よみもの



ドキドキ映画鑑賞






「皆さん、一緒に映画でも観ましょうよ」

 そう言ってローズマリーが男子寮にあるフェイレイたちの部屋のドアをノックしたのは、夕飯を食べ終えた8時過ぎだった。

 ローズマリーの隣には何故かリディルもいて、夕飯の後だからか、少しだけ眠そうな顔をしている。

 フェイレイはリディルに微笑みかけてから、ローズマリーに話しかけた。

「いいですけど……。先生、こんな時間に遊んでて大丈夫なんですか?」

「いいの。ダーリンが出張中で暇なのですもの。貴方たちも夏休みで暇をもてあましているのでしょう?」

 そう言い、ローズマリーは「お邪魔します」と部屋の中へ入っていく。フェイレイは頭をかきながらそれを見送ると、リディルを振り返った。

「リディルは大丈夫なの?」

 寮の門限は9時である。それに彼女は眠そうだった。連日続いている暑さのせいかもしれない。寮の中は空調が効いているけれど。

「映画観終わったら、実家に行くことになったの。先生、ひとりじゃ寂しいって」

 ローズマリーはリディルの兄の妻。つまり、彼女たちは義理の姉妹なのだった。

「そうなんだ。じゃ、どうぞ」

 にこりと微笑んで、ドアを体で押しやる。リディルはコクリと頷いて、部屋に入っていった。

 10畳ほどのワンルームに、ふたつの机と二段ベッド、簡易キッチン、バストイレがついている部屋は、ルームメイトのヴァンガードが綺麗好きなおかげで、常に片付けられていた。

 これがフェイレイの一人部屋だったら、すぐには上げられなかったに違いない。


 客人が来たと知ったヴァンガードは、さっそくキッチンでお茶を淹れ、女性たちに差し出した。

「どうぞ」

 12歳という年齢を感じさせない大人びた微笑で、ヴァンガードはリディルにお茶を差し出す。

「ありがとう」

 冷たい琥珀色の液体の入ったグラスを受け取り、リディルは僅かに微笑む。

 あまり他人と打ち解けないリディルだが、ヴァンガードがまだ幼さを残した子供だからなのか、彼には気を許しているようだった。

 それは幼馴染としては嬉しいことなのだけれども、彼女を想う身としては少し複雑だ。

 年下とはいえ、相手は“男”なのだから。


 映画鑑賞をするということで、テレビの正面にクッションを並べ、そこに腰掛ける。

「で、先生、何持ってきたの?」

「ふふふ、観てのお楽しみ、よ」

「ふーん?」

 楽しげなローズマリーに適当に相槌を打ちながら、ディスクを受け取り、プレイヤーに押し込む。

「お部屋は暗くしましょうか」

 リモコンで電気を消すと、テレビの明かりが煌々と4人を照らし出した。

 ちなみに、左からフェイレイ、リディル、ヴァンガード、ローズマリーの順番で座っていた。無意識下でのリディルの隣をゲットだぜ争奪戦があったようだ。

 ふっと画面が暗くなり、部屋の中も真っ暗になる。

 静かな──不気味な音楽とともに、クレジットが流れ出した。

 そして。

 バアアアーン、といきなり衝撃音が鳴り、青白い顔色をした女性が目玉が飛び出しそうなほど瞼を上げ、絶叫しているような口の形で絶命している顔が、画面いっぱいに映し出された。

 リディルとヴァンガードが、ビクリと肩を揺らす。

「……ホラー?」

 フェイレイが呟くと、ローズマリーは楽しそうに笑った。

「ええ! 夏といえばやっぱり、でしょう?」

「まーね〜」

「楽しみだわ〜。観客の半分は怖さのあまり泣き出すんですって〜」

 ワクワクしながら、ローズマリーは画面を食い入るように眺める。

 その横にいるヴァンガードは、立ち上がって部屋を出て行きたい衝動に駆られていた。ホラーは少し苦手なのだ。もし悲鳴でも上げて、リディルに「なんて頼りない男だろう」なんて思われてしまったら。

 チラ、と彼女を見ると、まったく平然とした顔をしているものだから、ヴァンガードは立ち上がることが出来なかった。

 ここで逃げたら男じゃない。

 固く口を引き結び、絶対声を上げたりしないぞ、と歯を食いしばった。

 しかしそのリディルは。

 無表情に見えながらも、ヴァンガードと同じくホラーは苦手で。隣にいるフェイレイのシャツの裾を、気付かれないようにそっと掴んだ。

 そんな状態でストーリーは進行する。

 冒頭で、近づいてはいけないと言われる沼に偶然やってきた若い男女のグループが、そこに住み着いていた恐ろしい殺人鬼に次々に襲われていく。

 その殺人鬼を追うことになる、若い女性警察官が主人公の物語だったのだが。

 どうやらその殺人鬼は“この世”の者ではないらしい、というところから、どんどん恐怖心を煽られる音楽や映像になっていく。

 主人公は知らないうちにどんどん追い詰められていき、そして……。


(馬鹿! そっちに行ったらやられる! 逃げろ! 逃げろってば!)

