08


スマホをいじりながらぼーっとしていると、しばらくして智紀さんがやってきた。

「ごめんね、ちーくん。お待たせ」

いつの間にかあのふたりは店を出ていったらしい。

「いえ」
「コーヒーでよかったの? 俺待ってる間に酔いつぶれてもよかったのに」

軽く笑いながら言う智紀さんに、ため息をつく。

「酔いつぶれるほど待ってる時間もなかったでしょ……」

そうだけどさー、とにやにやしてる智紀さんに、俺は店員さんの目が気になってさりげなく視線を向ければ特に俺たちを気にする様子もなく仕事している。
俺が別に気にすることもないんだけど……。

「行こうか、ちーくん」
「はい」

俺と智紀さんの関係てどういう風に見えるんだろ、友だち?
コーヒーを飲み干しながら、思い浮かんだ考えを無視する。
コーヒーのお礼言って智紀さんの後に続いた。
―――あの二人は……やっぱりそうなのかな。
さっきまで智紀さんが相手をしていたふたのことを思い出していたら。

「あ……」
「智紀」

智紀さんの声と、智紀さんの名を呼ぶ声が重なった。

「なんだ、いま帰りなのか?」

俺でもわかる高そうな質の良さそうなスーツを着た男性。
一見して穏やかで優しいだろう人柄がわかる眼鏡のそのひとは、智紀さんを見て笑いかけた。

「ええ。紘一さんは売上に貢献しにきてくれたんですか?」
「そうなるかな」

苦笑する紘一さんと呼ばれた男性が、智紀さんのそばにいる俺に気づいたように微笑みかけてきて、あわてて会釈する。

「オススメでも聞こうと思ったが、出かけるのなら八木さんに聞こう」

八木さんって確かこのお店の店長だったはず。
智紀さんのことを呼び捨てだし、よく知っている人みたいだし、もしかして得意さんだったりするのか?
それなら、と智紀さんに声をかけようとした。

「先週いいワインが入ったのでぜひどうぞ。八木さん―――」

智紀さんが振りむき、同じようにすればすでに店長が待機していた。
あとはよろしく、と、ごゆっくり、と智紀さんが笑顔を向け、ああ、と紘一さんというひとが俺たちの横を通り過ぎていく。
同時に智紀さんも歩き出して、そのあとを追いながら、

「いいんですか?」

と店を肩越しに振り返りつつ聞いてみる。

「なにが?」
「さっきのひと、智紀さんが接客したほうがよかったんじゃないんですか?」
「んー? 別にいいよ、気にしなくても」
「でも」
「あれ、晄人の兄貴なんだよ」

晄人、といえば智紀さんの会社の共同経営者の松原さんのことだ。
一度だけ会ったことのある松原さんはさっきのひととは正反対なイメージだ。
静と動みたいに対照的というか。

「そうなんですね。あんまり似てないですね」

ふたりのことをよく知ってるわけじゃないからただの見た目の印象だけだけれど。
兄弟だからって雰囲気まで似てるってわけじゃないしな。

「―――そうだね」

でも、松原さんのお兄さんならなおさら智紀さんが対応しなくてよかったんだろうか。
そのまえのふたりは智紀さんが接客してたのに。

「あー腹減った。ちーくん、早く行こう」

店を気にする俺の手を智紀さんが掴んでひっぱりながら指を絡めてくる。

「……街中ですよ」

振りほどこうとするけど平気平気と笑ったまま繋いでいるのを誤魔化すように仕方なくひっぱられていった。


***

prev next
77/105

TOP][しおりを挟む]