04


バイトは経験あっても、学生じゃなくなって社会人という枠に入るのは当然初めてだ。
仕事に就くっていう事実に不安と、だけど希望していた職種につけてやる気も大きい。
スーツを着、そのネクタイは智紀さんから就職祝いにともらったものだった。
派手過ぎない色合いのネクタイは入社式につけていってね、と言われたから……つけただけだけど。
出社する前にも智紀さんからメールあったし。
あの人何気にマメだよな。
と、そんなことを考えながらも緊張はなかなかほどけず俺は入社式に向かったのだった。


***


『どうだった? 入社式は』

智紀さんから電話があったのは夜の10時を過ぎたころだった。
あの告白からもうすぐ一週間。
電話に出る瞬間は多少緊張したけど以前と変わらない雰囲気を感じホッとする。
ゆっくり考えていいと言っていたから急かされることはないのかもしれない。

「……あっという間でした」

―――あの日の告白にいまだ気持ちは混乱してるまま。
ただ入社した今日、俺の脳内を占めているのは智紀さんとのこともだけど仕事のこともかなり大きくなってた。

『初日だし、そうだろうね』

ざっくりした感想なのに智紀さんは同意するように明るい笑い声を発した。
その声を聞きながら憂鬱だった気持ちが少しだけ紛れる。

『それで、』
「智紀さん」

俺は言いかけられた言葉を遮った。
智紀さんはきっと仕事のことを聞こうとしたんだろう。
職場の雰囲気とかいろいろ。
でもいまは仕事の話はあまりしたくない。

『ん? なに?』

電話越しでよかったと内心ため息をつく。
きっと面と向かって喋っていたらつっこまれてそうだ。

「ちゃんとネクタイつけていきましたよ」
『まじで? 写メ撮った?』
「撮るわけないでしょ……」
『えー。見たかったなぁ、新入社員なちーくん』
「はいはい」

だけど―――電話越しであれ、この人には悟られてるんじゃないか。
俺の思惑通りに話を脱線させ、仕事とは無関係のことへと運んでくれる。

『それじゃあ、今日は疲れただろうし早く休むんだよ』

他愛ないやり取りのあと優しく響く声に、おやすみなさい、と返して電話を切った。
スマホをベッドに放り出し深いため息。
別に仕事でなにがあったってわけじゃない。
ただ―――希望していた部署じゃなかったって、それだけだ。
希望の業種につけただけでもマシなんだから、だから。
と、そう思ったって落胆は大きくて情けないくらい凹んでいる自分にさらに凹む。
昨日まであった仕事に対する緊張とそれを上回るやる気や楽しみな気持ちは正直萎んでいた。
幾度となくため息をつきながら夜は静かに更けていった。

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