 怖がるどころか、主人公の無事を祈り、必死に応援するフェイレイと、

(……くる。くる)

 フェイレイのシャツをギュっと掴んで、身構えるリディルと、

(うわああ、この音楽の盛り上がり方、絶対この後だ。でも目を逸らしたら負けだー!)

 恐怖心に打ち勝とうと、必死に目を見開くヴァンガードと、

(どきどき、どきどき)

 少女のように目を輝かせながら、この後の悲劇を期待するローズマリーの、対照的な4人は。

 携帯電話の着信音が鳴り、非通知着信に首を傾げながらも通話ボタンを押す主人公に、目が釘付けになっていた。


『もしもし?』

 主人公が、そっと囁く。

 電話の向こうからは、ザーザーと、雨のような、砂嵐のような音が微かに聞こえた。その中に混じり、微かに……人の声が。



 お前の、後ろだ



 バッと振り返る主人公。

 リディルとヴァンガードが来る恐怖に身を硬くする。

 しかし、主人公の後ろには誰もいなかった。ほっと胸を撫で下ろす主人公に、リディルとヴァンガードもほっとする。そしてローズマリーはガッカリする。

 と、安心しきったそのとき。

 主人公が前を向いた瞬間に、目の前にオープニングで出てきた青白い顔の女が、ニタリと笑いながら立っていた。


「うわああああああ!」


 そう真っ先に叫んだのは、意外にもフェイレイだった。

 怖かった、というよりは、純粋に驚いただけらしいが。

 しかしその馬鹿デカい声は、主人公と同じく青白い女の登場によってすでに飛び上がっていたリディルとヴァンガードの心臓を、更に突き刺した。

「び、ビックリするじゃないですか!」

 驚いたのをフェイレイのせいにして、ヴァンガードは少し怒ってみせる。

「あ、ごめん」

 とヴァンガードを見て、俯き加減でいるリディルが視界に入った。

「……リディル?」

 フェイレイの呼びかけに、少しだけ恨みがましいような目で見上げるリディルが、涙目になっていることに気付いた。

「……あれ、もしかして、怖かった? ホラー、苦手だっけ?」

 リディルは唇を噛みしめながら、コクリと頷いた。

「あー、ごめん、そっか……」

 フェイレイはやっと、リディルが自分のシャツの裾を掴んでいることに気付いた。

「怖いなら、観るのやめる?」

 とローズマリーを見ると、今度はそっちが恨みがましい顔をしたので。

「部屋に帰る?」

 そう聞くと、ふるふると首を振った。

「……ユキちゃん、家に帰ってるから、一人……」

 どうやらルームメイトの子がいないらしい。確かにホラー映画を観た後で、一人で部屋に帰るのは怖いだろう。

「……じゃ、抱っこ、する?」

 少し照れながらそう聞いてみると、リディルがコクリと頷いたので。

 少し足を広げて、ここにおいで、と床の上をトントンと叩いた。

 リディルは立ち上がり、そろそろとフェイレイの足の間に座り込む。ちょうどそのとき、スピーカーから大音響が飛び出した。それに驚いたリディルは、フェイレイの首にぎゅっとしがみついた。

「う、うえええっ!?」

 フェイレイ、動揺。

 そしてヴァンガードも動揺。

(ちょ、何、幼馴染の特権使ってんですかこの人──!!)

