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「ちーくん」

肩を揺すられて意識がぼんやりと浮上した。

「起きて」

聞こえてくる声と、座ったまま寝てるらしい状況に最初自分がどこにいるのか認識できなかった。

「ちーくん。起きないとチューしちゃうぞ?」

ふっ、と耳に吹きかけられた吐息と声にビクンと身体を震わせて跳ね起きた。

「……っあ……」
「おはよー、ちーくん」

車内で俺に笑いかけてくるのは、もちろん智紀さん。

「……おはようございます。すみません、寝ちゃって」

いつの間に寝てしまったんだろ。
サービスエリアで休憩したあとしばらくは起きてたはずだ。

「いいよ。気にしないで。ほら、行こう。もうすぐ日の出予定の時刻だよ」

ずっと運転してたはずなのに疲労感なんて感じさせない智紀さんが促す。
ひとりで運転させっぱなしだったことに申し訳なくてもう一度謝ると、いいから行こうと笑われた。
外はまだ暗く寒い。
だけど夜の暗さよりも少し明るかった。

「……ここってサービスエリアですか?」

深夜休憩したサービスエリアでは人気なんてなかったけど、今俺がいるところにはたくさんの人が集まっていた。
カップルや家族連れが多く、車も驚くほどにたくさん停まってる。
レストランや売店、自販機がサービスエリア特有の見慣れたもので、俺が聞けば「そうだよ」と隣に智紀さんが立つ。

「ほら観覧車もあるんだよ」

左を指さす智紀さんにつられて視線を向ければ言葉通りの観覧車。

「……すげ」
「今回の初日の出見ようツアーほんと思いつきだったからベタな場所にしてみました。和歌山のほうにでも行こうかなとも思ったんだけどね」

喋りながら歩き出す智紀さんについていく。
建物の向こう側に広がるのは海と、大きな橋。

「あれって」
「明石海峡大橋だね」
「……ほんとに関西まで来たんだ」

思わず呟く俺に智紀さんがクスクス笑って手を引く。

「ほら、もっと前に行こう」

手を繋ぐというほどでもない。指先を掴まれてる程度。
人目が気になったけどみんな初日の出を待ちわびているからか俺たちが手を繋いでようが注目を浴びることはなかった。
幸い二人並んで見れる場所を取れて、手が離れる。
離れた途端に寒さを感じてポケットに入れながら景色を見た。

「なんかドキドキしてきたね」
「……そうですね」
「初日の出なんて久しぶりだな」
「よく見に行ってたんですか?」
「子供のころは結構行ってたかな。友達とも見に行ったことあるし、家族とも行ったな」
「へぇ」

智紀さんがまだ小学生のころ親友の二人と三人で見に行ったときのことを聞かせてくれた。
当たり前だけど智紀さんにも小さい頃があったんだって笑ってしまう。

「―――そろそろかな」

和やかに流れていた空気が揺れる。
まわりの見物客も静かにざわめいて、大橋のその向こうに目を向けた。
暗かった空が白み始めてやがて彼方にある稜線が光に包まれていく。
滲むような金色の光が空を明るく染めていく。
眩しさに目を細め、見入った。
朝の清浄な空気と、日の光と、照らされてゆく街並みと。
綺麗なんだろうなって思ってはいたけど、予想以上に感動してしまってる。
ゆっくりと昇ってきた太陽は、だけれどあっという間に地上に出てきた。

「綺麗だね」

ぼんやりと見続けている俺に智紀さんの声がかかる。
さっきまでは夜だったのに、明るくなって見る智紀さんに変に新鮮っていうか、朝になったんだなって実感するっていうか。
眩い色の中で、微笑を浮かべ智紀さんは俺を見つめて、

「もうとっくに言ってるけど―――。ちーくん、あけましておめでとう」

って言ってきた。

「……おめでとう、ございます」

新年をこの人の声で迎え、新しい一年の最初の朝をこうして一緒に迎えている。
俺とこの人はまだ今日で会うのが二回目だっていうのに。
不思議で、でも、だけど。

「あー写メ撮るの忘れてた」

屈託なく笑う智紀さんの隣にいるのは―――緊張するけど嫌ではない。
もう昇り切ってしまった太陽へとまた智紀さんが視線を向け、俺もそれに倣い。
しばらくの間、元旦の朝の光の中で佇んでいた。

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