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さすがにここでそれはないだろ。
思わず端に逃げるように背を寄せると、智紀さんは吹き出して片手をハンドルに置いた。

「キスはいいのに、触るのは駄目なんだ?」
「駄目って……車ですよ。それにサービスエリアだし」
「誰も見てないって。それに数台しか停まってないし平気だよ」
「……」

平気だとかいう問題じゃないだろ。
悪びれなく笑う智紀さんにため息がでた。
しかもなんでそんな笑顔でさえさわやかなんだろう。

「……俺は平気じゃありませんから」

この人の存在って詐欺っぽいよな。
流されてキスしてしまったのは俺だけど、いまさらだけど、これ以上車の中で流されるようなことがあったらマズイ。

「外でとかありえないでしょ」

もうこれ以上踏み込まれないように素っ気なく言った。
身体に広がりかけていた熱を発散させたくてさりげなく拳を握って掌に爪を立てたりしてみる。
智紀さんのペースに巻き込まれないように、もう一度ため息をわざとつく。
精いっぱいの虚勢。
そんなもの―――この人に通じるはずないってわかってはいるけど。

「ちーくん、外はダメ?」
「当たり前です」

智紀さんは喉を鳴らしてもう片方の腕もハンドルに乗せて、寄りかかる。
楽しそうに目を細めながら俺を見てくる。

「なんかその言い方だと中ならいいって聞こえるな」
「は?」
「この前みたいにホテル、とかならいい?」
「……」

なにをバカなっていう想いと、羞恥に顔が熱くなるのを感じて顔を背けた。

「……っ、なにバカなこと言ってるんですか。俺は初日の出を見たいっていうから着いてきただけです」

あの夜のようなことは二度とない。
あるはずない。
湿った唇をそっと手の甲で拭って窓の外を見る。
外の暗いパーキングエリアと、窓には車内の様子も映り込んでる。
俺の方を智紀さんが見ているのは変わらずで、落ちた沈黙を今夜初めて息苦しいと思った。
変に速く動いている心臓の音に妙に苛立ってしまう。

「ちーくん」
「……俺は初日の出を見に行くだけですから」
「ちーひろ」
「俺は」
「初日の出、見たことある?」
「初日……え……、あ……」

智紀さんの話を聞こうとせずに子供のようにムキになってた自分に気づく。
いやでもさっきの話の流れなら警戒したって―――なんて自分にいい訳をしてしまう。

「初日の出。ある?」

ハンドルからシートへと身体を倒したながら智紀さんがもう一度、なにも答えない俺に訊いてきた。

「……昔……見に行こうとしたけど雨で……」

鈴と見に行こうと計画を立てていたのに結局元旦は雨で中止になった。

『あー、雨か。残念だったなー』

軽く笑ってその時は言ったけど、結構実際は凹んだっけ。

「ふーん」

向けられる笑みをたたえた目が少しからかいの色を含んだような気がした。
まるで俺が誰と行こうとしていたのか気づいていそうな、いや気づいてるんだろう、気づいて見透かして面白がってるんだろう。

「……天候なんてどうしようもないですし、毎年晴れなわけじゃないから仕方ないんですけどね」

だからその時の俺は別にそんなに落ち込んだりしてないんだ、と言いたかった―――いや、いい訳したかった。
なんで俺この人に反抗的になってしまうんだろ。

「そうだねー、天気なんてころころかわるしねー」

子供染みた対応をする自分自身に呆れる。
どうやったってこの人には―――。

「でも、ね」

智紀さんの手が伸びて、拳を作ったままだった手を取った。
その手が俺の手を開かせて引っ張って、そして手の甲にキスが落ちる。

「俺、晴れ男だから。今日は初日の出見れるよ」
「………らしい、ですね」
「だろー? 一緒に見ようね、ちーくん」
「……はい」

どうやったって、敵わない。
ついさっきまであんな激しいキスをしてきたのは誰だったのか。
緩く笑う智紀さんに毒気を抜かれて気づけば頷いていた。
俺の手から手が離れていって、カチン、と小さくプルタブを引く音が響く。
車内にコーヒーの匂いが広がる。
コーヒーを一口二口と飲んで智紀さんはシートベルトを締めた。

「―――行こうか」

促されて俺もシートベルトを締め、ゆっくりと車は動き出した。
再び流れ出す景色。
休憩をはさむ前よりも会話はまばらになって、静かに智紀さんは運転していた。
俺はなんとなく落ち着かない気持ちを持て余しながら―――
知らないうちに眠りに落ちてしまっていた。


―――――――
―――――
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