07


希望の部署じゃなくても仕事は毎日ある。
智紀さんと話して少しだけ前向きに考えれるようになった。
新入社員の俺は覚えることがたくさんで日々があっという間で、先のことはわからないけどいまは目の前の仕事をこなしていくので精いっぱいだ。
それでも休みはちゃんとあるし、帰りもそんなに遅くはない。
疲れながらも平日たまに智紀さんとごはんを食べにいったり、週末になればいつものように会って一緒に過ごすというのは変わらなかった。
会えば仕事の話や他愛ない話をして、セックスをして。
智紀さんはいつもと変わらずで、俺は仕事のことでいっぱいで、だから―――。
だから、俺は。


***


【ごめん。ちょっと店に立ち寄ることになったんだ。ちーくん、よかったら店のほうに来ない? 食事に行こうと思っていたところがわりと近いから】

智紀さんからメールが来たのは7時を過ぎたころだった。
俺は会社を出たばかりで、そのメールを眺めて了解の返信をする。
智紀さんの言う店っていうのは、智紀さんが経営しているワインバーだ。
輸入しているワインを直接販売していて店の一角が立ち飲みのワインバーになっている。
会社を経営してるのは知っていたけど店も持っているというのを知ったのは出会ってしばらくしてからでかなり驚いた。
俺が智紀さんの歳になったとき―――絶対平社員だなって自信ある。
純粋にスゴイよなって感心する。
変わってる人だけど。言うと調子に乗るから絶対言わないけど。
あとエロすぎるし。
なんてことを考えながら、智紀さんの店についた。

店の手前がショップで奥がバーだ。
智紀さんはショップのほうにいて男性ふたりと喋っていた。
仕事というよりプライベートな感じで楽しそうに笑っている。
知り合いなのかもしれない。
俺は店に入ったほうがいいんだろうか。でも邪魔しちゃ悪いしな。
でも、メールで来るように誘ってきたってことは入ったほうが―――と店先で悩んでたら不意に目があった。
智紀さんが店内から俺に笑顔を向けて手招きする。
仕方なく店内へと入ることにした。

「こんばんは。奥で待ってていいよ。好きなの飲んでて」
「こんばんは……」

智紀さんが声をかけてきて、そばにいた二人も俺をみる。
ひとりはスーツ姿で智紀さんと同じくらいかもしれない。
そしてもうひとりは……すごい美少年だ。
高校生くらいか?
男の子だけど、かわいい……し、かっこいいとも言える綺麗な子。
智紀さんと俺が知り合いだと知ったからか、そのふたりも俺に会釈してきた。
俺も会釈を返し、言われたままに奥のバーカウンターへ向かう。

「俺やっぱこのワインがいーな」
「捺くんがいいなら、これにしよう」
「ほんと、優斗くん捺くんに甘いねー」
「俺と優斗さんラブラブだからいーの!」
「そうだね。でも捺くん未成年だから飲んだらだめだよ」
「えー!」

三人が喋り出して―――途中足が止まりそうになったけどなんとかカウンターに辿りつく。
こんにちは、と笑顔を向けてきた店員さんに何を頼もうかと迷えば「コーヒーもご用意できますよ?」と訊かれてそれをと頷いた。
事前に智紀さんが俺が来ることを伝えておいたのかもしれない。
カウンターに身を寄せながらそっと智紀さんたちの方を見る。
買うワインが決まったか会計をしているようだった。
―――というか……ラブラブって……どういう意味だろう。
あの美少年が言ってた言葉が引っかかる。
そのまま捉えると……もしかして付き合ってる?のか?
あのスーツの男性と?
そう考えて見ればふたりはとても仲が良さそうで……親密そうに見える。
でも―――若いよな? 高校生くらいに……って、あれ?

「どうぞ」

コーヒーが出てきてお礼を言ってカップを手にする。
熱いだろうコーヒーに息を吹きかけながら脳裏に浮かんだのは智紀さんと出会ったときのことだ。
あのとき確か智紀さんも"失恋"していて、俺はその話を聞いた。
三角関係で、好きな子は年下で……。

「……」

ちらり、ともう一度智紀さんのほうを見る。
三人とも楽しそうで、美少年くんがなにか智紀さんに向かって言ってて、それに智紀さんが吹きだしていた。

「……」

もしかしてあの男の子が失恋相手だったり、するんだろうか。
なんとなくだけどそんな気がしてつい美少年くんを見てしまう。

「……智紀さんって面食い……?」

いやあれだけ綺麗な子なら。
じゃあ―――やっぱり、ないな。
忘れていた、いや単純に考えないようにしていたあのことを思い出して、また目を逸らした。

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