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なんだ?

「……あの、俺トイレ行ってきます」

気を抜いた瞬間、心の底まで見透かされそうな気がして無意識に立ちあがった。
あっさり手は離れて、

「いってらっしゃい」

と手を振る智紀さんに送りだされる。
トイレに行って、とりあえず用をすませて冷たい水で顔を洗った。
バーから居酒屋。結構飲んだような気がする。
ものすごく酒に強いってわけでもない俺の頬は赤くなっていた。
それに少し心臓の動きも速い。
……酒のせい、だな。
軽く頬を叩きながら深く息を吐く。
そろそろ帰ろうかな。
智紀さんと話しているのは楽しいけど、たまに変に緊張してしまう瞬間がある。
それが自分ではなんなのかよくわからない。
だから―――不安なような。

「千裕くん」

俺しかいない男子トイレ。
その鏡に智紀さんが映った。
あ―――、なんかまた胸のあたりが委縮するように動いたような気がする。

「トイレですか?」
「んーん」

智紀さんは首を傾げて俺の横に並ぶ。
鏡越しに視線が合う。
洗練された大人の男って感じの智紀さん。
なんで、こんなにざわざわするんだろ。
そのざわざわに似たものを俺は知っているけど、まさか、な。

「千裕くんはさ、痛みを忘れる方法知ってる?」
「え?」

鏡の中で智紀さんが俺の方へと身体を向ける。
俺は鏡を見たまま。

「いろんな方法があるけど。たとえば―――」

前を向いたままの俺の方に智紀さんの手が置かれて、耳元に吐息がかかった。

「別の痛みを与えるとか。痛みを忘れるくらい大きい衝撃を与える、とか」

喋るたびにかかる息に背筋が震える。
おかしい。
おかしいのは、俺だ。
だって、まるで"誘われている"ように思えるから。
ありえない。

「ね、傷の舐めあいでも、スる?」

俺の中で―――警報が、鳴る。



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