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言いかけてたから口は開いていて舌が入り込んでくる。
きっとされるだろうとは思っていたけれど実際されると驚きに身体が固まった。
触れあった唇はいままで外にいたせいか冷たい。
それに反比例するように熱い舌が入り込んでくる。
煙草の匂いが咥内に充満する。
とっさに智紀さんの肩に手を置いた。
それは押し退けるためのものだった、はず。
だけど力は入らなかった。

初めて会ったとき同様に俺の経験値なんかじゃ歯が立たない智紀さんのキス。
歯列をなぞり咥内をくすぐる舌の動きに翻弄されるしかできない俺の背に智紀さんの手が回る。
背筋をおりていく手が腰を捕まえて引き寄せる。
押し退けるどころか反射的にしがみつくように智紀さんの肩に置く手に力を込めてしまった。
ここは車の中で、周りには距離はあいてはいるけれど数台の車が停まっている。
そんな場所でキスなんてありえないだろ。

「……っ……智紀さん」

息継ぎの合間になんとか少しでも距離を取りながら待ってくれと名を呼ぶ。

「なに?」
「ここ……サービスエリアですよ」
「だから?」

触れるだけのキスと唇を食むように甘噛みしてきながら薄く笑われる。
この人に何を言っても無駄なことはわかっていたけど。

「……だから」
「夜だし、誰も見えないよ」

それでも素直に受けるっていうことは―――まるで俺が……。

「ちーくん」

思考を遮るように甘さを含んだ声が響いて、抱き寄せられた。
車の中でキスなんてなんのドラマの1シーンだよ。
それとも恋愛の歌の歌詞か?
恋愛に―――いや"彼女"との付き合い方が淡泊だった俺にはハードルが高い。
触れ合わせるだけならともかく、こんな激しいのは。

「っ……ん」

これから情事でも始める気かって聞きたくなるくらいに息継ぎもままならないくらいのキスだった。
なんでまたこの人とキスしてしまっているんだろう。
流されたらダメだ。
そんな考えなんて全部消えてしまう。
かわりにあの夜のことが、もう何週間も経っているのに昨日のことのように甦る。
狭い車の中だから息遣いや唾液の交わる音、シートが小さく軋む音、衣擦れの音がやけに大きく生々しく耳に届く。
さっきまで冷たい夜風にさらされ冷えたはずの身体はエアコンのせいじゃない熱を帯び始めているような気がした。
認めたくはないけれど頭の中が異様に熱く痺れるようになってしまっているのは絡め合わせた舌から発生する快感だ。
経験値が低いくせに智紀さんの舌の動きにあわせて自分から舌を動かしはじめていた。

どうかしてる。
この人と一緒にいるとどうにかなってしまいそうになる。
ぞくりぞくりと背を這いあがってくるような危機感のような快感のような刺激。
俺の腰を抱いているのは柔らかい女の腕じゃなく硬い腕なのにどうでもよくなる。
キスでこんなにも気持ちいいって感じたのはこの人が初めてで、いまもどうしようもなく気持ちよかった。
引きずられるようにキスに溺れてしまう。
我を忘れていた俺に、だけど自我を取り戻させたのはやっぱり智紀さん。

「……っ!!」

下肢に伸びてきた手にハッとして慌てて智紀さんを押しのけた。

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