03


「……んっ」

いまからお互い出かけるっていうのに、智紀さんのキスは煽るように激しい。
絡みついてくる舌の動きは昨日の夜を思い出させて勝手に身体が熱くなる。

「……ちょ、っ」

人待たせてるんでしょう、と肩を叩く。
だけど結局智紀さんの満足するまでキスは終わらなくて、終わったときにはどうしてくれるんだってくらいには身体が疼いてしまっていた。

「……智紀さんっ」
「千裕」

なにするんですか、って言いかけた言葉は智紀さんの声に飲みこまれる。
キスできるくらいの至近距離で視線を絡ませたまま、智紀さんが俺の頬を軽くつねった。

「さっきのこと、今度はちゃんと考えろよ」
「さっき……って」
「大好きな智紀さんからの告白〜と、交際の件」
「……はぁ?」

この人自分でなに言ってんだ。
さすがに呆れて眉を寄せれば、まるで俺のことがおかしいとでもいうように吹き出す。
そして咳払いひとつすると頬から手を俺の頭へと移動させながら立ちあがった。

「じょーだん、じゃなくて、マジで考えててね? ちーくん」
「……はい」
「ちーくんももうすぐ社会人だし、仕事始まったら会う機会も減るかなと思ってさ」
「……」

もうあと一週間もしないうちに入社式があり、俺は社会人になる。
確かに仕事が始まれば忙しくなってこうして過ごす日々は減ってしまうのだろうか。

「まぁ忙しくってもここから仕事通うっていう手もあるし? いつでも泊りにきてもらっていいんだけどね」
「……」

俺はなんて返せばいいのかわからなかった。
いつものように軽く流せばいいのかもしれない。
でも、告白のことを考えれば戸惑いが大きくて、どう対応すればいいのか情けないけどわらかない。

「また連絡するよ」
「……はい」
「俺、先出るから。ちーくん、鍵閉めていってね」
「はい」

俺のポケットには智紀さんからもらったこの部屋の合鍵がある。
その存在を考えながら離れていく智紀さんを目で追った。

「じゃーね」
「……いってらっしゃい」

ここは智紀さんの家で、いまから出かけていく智紀さんを見送っているから、だから。
ついそう言った俺を智紀さんが少し嬉しそうに目を細め、

「行ってきます」

リビングから出ていった。
すぐに玄関ドアの開閉する音が微かに響いてくるのを聞きながら――俺は深くため息を吐き出した。


「――恋人……とか……ないだろ」

智紀さんのマンションをあとにしたのはそれから10分ほど経ってからだった。

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