よみもの
お兄様と一緒
その部屋は、なんというか、まあ。
簡単に言ってみれば、『ピンクの部屋』だった。
フリルのついたピンクのカーテン。下半分ピンクの花柄、上半分白の壁。毛の長いピンクの絨毯。ソファにはハートのピンクのクッションがふたつ。白い飾り棚の上には、ピンクの衣装を着たビスクドールがずらり。
そして、目の前に。
「はい、ダーリン。あーん」
フォークにケーキを刺して、『ダーリン』の口へと運ぶローズマリーと、
「あーん」
素直に口を開けてそれを食べる『ダーリン』という、ピンクな雰囲気の2人。
「おいしいよ、ローズ」
「まあ、ホント? ダーリンのために頑張って作りましたのよ」
「そうか。それは嬉しいな」
見目麗しく、優しい紫暗の瞳を細めて笑うダーリンに、ローズマリーは頬を染める。
そんな光景を口を半開きにして見守っているフェイレイの様子にやっと気付いたローズマリーは、ほほほ、と笑って、
「さあ、フェイレイくんも召し上がれ」
と声をかけて、またダーリンにケーキを食べさせた。
今日はリディルが実家に遊びに行くというので、寮から20分ほど歩いたところにある白亜の大豪邸まで送ってきたのだが。
まさか、邪魔者がいるとは。
「時にフェイレイくん」
いきなり『邪魔者』、ダーリンに声をかけられ、フェイレイはしゃきっと背筋を伸ばした。
「はい、『お兄様』」
「いつ私が君の『お兄様』になったんだい?」
にこにこと優しい微笑みと、柔らかな口調で言う『お兄様』だが、その額には青筋が浮かび上がっていた。
それに気付いたローズマリーは「あらあら」と呟き、クスクス笑いながら席を立って、裏のキッチンへと姿を消した。
途端にお兄様の顔から笑みが消える。不機嫌そうに足を組み、藍色の髪をかき上げてフェイレイを蔑むような目で睨めつける。
(キター!)
フェイレイは顔を引きつらせた。
彼は普段、聖人君子のような柔らかな光を放つ、素敵なお兄様であり旦那様であり学園理事長であるのだが、何故かフェイレイと2人きりになると、この鬼畜な顔を見せる。
「お前、まだウチのかわいい妹にちょっかい出しているのか?」
穏やかだった声のトーンが一段も二段も低くなり、口調さえ変わる。まるで別人だ。
「ちょっかいじゃありません。愛しているんです」
「よくもぬけぬけとそんなことを。お前は昔から、よく意味も知らずおかしなことを言う」
お兄様はちょっと昔を思い出した。
フェイレイとリディルは親が同じ学園関係者のうえ、家が隣同士の幼馴染。そんな2人が仲良くなるのは、ごく自然なことだった。
これはフェイレイとリディルが6歳、お兄様が14歳のときの一場面。
「リディル〜! 俺ね、きのう、テレビで観たんだけど!」
広い庭で遊んでいたリディルの元に、フェイレイが隣から柵を乗り越えてやってきた。
「なーに?」
「だれかの『およめさん』になると、すごくしあわせになるんだって〜!」
「ふうん?」
「だから俺、リディルの『およめさん』になる〜!」
「ふうん。いいよ、べつにー」
バキッ、とお兄様の持っていた銀製のフォークが折れた。
「……ああ、そんなこと、言いましたね」
フェイレイは昔の無邪気な勘違いを思い出し、ちょっとだけ恥ずかしそうに視線を斜め下に落とした。
「そう、お前は意味も知らず、恐ろしいことを言うんだ。そんなお馬鹿なお前が、私のリディルに近づくことは我慢ならん」
『私のリディル』ってどんだけシスコンだよ、とフェイレイは突っ込みを入れたくなった。
まあ、あんなにかわいい妹がいたら、自分もシスコンになるのかもしれないと思うと、少しだけお兄様の気持ちも理解出来るが。
「分かりました」
このシスコン兄貴は、フェイレイの夢見るしあわせな未来に立ちはだかる、最大の壁だ。今のうちに乗り越えておこうと立ち上がる。
「言い直します」
グッと拳を握り締め、すうっと息を吸い込んだ。
「俺が、リディルを嫁に貰います!」
「二度とこの家の敷居を跨ぐなー!」
ガタン、とお兄様もソファから立ち上がり、怒鳴りつけた。
お茶をトレイに乗せてリビングに運ぼうとしていたリディルは、食器棚の影からリビングを覗き込む義姉の姿を目にした。
「……何してるんですか、先生」
「あら、リディルさん。うふふ、面白いからお茶はもう少し待っていてね?」
「面白い?」
リディルもひょい、とリビングを覗き込むと。男たちが大声で何かわめき散らしながら喧嘩しているようだった。
「……また」
リディルは溜息をついた。
どうやら、この2人の熱いバトルは今に始まったことではないらしい……。
bkm
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