04
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「……お前がそんなことしたらあいつは哀しむんじゃないのか。あいつにとってお前は大事な"弟"だろ」
「っ……るさいっ! そんなことわかってるっ!!」
「本当に? こんなことしたって、なにもならない。あいつはお前には絶対に手を出さない」
以前、居酒屋でネイトと話したときのことを思い出した。
あいつは妄想の中でさえリュートに手を出すことができないと言っていた。
傷つけられ心を閉ざし、そしてネイトしか信じられなくなったリュートを―――手に入れたい、と。
そんな妄想をする、と。
あいつの中でリュートは愛する存在。
だけど妄想の中でも一線を越えることができない。
それだけの"禁忌"なのか。
俺にはわからない兄弟の絆。その深淵にあるもの。
想像でさえ許さない兄弟の関係を壊すことを、現実にネイトがするはずがない。
そう思ったから、そう言った。
それだけお前が大切なのだろうと。
けど―――。
「うるさい!!!」
言葉が必ずしも俺の意図通り相手に伝わる、なんてことはなく。
悪い方向にとったのだとリュートの眼の色が変わったのを見て気づいた瞬間、頬に強い痛みが走った。
「ッ!!」
それが思いっきり殴られたのだと熱く痛む頬に理解する。
力なんかなさそうなのに意外にもかなり痛くて眉を寄せた。
「……リュ……」
いきなり殴るな、とも思ったし、落ちつけ、とも言おうかと思った。
拘束されたままだから押さえることができない頬の痛みをジクジク感じながらリュートに視線を戻し、かける言葉を失った。
「……っ……ぁ」
俺を殴った拳をガタガタと震わせ、今にも泣きそうな、殴った側のはずなのに殴られたような傷ついた表情をしているリュート。
血の気の失せた蒼白な顔は、俺と目が合いそうになった寸前で伏せられた。
「……」
「……ご………め……ん」
さっきまでの勢いは消え失せ、呟かれた言葉は小さすぎて震えすぎてて微かに聞きとれるくらいのものだ。
ごめん、とまた掠れた声が落ち、そしてまた沈黙も落ちた。
へたり込んだ華奢な身体が震えてる。
泣いているような気がした。
俺の頬はいまだに痛みを発しているけれど、リュートのほうが痛そうで戸惑う。
ごめん、と俺が言うべきなんだろうかと迷いさえした。
泣いているかもしれない、が、泣いているとはっきりわかったのは俺の脚に落ちてきた雫のせい。
「……リュート」
「……俺……には」
どうすればいいのかわからないまま呼びかければ、小さな呟きが返ってくる。
その言葉の続きを静かに待つ。
リュートがここへきてどれほどの時間が経ったのかわからない。
それよりも短い時間ではあるけれど、再びリュートが口を開くまでには時間がかかった。
「俺には……兄さんしか……いない」
「……守は?」
躊躇った後に問えば、ぴくりと肩を揺らし黙りこんだ。
こいつは守に特別な好意を抱いていたはずだ。
守もリュートに対して……。
そう考え、自分が友情を選択したのにそれでも胸が痛み、自嘲の吐息が胸の内で落ちる。
意識をリュートへと戻し様子をうかがっていると、またしばらくして小さな声が言葉を紡ぎ出した。
「……あいつは……いいヤツだ。あいつのことは……」
俯いているからその表情を知ることはできないけれど、微かに視界に入る口元が何度も開きかけては閉じるを繰り返す。
「……好きじゃないのか」
「……」
「……」
「……兄さんは、俺が怖いのは……お前と兄さんが親しくなるのじゃなくて……、俺自身が守と親しくなるのが……怖いんだって言ってた……。た、たしかにっ……俺は……」
―――守に惹かれてる。
消え入りそうな声はそのまま明るい室内に静かに消える。
一歩踏み出すことが、距離を縮めることが怖いと思うのは誰でもあることだ。
だけど、守は、守なら大丈夫だ、と安易に告げることはできないが、それでもこうして震えているリュートにそう言ってやりたいと思った。
"だけど"、
「"だけど"」
それでも―――。

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