よみもの



子供の特権






 どんなスポーツでも器用にこなし、運動神経が人並みはずれていいフェイレイは、いつもどこかの部の助っ人としてかりだされていた。

 故に、彼は帰宅部だった。どこかの部に定着すると、それぞれの部長たちが争いを始めるためである。

 中等部の頃から運動神経が良いことで有名だったために、すべての運動部から狙われていたフェイレイは、高等部に入学早々各運動部部長たちに追い掛け回され、その後部長たちの間で『フェイレイ=グリフィノー争奪戦』が勝手に繰り広げられ、幾人もの血が流れたとかなんとか、嘘か真か分からない噂まで流れた。

 その争いを収めるために、均等に助っ人として参加しているのだった。



 今日もその助っ人で、テニス部の試合にかりだされていた。

 本当はリディルに応援に来てもらえれば実力の2倍も3倍も発揮出来そうなのだが(それでなくとも十分に部に貢献してはいたが)、炎天下の下に長時間立たせておくのが心配なので、あまり応援に来てもらったことはない。



「ただいまー」

 スポーツバッグを背負いながら部屋のドアを開けると、玄関に見覚えのある、白いリボンのついた小さなサンダルが綺麗に並べて置いてあった。

「あれ? リディル、来てるの?」

 ウキウキしながらひょい、と部屋の中を覗いた瞬間。

 フェイレイは固まった。

「おかえり」

 静かな声でそう返すリディルの膝の上には、ヴァンガードの頭が乗っていた。しかも頭ナデナデされながら。

「え、な、なん、なん、で」

 思い切り動揺して訊ねると、リディルはヴァンガードに目を落とした。

「勉強してたら、寝ちゃったの」

 折りたたみ式のローテーブルの上には、確かに教科書、参考書が積み重なっていた。

 最近ヴァンガードがリディルに勉強を教えてもらっているのは知っていたが、こんな風に膝枕までしてやる仲になっていたとは。

(なんて羨ましい〜!)

「じゃ、なくて」

 自分の心の声に突っ込みを入れ、シューズを脱ぎ捨てて部屋に上がる。

「あのさ」

 何だか幸せそうにも見えるヴァンガードの寝顔に、ちょっぴり嫉妬しながら話しかける。

「うん?」

「えーと。……俺がいないときに、男子寮に来るのは、どう、なのかな」

「どう?」

「えーと……つまり」




(ヤキモチですか)

 狸寝入りしていたヴァンガードは、心の中でクスリと笑った。

 リディルは人嫌いで、滅多に他人とは関わらない。だが、ヴァンガードに対しては違った。フェイレイのルームメイトであることと、彼がまだ子供だということが、リディルから警戒心を取り払っていた。

 ヴァンガードはそこを利用しているのだ。

 子供だからこそ、こうして2人きりで部屋にいることにも警戒されないし、膝枕だってしてもらえる。

 5歳なんて大した年の差ではい。あと3年もすればこの立場も逆転させられる。だから今は子供の立場を最大限に利用させてもらおう。

 ヴァンガードはそう思っていた。




「つまり。男と2人で部屋にいるのは、危険だってこと!」

 フェイレイは思い切って言ってみた。

 しかしリディルはきょとん、と目を丸くした後。

「ヴァンは、まだ子供だよ?」

「いや、そうかもしれないけど」

「まだかわいいもの」

 と、リディルはヴァンガードの頭を優しく撫でた。それを見てフェイレイは少し頬を膨らませる。

「……お姉さんにでもなった気分?」

 リディルは少しだけ考えて。

「んー。……お母さん、みたいな感じ?」



(お母さん!?)



 フェイレイ、ヴァンガード、双方頭にクエスチョンマークを浮かべた。

 さすがにそれは予想外の回答だった。

「かわいいよね」

 どうやら彼女はヴァンガードに対して、母性本能をくすぐられまくっているらしい。ちょっと度を越すくらいに。

(いや、確かに、確かに、最近は甘えてましたけど! 大好きなお姉さんに頼る感じで!)

 だが、しかし。


『お姉さん』ではなく、『お母さん』。


 優しく頭を撫でてくれるその手は、とても気持ちよかったけれど。

 少しだけ哀しいヴァンガードだった。


(負けませんよー!)







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