 と、羨ましげにフェイレイとリディルを見つめる。

 こんなことなら素直に怖がって、『子供の特権』でも駆使して抱きついておけば良かった。そう後悔するヴァンガードであった。

「あら、ヴァンくん。今が良いところですのよ。よそ見しないで、しっかり見ましょうね」

 ヴァンガードはローズマリーにがしっと頭を掴まれ、フェイレイたちへ向けていた視線を強制的にテレビ画面へと移されるた。

 ローズマリーの言うとおり、物語はクライマックス。最高に怖いものが、畳み掛けるように襲い掛かってきた。


「ぎゃ──!!!!」



「……あら? ヴァンくん? ヴァンくーん?」

 ローズマリーがヴァンガードの目の前でヒラヒラ手を振ってみたが、ヴァンガードはすっかり魂を飛ばしてしまっていた。

「まあ、怖がりさんでしたのね。それは申し訳なかったわ」

 そう言うとローズマリーはヴァンガードを肩に背負い、梯子を上って二段ベッドの上にヴァンガードを転がした。

「朝までぐっすりお休みなさーい」

 ニコニコ笑顔で手を振ると、ローズマリーの携帯が鳴り出した。

 それにビクリと肩を震わし、ますますフェイレイにしがみつくリディル。

「はい? ……いやん、ダーリン! ええ……ええ、そうなの? 嬉しいっ! じゃあ今すぐ帰りますわ。待っててね」

 ローズマリーは相当ご機嫌な様子で梯子を下りると、

「ダーリンが急に帰って来られることになりましたの。私、家に帰りますね」

「え、ちょっと先生! リディルは!」

 リディルも顔を上げ、ローズマリーを振り返るが、まだ終わっていないホラー映画の映像が目に入り、またフェイレイにしがみついた。

 ローズマリーは困った様子のフェイレイと、それにしっかりしがみついているリディルを見下ろし……ニタリ、と笑った。

「リディルさんを一人にするのはかわいそうですわね。フェイレイくん、後はお願いね」

「ええっ!?」

「大丈夫よ。何が起こっても、ダーリンには内緒にしていてあげますから」

「何が起こるっていうんですか!」

「分かってるクセに」

 くふふ、とローズマリーは口元を隠して笑う。

「私は貴方たちの味方ですからね。うふふふふふふふ」

「いや、ちょっと、マジで勘弁して。マズいから。ホントに」

 フェイレイの必死のお願いもローズマリーは軽く笑顔でかわし、軽い足取りで帰っていった。

「せ、先生〜!」

 パタン、と扉が閉じられると、辺りは一気に静かになった。


 いつもなら、寄り添っていても何でもないはずの2人であったが。

 こんな暗闇で、しかも密着した状態は幼い頃以来で。

 子供とも大人とも言えない、微妙なお年頃のボクらはどうしたらいいんだろう、状態になった。

 こういうときにヴァンガードがいてくれればそんな空気にならずに済むものを。彼はもう、夢の中だ。


 静かにおどろおどろしいエンディングが流れていたのが終わり、ディスクが軽い音を立てて止まる。

 部屋の中は本当に真っ暗になった。

 心臓の音までも聞こえてしまいそうな、静かな空間だ。

 しがみついているリディルからは、甘い花の香りがする。

 訊ねてきた時間からして、恐らくお風呂に入ってきたのだろうが……。そんなことを想像すると、ますます危ない。

 床の上に投げ出されていた手が勝手に持ち上がり、リディルの背中にそっと触れる……その直前で。

 リディルがするりと首から手を解き、フェイレイから離れた。

(あれ、身の危険感じちゃった?)

 それはそれで、良かったような、残念なような。ちょっと複雑な心境だ。


「……帰るね」

 リディルはそう小さく呟いた。

「え、帰る? ……平気?」

 フェイレイの問いかけに、リディルは俯きながら頷いた。

「……ホントに平気?」

 顔を覗き込もうとすると、リディルはチラリ、と視線だけ上げた。

「だって、迷惑……でしょ?」

 ローズマリーとのやり取りを聞いていたリディルは、そう思ったのだ。

 けれど、やはり怖いものは怖いので。フェイレイを見つめる瞳が、少し切なげになってしまったかもしれない。暗闇の中でも光る、涙を浮かべた目でフェイレイを見つめる。

 フェイレイはグラリと傾きかけた理性を何とか保ち、ブンブンと首を振った。

「全然、迷惑なんかじゃないって! いや、さっき先生に言ったのは、リディル1人で帰すのはかわいそうなのに、先生、帰っちゃうなんて言うから……その」

 ジッと自分を見つめてくる頼りなげな瞳にドキドキしつつ、リディルの手をそっと握った。

「迷惑じゃないから、いいよ、ここにいて。……手、冷たいな。そんなに怖かった?」

 ふっと笑みを見せると、リディルも少し安心したように体から力を抜いた。

「怖かった」

 そう言い、再びフェイレイにピタリと寄り添った。すり、と胸に頬を寄せて、そのまま動かなくなる。

「……リディル?」

「ごめん、眠いの」

「え?」

「フェイ、あったかいから……」

 しばらくすると、聞こえてくる小さな寝息。

「ええ〜……」

 何だか拍子抜けだが、そういえば、リディルはここに来たときから眠そうだったのだ。体の弱い彼女は、日中の暑さで疲れたのだろう。

「……そうやって、無防備にしてないでよ」

 それだけ、信用されているのか。

 それとも、男として見られていないのか。リディルにとっては安全圏な男なのか。

 ハア、とひとつ溜息をついて。

 すうすうと寝息をたてる彼女を、両腕で優しく包み込み、そっと髪に唇を落とした。

「油断してると、そのうち、襲っちゃうからな」

 出来もしないことを呟いてみても、何だか空しくなるばかり。

 空しさを埋めるようにリディルを強めに抱きしめると、壁に背を預けてフェイレイも眠りに付いた。






 そして翌日。

 目を覚ましたヴァンガードは、下の床で寄り添いながら転がる2人を発見し、

「子供の特権、使ってやる〜!」

 と、決意したのだとか、なんとか。







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