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一気に頭から冷水を浴びせられた気がした。
堪え切れず、

「すいませんっ」

と智紀さんの腕から逃れようとしたけど腰に手をまわされた。
たいした拘束じゃなかったけど、何故か振りほどけなかった。
ただ後孔に触れていた指は離れていってひとまず安心する。

「いいよ。初めてだもんね、怖いよね」

怖い……というか、いや怖いが。
それよりもなんで俺、流されてるんだろう。
そんな今さらなことを考えてしまう。
相手は男で初対面なのに、風呂にまで入って――互いの性器を擦り合わせて。

「あ、ちょっと萎えた」

握ったままだった智紀さんが呟いて俺を笑いを含んだ目で覗きこむ。

「なに、素面にでも戻った?」
「……いや……あの」
「まあ別にいいよ」

まったく気にする様子もなく智紀さんは笑って俺のものを解放した。

「……あ」

なんでこんなこと、と思ったばかりなのに離されると物足りなさに身体が疼いて思わず声が出た。
やばい。
自分の漏らした声に真っ青よりも真っ赤になったのはすぐに智紀さんが可笑しそうに笑って俺の耳を舐めてきたから。

「どうしようか。とりあえず抜く?」

正直迷った。
冷静を取り戻した理性の一部が男同士だぞってストップをかける。
だけどそれでもいい、と流されようとしている自分もいる。
決め切れずに俺は揺れる水面に視線を落とす。
いっそあのまま強引にでも快楽を与え続けてくれればよかったのに。
少し萎えはしたけどまだ硬さを残した俺のものはすぐそばにある智紀さんのに微かに触れていて、その硬さを感じるたびにぞくぞくと背筋を這う刺激があった。

「ちーくん、どうする?」
「……智紀さんは」

揺れる理性と思考。
頬に滑る智紀さんの指に視線を上げたら甘い眼差しが俺を捉える。
相手は男だ。
だけど、いや、でも。

「なに?」
「……どうしたいんですか?」

―――俺はひきょう者だ。

「俺?」

可笑しそうに口角を上げるその綺麗な顔から少し視線を逸らして、ぎこちなく言葉を続ける。

「……傷の舐めあい……するって言ったのは智紀さんだし……。智紀さんは俺がもういいって言えば、止めるんですか?」

ズルイなと自分に呆れる。
こんな遠まわしじゃなく、素直に言えばいい。
けど、自分じゃ決め切れない。
たとえ一夜限りかもしれなくても自分からは言えない。
沈黙が落ちて、ジャグジーの泡が吹き出る音だけが夜の中に響く。
じっと背けた顔に視線を感じた。

「―――じゃあ」

ちーくん、と言って智紀さんの手が俺の腰から離れていった。
え、と戸惑うように智紀さんを見たら唇が触れそうなほど顔を近づけられた。
さっきよりも一層の妖艶さを増した微笑が向けられる。

「俺の好きなようにするけど、いい?」

その瞳に捕らえられる。

「ちーくんがやめてくれ、っていってもやめないけど。いーい?」
「……」

ごくり、と唾を呑む音がやけに大きく響いた。
俺は余計なことを言ったのかもしれない。
ただ黙って流されてた方がよかったのかも。
そんな気がして、だけどもう後にも退けず―――小さく頷いた。
瞬間、ものすごく楽しげに智紀さんの目が瞬いて、怯んだ。

けどもう―――遅かった。



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