14
振り向いて、固まった。
「あれ、ちーくんまだ着替えてないの?」
首を傾げる智紀さんは浴衣を着ていた。
風呂上がりだからか微かに頬が上気して、ぬれた髪からはあんまり拭いてないのか水滴が落ちていた。
旅館の浴衣なんてきっと俺が着たらだらしなくなりそうなのに、智紀さんは浴衣姿も様になってる。
その浴衣がほんの少し着崩してるのか襟元が緩んでいた。
引きしまった胸元がちらり覗き髪から落ちる水滴の流れた跡が残っている。
「……」
返事もできずにとっさに視線を逸らした。
急激に心臓が速く脈打ってる。
智紀さんは「いいお湯だったよ」って言いながら俺のほうには来なくてそのまま布団が敷いてある部屋へと行く。
「ちーくん」
「……はい」
ゆっくり振り向いてまた固まりかけた。
足を投げ出して後手をついて座ってる智紀さんが微笑を浮かべ俺を見てる。
心臓の音が、うるさい。
俺はバカなんじゃないのか。
なんで、なんで。
「ビール取ってくれる?」
「……はい」
部屋備え付けのミニ冷蔵庫に取りに行く。
部屋の中は寒くはない。もちろん暑くもない。
適温のはずなのになんでか暑く感じて、手にしたビールがいやに冷えて感じた。
隣の部屋に行くのを躊躇う。
ただ渡すだけなのにバカじゃないのか、俺は。
ゆっくり行ってさっきの体勢のままの智紀さんにビールを差し出した。
「ありがと」
「いえ……」
プルタブを引き、一気にあおる。
ごくごくと飲む音が聞こえるくらいで、喉仏が動いていて、妙に、なんか――。
「飲む?」
「……いいです」
「そう?」
頷く俺に小さく笑い智紀さんは缶ビールを傾け、あっという間に全部を飲んでしまった。
空になった缶を畳の上に置いて、意味なく立ったままの俺を見上げて首を傾げる。
「その格好で寝るの、ちーくん」
「……まさか」
「だよね。おいで」
手招きされる。
俺は一歩だけ進んで、智紀さんと同じ布団の上に膝をついた。
「なんで……すか?」
「俺が着替えさせてあげる」
「……いいです」
「いいから、ほら」
伸びてくる手。
「子供じゃないし、俺」
洋服に手がかかる。
「そうだねー、立派な男だよね?」
クスクス笑いながらも上を脱がされた。
「……そうですよ」
空気に肌がさらされると心許なく感じた。
今度はズボンに手が伸びてくる。
今度はその手を掴んだ。
「……自分で脱げます」
「そう? じゃあ着替えなよ」
「……あとで」
「あとで? 上もう脱いでるのに」
可笑しそうに目を細める智紀さんを直視できない。
なにやってんだ、俺。
「まだ寝ないの? ちーくん」
「……もう少ししたら寝ます」
「ふーん」
「智紀さんは?」
「俺? じゃあ俺ももう少ししたら寝ようかな」
「……」
暑い。
外は明るい。きっと今日も寒いだろう。
でも室内は俺には暑くて、いや、熱くて。
「ちーひろ」
手が伸びてくるのが見えた。
「寝るまでのもう少し―――」
腕に触れ、引っ張られる。
視界が揺れて、
「なに、する?」
肌蹴た胸元、濡れた髪。
女なら色っぽさを感じてもしょうがない気がする。
だけど、俺がいま馬乗りにさせられてる、見下ろす相手は男で。
「セックスでも、する?」
男、なのに。
なんでこんなに煽られて―――欲情してしまってるんだろう。
首に腕が回る。
目を細める様は妖艶。
するわけがない、って拒否しなきゃならないはずなのに。
ぐっと力を込められて、距離が―――ゼロになる。
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