有名な彼は元々自分のことを良くは思っていない。下手に名前がヒュースを庇う発言をしたほうが裏があるのではと疑われる可能性は高かった。

せめて私が近界民じゃないことを信じてもらえればいくらかマシなんけど。名前はありもしない可能性に心の中で苦笑した。そうなれば、近界民と思われているときよりは話を聞いてくれる気がする。怪しさはもっと増すけれど。

そういうわけで、名前がヒュースについてできることは根回しのみだ。直接交渉が出来ない以上は、なんとか裏で動いて“ヒュースを連れて行こうと上層部が言い出す”方向に持って行かなければならない。

なかなかに骨が折れるな。名前がふうと息を吐くと、当真が「どうした?」と首を傾げた。

「勉強面倒くさいなって」

プリントに書いた文字を指して言うと、「俺も同じこと書いたわ」と当真がプリントを見せてへらっと笑った。


(昨日は少しだけ透明だった 明日はきっと濁っているだろう)

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