06


入社初日、配属される部署を伝えられたときの動揺。
顔には出さないよう気をつけたけど、正直ショックだった。

「それは残念だったね。確か出版社だったっけ? 希望はなんだったの」
「……小説やりたかったんです海外の」
「え、ハーレクイン?」
「……智紀さん死にますか?」
「なんで、いーじゃん。俺とちーくんでハーレクインしちゃう?」
「……」

本当このひとバカなんじゃないのか。
顔に出さないように気をつける必要なんてなく、思い切り思いをそのまま表情にして、ため息を吐きだす。

「……海外小説が好きで、まだ出会ったことのない小説を見つけて翻訳して、日本で出版する。それがしたかったんです。―――……結局配属は絵本を扱う部署でしたけどね」
「ふうん」

絵本出版の部署は二年前新設されたばかりで、フロアは明るく絵本にぴったりな可愛らしいインテリアで、そこで働くひとたちも優しそうな方が多かった。

「出会ったことのないものを見つけて日本で、か。俺の仕事と似てるね」

そういえば智紀さんは輸入業だ。
よくいろんなところへ行ってることは知ってる。
俺とは違い自分で起業して、自分でいいと思ったものを日本で売って。
すごいな、と素直に思える。

「……そうですね」

自分でも気付かないうちに返事をする声のトーンは落ちてしまっていた。
つ、と智紀さんが俺の頬を指でつついてくる。
なんですか、と視線だけで返せば、妙に優しい笑顔を向けられて、視線を泳がせる。

「どうしても海外小説がしたいのなら配置異動の希望だしておく、とか。翻訳がしたいのならいずれ独立目指すっていうのも手だと思うよ。同じ会社で希望するところがあるんだから、逆に自分で見つけた海外の小説を翻訳して持っていく―――のもアリじゃない? まあ人脈作りが先決だとは思うし、当面はいまの部署で頑張ることが一番だろうけどね」

手が俺の頭に乗っかってぽんぽんと叩く。

「希望部署じゃなくても希望していた会社に入れたっていうことはマイナスにはならないよ」
「……」
「俺も希望してた会社入ったけど、4年で辞めたしねー」

あははは、と笑う智紀さんに、それはあんたがバイタリティありすぎるすごいひとだからだろ、って思ったけど、口をついて出たのは別のものだった。

「智紀さんはなんでその希望していた会社を辞めて、起業したんですか?」

なんだかんだいって、智紀さんは仕事の面では尊敬できるひとだし。
前向きなアドバイスは受け入れるべきものだって、頷ける。

「俺? 俺は―――」

智紀さんが以前働いていた会社は一流企業だ。
そこをたった4年で辞めたのは、最初から起業する気でいたんだろうか。

「んー……別に」

少し間を置いて、智紀さんはワインを一飲みし、微笑んだ。

「俺の親父がオーベルジュ開いていて、そこに置くワインとかいろいろ一緒に選んだりしてて……輸入業も楽しそうだなーって。そのくらいだよ」

人生バクチだよね!、と、だからちーくんも俺がなぐさめてあげるからあんまり凹むなよ、なんて意味不明なことを言ってくる。

「智紀さんに慰めてもらう必要はないです」
「ひどい!!」

実際―――少しは慰められたけど。
ただ。

「ちーくん」
「なんですか」
「いまのちーくんの言葉に傷ついたから、慰めて」
「……いやです―――ちょっ、っん」

ただ、なんとなく。
どこがというわけじゃないけど、なんとなく―――智紀さんが"別に"と言った答えに違和感を覚えた。
でもそれも不意打ちに奪われたキスに溶けて消えていった。


***

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